第六十六話
次の日もリリアの熱は下がらなかった。
リリアが目を覚ますと、ベッドの側でラルフが座っていた。
リリアは起き上がろうとしたが、全身の力が抜けてしまったようにフワフワして、一人で起き上がれなかった。
「ビンセントが薬草を調合した風邪薬だ。
少しは楽になるだろう」
ラルフはリリアの体を起こし、白い包み紙に入った薬と、グラスに入った水をリリアに手渡した。
リリアは手の先にも力が入らず、水が入ったグラスを布団の上に落としてしまった。
「ごめんなさい……」
「いや、大丈夫だ。それより濡れなかったか?」
「……うん」
ラルフは濡れた布団を剥がして、リリアの体に触れた。
「汗で濡れている。着替えた方が良い」
ラルフは宿の者を呼んで、布団とシーツを替えてもらっている間に、リリアを新しい服に着替えさせ、薬草を飲ませた。
「人間って、不便ね……」
リリアがポツリと呟いた。
「どうした?」
シーツを替えてもらったベッドの上で、ぼんやりと天井を見ているリリアの髪をラルフが撫でた。
「異世界へ行くたびに気絶して」
「ああ、時空の歪みに体が耐えられないのだろうな」
「すぐ病気になるし、怪我もする」
「悪魔も病気になることはある」
「成長して、年をとって……。いつか死ぬ」
「……リリア?」
熱のせいなのか……。
いつものリリアらしくない言葉に、ラルフの手が止まった。
「限られた時間しか生きられないのに……。
嘘を付いたり、わざわざ遠回りをする」
「……どうしたリリア?
人間でいることが嫌になったのか?」
ラルフが静かに笑いながら聞いた。
「……ラルフは?
ラルフも人間でいるのが嫌で悪魔になったの?」
「いや、俺は……。
リリア、熱で頭が混乱しているのだろう。
今日は一日、ゆっくり眠ると良い。
熱が下がったら、また話をしよう」
ラルフは何かを言いかけたが、ずっと天井を見続けているリリアの額にキスをして布団をかけ直した。
「変な事ばかり言って、ごめんなさい」
「……いや、良い。お休みリリア」
「お休みラルフ」
しばらくして、リリアは喉の乾きで目を覚ました。
窓の外は相変わらず灰色の空が広がっていって、今が朝か昼か夕方なのか、分からなかった。
リリアの隣でラルフが添い寝をしていた。
「どうした? 怖い夢でも見たか?」
「ううん。喉が渇いただけ」
「そうか」
ラルフはベッドの横のサイドテーブルに置かれた水をグラスに注ぎ、リリアの両手に持たせた。
「体の調子はどうだ?」
「うん。だいぶ良くなったみたい」
「そうか?
随分、夢の中でうなされているようだったが……」
「そうなの? どんな夢を見ていたか、覚えてない」
ラルフはリリアの頬を触りながら、
「熱は下がったようだから、ひとまず安心だ」
と、安堵の表情を浮かべた。
「ラルフ、今は朝?」
「いや、夕方だ」
「じゃあ、また寝なくちゃいけないの?」
「ああ。その前に、腹が減っただろう。夕食にしよう」
「……うん」
リリアが寝室を出ると、食事の準備が整っていて、ハイドとビンセントが席について待っていた。
会話のない食事にリリアは緊張した。
「あの……、ごめんなさい。私のせいで……。
本当なら、もっと早く元の世界に戻れていたはずなのに……」
「気にするな。
皆、リリアの生まれ育った世界が見たくてリリアに付いて来た。
二、三日遅れたところで問題ない」
ラルフがリリアをフォローすると、突然ハイドが席を立ち、謝ってきた。
「リリア、ごめん。
俺、リリアを不愉快にさせるような事を言ってしまった」
「ハイド、いいよ。気にしてないよ」
「いや、俺が気にする。
リリアはずっとリリアのままでいて欲しい。
セクシーなお姉さんになったリリアなんて、見たくない」
「……」
「またお前の余計な一言でリリアが固まった」
ビンセントがため息を漏らしながらハイドに言った。
「え? 何故だ? 何がいけなかった?」
「リリア、気にするな。
ハイドはこのとおり馬鹿な奴だから、悪気は全く無い」
ビンセントがフォローになっていないようなフォローをした。
「う……、うん」
リリアはどう返事をすれば良いか分からなくて、取りあえず頷いた。
「リリア、お前も俺の事を馬鹿だと思っているのか?」
「え? そ、そんなことないよ……」
「ハイド、いい加減にしろ。
リリアは熱が下がったばかりだ」
ラルフの言葉に、ハイドは急に大人しくなった。
「……リリア。
俺はリリアとずっと仲良くやっていきたい。
ただそれだけだ」
「うん。私もずっと一緒にいたいと思っているよ?」
ハイドはリリアの返事を聞いてニカッと笑った。
「どっちがガキか分からないな」
ビンセントがそう言いながらワインを口に運んだ。
「そうだ、リリア。お前にプレゼントがある」
ハイドはリリアの言葉に満足したのか、自分の席の下に隠していた包みをリリアに手渡した。
「わぁ……! 何これ?」
「リリアが眠っている間、ビンセントに付き合ってもらってこの町の店屋で探したんだ。ほら、早く開けてみろ」
リリアは、ラルフとビンセントの顔を見ながら、恐る恐る包みを開けた。
中には黒猫のぬいぐるみが入っていた。
「わぁ! 可愛い!」
「その猫、お腹に物が入れられて、背負えるようになっているんだぜ。背負ってみろ」
ハイドが少し得意気に説明した。
「え? 今背負うの?」
「ああ。……何だ? 嬉しくないのか?」
「もちろん嬉しいよ。
生まれて初めてプレゼントを貰ったもの」
「だったら早く背負ってみろ」
「あの……、ハイド? 私が何歳か知っている?」
「え? 知らない。……五歳ぐらい?」
「……」
またこの部屋に、沈黙の時間が流れた。




