六十七話
夕食後、リリアはビンセントが調合した風邪薬を飲んで、ラルフとハイドが買ってくれた黒猫のぬいぐるみと一緒にベッドに入った。
「私、そんなに子どもっぽいかな……」
ラルフが笑った。
「ラルフも……。私が五歳ぐらいだと思っている?」
「いや。悪魔は年を取らないから年齢の事は深く考えない。
リリアは良い意味で、大人らしさも子どもらしさも兼ね備えていると思っている」
「それじゃあ答えにならないよ。
あ。でもアスランが今、三十歳になっていて、私は五歳年下だから……。私は二十五歳なのかな?」
「フッ。年齢なんてどうでも良いだろう」
「でも五歳って……」
「それだけリリアが可愛いって事だろう」
ラルフがそう言ってリリアにキスをすると、リリアの頬が赤くなった。
「ラルフに風邪が移ってしまう」
「移せば良い。そうすればリリアが早く治る」
リリアは耳まで真っ赤になって、話題を変えた。
「……あ。ねぇ、ラルフ。
ハイドが、ずっと今の私でいて欲しいって言っていたけれど、ラルフは今の私でいて欲しいと思う?
それとも、もっと大人になって欲しい?」
「お前が側にいるのなら、いくつでも構わない」
「……難しいね」
「ハハ」
リリアはベッドの中で、猫のぬいぐるみと一緒にラルフに抱きついた。
「このぬいぐるみの名前『黒猫のハイド』にしたの」
「ハイドにずっと監視されているようで嫌だな」
「モフモフしていて温かい」
リリアはもう一度、猫のハイドとラルフを抱きしめて眠った。
リリア達は、また新しい町へ向かった。
今度の町は活気に溢れていて、とても賑やかだ。
沢山の露天が並び、子どもたちが走り回っている。
リリア達は馬車を降り、町並みを少し歩いてみることにした。
「祭りでもあるのか? 随分人が多いな……」
ハイドは目を輝かせ、辺りを見回しながら歩いた。
「リリア、はぐれないように手を繋ごう」
ラルフが差し出した手にリリアが掴まった。
人混みの中には仮装している者や曲芸を観客に見せている者もいて、リリア達もその中に紛れて浮かずに済んだ。
途中、ハイドが後ろから走ってきた三人の少年にぶつかった。
「おい、ガキども! 気をつけろ!」
「ボサッと突っ立っているのが悪いんだよ」
「何だと……」
「ハイド、喧嘩しないでよ」
リリアが仲裁に入ろうとした。
「バーカ。ガキ相手に喧嘩するわけ無いだろう?
おい、お前ら。この祭りは一体何なんだ?」
「えー? 兄ちゃん、大人の癖に、そんなことも知らないのか?」
三人の少年たちが、顔を見合わせて笑った。
「知らないから聞いているんだ。教えろ」
「この国の独立記念日に決まっているじゃないか」
「独立? ここは何処だ?」
「え? 今いる国の名前も知らないのかよ。
ここはレイルランド。自由の国さ」
「レイルランド……」
ハイドにとって、聞き覚えのある名前だった。
「……で、どっちが勝ったんだ?」
「兄ちゃん、大人のくせに歴史の事、何も知らないんだな」
三人の子どもたちは、ハイドの質問責めにうんざりした顔をして、
「あそこのアトリエで歴史について教えてもらえるから、そこへ行って勉強してきなよ」
少年達はそう言って、ハイドから逃げるように走り去った。
ハイドは少年達に教えてもらったアトリエに入った。
アトリエには沢山の絵画が展示されていて、絵の下には作者名とタイトルと説明が付けられていた。
どの絵も戦争に苦しめられた人々の日常がテーマになっていて、今の町からは想像できない、悲惨さが描かれていた。
「……俺のいた世界だ」
ハイドが静かに一つ一つの絵を見ながら呟いた。
「旅のお方ですか?」
アトリエの奥にいた老人が、ハイドに声を掛けてきた。
「ああ」
「この戦争で多くの子ども達が犠牲になりました」
「……で、どっちが勝った?」
「勝ち負けなどありません。
多くの犠牲者を出し、残ったのは、憎しみと悲しみと虚しさだけです。
私たちは、その恐怖を二度と繰り返さぬよう、毎年こうして慰霊祭を行っているのです」
「……馬鹿だな。結局アイツらは犬死にしただけかよ」
「いえ。彼らの犠牲なくして今の平和はありません。
よろしければ、あの公園に彼らの慰霊碑がありますので、献花をしていただけませんか?」
「ああ」
ハイドはアトリエを出て公園へ向かった。
「……俺のいた頃は、こんなにも空が青くはなかった。
空も町も全てが灰色で、そこらじゅうに死体が転がっていた」
ハイド達は献花台に置く花を買い、慰霊碑を見つけた。
公園の中央に『英雄の碑』と彫られた大きな石碑が置かれ、犠牲者の名前が沢山彫られていた。
公園の隅には『名もなき少年兵の碑』と彫られた石碑が小さく置かれていた。
「ゼロ。お前、ここにいるのか?
『名もなき少年』って……。俺達には名前があったはずだよな……。
俺達は、何と戦っていたんだろうな……」
「ハイド……」
「でも今、俺の目の前には、俺達が見たかった世界が広がっている」
ハイドは花を小さな石碑の前にを置き、しばらく空を見上げた。
銃声の代わりに、子ども達の笑い声が、絶えず響いている。
渇いた火薬と土煙と血の匂いは、露店から漂う甘いキャンディーと献花された花の香りで、すっかり消えていた。
「俺たちは誰のために生きて、誰のために死んだんだ?
ゼロ。お前は最期に『ありがとう』と言った。
俺は今でも、その時のお前の気持ちが分からない。
……馬鹿だよな」
ハイドは立ち上がり、そのまま静かに公園を去った。




