第六十五話
リリア達はさらに西へ向かった。
大きな町へ着いたが、雨が降っているためか、人の姿はまばらだ。
灰色の空に灰色の街並みが続いている。
ラルフは、昔貴族が住んでいた屋敷を改築した宿に部屋をとった。
部屋は広く、暖炉やソファー、ベッドが備え付けられており、高級そうな装飾品で飾り付けられていた。
「リリア、この宿には温泉があるそうだ」
「おんせん?」
「ああ。雨に濡れて体が冷えているだろう。
ゆっくり温泉に浸かると良い」
リリアは宿の者に案内してもらい、庭先の小さな洞窟に入った。
洞窟の中は壁一面に蒼く光る苔が張り付いていて、幻想的に照らされている。
洞窟の奥へ歩いて行くと、少し開けた場所に辿り着いた。
そこには、苔の光が反射して水色に輝く泉が湧いていた。
リリアは泉の中にそっと片足を入れてみた。
「……不思議」
温泉を知らないリリアは、自然に湧き出ている泉が温かいことに驚いた。
灰色の町からは想像出来ない蒼く美しい景色は、ここから異世界へ繋がっているようだ。
リリアは着ていた服を脱ぎ、肩まで湯に浸かった。
温かい湯に包まれて、すっかり冷えてしまった心も体も、ゆっくりと解れてゆく。
リリアは泉から出てタオルで体を拭き、着替えて部屋に戻った。
「遅いぞ、リリア」
部屋には既に食事の準備が整っていて、ハイドがお腹を空かせて待っていた。
「温泉で、ゆっくりできたか?」
ラルフがリリアの椅子を引きながら言った。
「うん。温泉に入ったの、初めて。
洞窟の中の光がとても綺麗だった」
「へぇー。じゃあ、俺達も後で入ろうぜ!」
ハイドがビンセントにウインクしたが、
「お前と一緒に入るのは、遠慮する」
と、あっさり断られた。
「えー? 何でだよ!」
「お前は全裸で泳ぎだすから迷惑だ」
「なら、リリアと一緒に入れば良かった」
ラルフとビンセントが同時にハイドを睨んだ。
「安心しろって。
俺は色っぽいお姉さんにしか興味がないから」
リリアは顔を真っ赤にして俯いた。
「ハイド!」
ラルフが立ち上がり、ビンセントの黒目は赤く染まっていく。
「……じょ、冗談だって!
リリアも分かっているよな? な?」
「……皆、止めて」
リリアは俯いたまま席を立ち、ベッドルームへ向かった。
「……リリア、冗談だよ。本当にごめん」
慌ててハイドが追いかけてきたが、
「分かってる。少し疲れただけだから……。
先に寝るね。お休みなさい」
と、ベッドルームの扉を閉じてしまった。
リリアは一人で窓の外を眺めた。
灰色の空が灰色の町に雨を落としている。
人の心は不思議だ。
ちょっとした事で変わってしまう。
初めてリリアが雨を見た日、あんなにも感動したのに。
今降り続いている雨は、リリアの心をどんよりと曇らせている。
アスランは、いつかリリアの事を忘れるだろうか。
何故マルゴーは、捨てた娘を思い続けるのだろうか。
マルゴーの娘は、いつかマルゴーに会いたいと思う日が来るのだろうか。
ビンセントはセシルとの思い出を全て燃やして、セシルへの想いを断ち切れたのだろうか。
ラルフはずっとリリアの事を好きでいてくれるだろうか。
リリアもずっとラルフの傍にいられるだろうか。
考え出したら、きりが無かった。
「リリア、入っても良いか?」
扉をノックする音と共に、ラルフの声が聞こえた。
リリアは窓の外を見たまま、返事をしなかった。
カチャリと扉の開く音がして、ラルフが入ってきた。
リリアが無反応でいると、ラルフがリリアの側に座った。
「リリア。ハイドの言った事は気にするな。
ハイドは冗談ばかり言っているが、リリアの事が本当に好きだ」
「うん……。分かってるよ」
「ハイドは今、リリアに言った事を後悔している」
「本当の事だもの。怒ってなんかないよ」
「リリア」
「……本当だよ」
ラルフはリリアの頬を触った。
「リリア、熱がある。早くベッドに……」
ラルフはリリアを抱き上げ、ベッドに寝かせた。
「ラルフ……。今日は本当に疲れているだけなの」
「ああ」
「だから、ハイドに怒ってないって伝えて」
「ああ。心配するな」
「うん……」
リリアは真っ赤な顔で微笑んで、そのまま目を閉じた。




