第七十話
翌朝、リリアが目を覚ますと、隣に布団の中で丸まっているハイドがいた。
「……ハイド、何をしているの?」
ハイドは丸まったまま、
「あー。二日酔いで頭がガンガンする。
リリア、隣の部屋から水を持ってきて」
と、布団から手だけを出してきた。
リリアはそっとベッドから降りて、隣の部屋に入ったが、ラルフもビンセントもソファーでぐったりとしていた。
「……リリア、おはよう」
ラルフがリリアに気付いて声を掛けてきた。
「おはよう。……皆、随分お酒を飲んだみたいね」
「ああ。済まない、リリア。朝食まで、もう少し待ってくれ」
「うん。いいよ」
リリアは三つのコップに水を入れ、ラルフとビンセントの机の前に置き、もう一つはハイドの待つ寝室へ持っていった。
「ハイド、水を持ってきたよ」
「ああ。サンキュー」
ハイドは布団から手だけ出して、コップを掴んだ。
リリアはカーテンを開け、外の様子を見た。
早朝だからか、人の姿はないが、昨日の慰霊祭のせいで町中にゴミが散乱していた。
「リリア、昨日はごめんな」
布団の中からハイドの声がした。
「ん? どうして?」
「俺の過去なんて、どうでも良いものに付き合わせてしまって」
「どうでも良い過去なんてないよ。
良い過去も悪い過去も、きっと意味がある」
「リリア、お前はたまに大人びた事を言うよな」
「ハイド……。もしかして、今泣いている?」
「ばーか。泣くわけ無いだろう」
「……そう。良かった」
リリア達は朝食を食べ、今度は北へ向かうことにした。
「ラルフ、次の町へ行く前に、もう一度慰霊碑を見に行っても良いか?」
「ああ。勿論」
リリア達は、昨日行った公園へ向かった。
慰霊祭は終わってしまったようで、人通りも少なく、町全体が寂しさに包まれていた。
ハイドは途中で花束を買い、小さな『名もなき少年兵の碑』に花を手向けた。
そしてポケットから釘を出し、小さな慰霊碑に丸い印を彫った。
「……丸?」
リリアが不思議そうに見ていると、
「違う。ゼロ。俺の仲間だった奴の名前だ。
他の奴には名前が無かったから、コイツの名前しか彫れないが」
「でも……。
そんなことをしても、イタズラだと思われて消されちゃうよ?」
「大丈夫。俺の心の中にも刻んだから。よし、これで良い」
ハイドが立ち上がった瞬間、向こうの方から怒鳴りながら走ってくる男の姿が見えた。
恐らく、この石碑を管理している者だろう。
「馬鹿! 捕まるじゃないか。馬車まで逃げるぞ」
ビンセントが言った。
「リリア、じっとしていろ」
「え……?」
ラルフがリリアを抱き上げ、走り出した。
「きゃ……!」
三人の悪魔が馬車に向かって走る。
リリアはラルフに抱えられたまま、振り返った。
三人のあまりの速さに、石碑を管理している者達は追いかけるのを諦めたようだ。
四人は馬車に乗り込み、急いで走らせた。
「うう……。頭がガンガンする」
ハイドが頭を抱えた。
「当たり前だ。あれだけ酒を飲んで走れば、いくら悪魔でも……」
「フフッ……」
ビンセントが息を整えながら言うと、リリアが笑った。
「何だ? リリア」
「だって、ラルフとビンセントが慌てて走る姿。初めて見たんだもの」
それを聞いて、ビンセントも珍しく声に出して笑った。
「……確かに。あんなに全速力で走ったのは、生まれて初めてだ」
「な。良い運動になっただろう?」
「ハイド!」
全く反省していないハイドを、ラルフとビンセントが睨んだが、ハイドは、
「ああ……。疲れた。
次の町へ到着するまで、俺は静かにしている」
と、腕組みをして眠り始めた。




