第六十三話
リリア達が馬車に乗り込むと、マルゴーが真っ赤な採れたての林檎を詰め込んだ麻袋を渡した。
「これもあの子に持って行ってやって。
旅の途中でお腹が空いたら、アンタ達も食べていいから」
マルゴーは笑顔で馬車の扉を閉めた。
「さようなら。短い間だったけれど、楽しかったよ」
マルゴーが別れの言葉を言った後、ハイドが窓を開けて何かを言おうとしたが、
「ほら、早く行って! 仕事が沢山あるんだから」
と、俯いたまま店の中に入ってしまった。
馬車はゆっくりと走り出した。
「マルゴーはこんなに寂しい別れを繰り返しているのね……」
リリアは窓を開けて、小さくなってゆくマルゴーの店を見た。
「酒を飲めば、あっという間に忘れる。
今頃、今夜の客の事でも考えているだろう」
ハイドがリリアの頭をポンと叩きながら言った。
「リリア、手に持っているものは?」
ラルフはリリアが大事そうに持っている封筒を見て言った。
「マルゴーに頼まれたの。
次の村にマルゴーの娘がいるから渡して欲しいって。
この中に『仲直りの手紙』が入っているんだって」
「マルゴー。娘と喧嘩をしていたのか。
マルゴーみたいな性格なら喧嘩が絶えないだろうな」
と、ハイドが言ったが、リリアは首を横に振って、
「マルゴーは一度も娘に会った事がないって言っていたわ」
と、手紙をぎゅっと握りしめた。
「ならば今日中に渡しに行こう」
ラルフが言うと、馬車のスピードが次第に速くなっていった。
封筒の宛名に書かれた村へ入ると、子どもたちの賑やかな声が聞こえてきた。
リリア達は馬車を降り、道行く人々に聞きながら歩いた。
村人たちは皆、リリア達を見て振り返る。
この辺りでは見かけない身なりをした四人が歩いていると、自然と目を惹いてしまうのだろう。
小さな村で人探しをするのは難しいことではなかった。
リリアは手紙の宛先通りの小さな家を見つけ、ドアをノックした。
ラルフ達は、男が集団でいると怖がられるかもしれないと、馬車の中で待っていた。
小さな家の中から少女が現れた。
リリアより背丈も小さく、幼く見える。
「アナタ……、誰?」
少女は少しオドオドした様子でリリアを見た。
「アナタのお母さんから手紙を預かって来たの」
「……母さん?」
「うん。手紙と一緒に林檎も届けて欲しいって」
リリアが手に持っていた手紙を少女に渡そうとすると、
「私に母さんなんていないわ。
私の母さんは、私を捨てて、とっくに死んだから」
と、少女が少し後ずさりをした。
「生きているわ。
アナタに会いたいって……。
アナタと仲直りしたいって言っていたもの」
「じゃあ、何で会いに来ないの?
生きているのなら、会いに来れば良いでしょう?」
「それは……」
リリアはもう一度、マルゴーに託された手紙を少女に渡そうとした。
「アナタのお母さんは、ずっとアナタの事を想っているわ。
この手紙を読めば、きっと分かるはず」
少女は迷いながらもリリアから手紙を受け取った。
リリアが麻袋に入った林檎も渡そうとすると、
「一体、玄関で何をしているんだい?」
と、部屋の奥から女が現れた。
「おばあちゃん……。
この子が私の母さんの手紙を届けに来たの」
「馬鹿な!
アンタの母さんは、アンタを捨てて山賊に殺されたと言っただろう」
女は少女から手紙を奪い、二人の目の前で破り捨てた。
「あ……!」
雨がポツポツと降り始めた。
破られた手紙が濡れてゆく。
女は少女を家の中に引っ張り込み、扉を閉めた。
扉の鍵を掛ける音がリリアの耳に響いた。
リリアは泣きながら、破られた手紙を拾い集めた。
「リリア、もう良いだろう。馬車に戻ろう」
いつの間にかラルフがリリアの側に立っていた。
リリアは林檎が入った麻袋を玄関の脇に置き、その中に拾い集めた手紙を入れた。
雨でインクが滲んで、読めなくなってしまっているかもしれない。
手紙は読まれず、麻袋ごと捨てられてしまうかもしれない。
しかし少女は、一度は手紙を受け取ろうとした。
リリアは馬車の中でしばらく泣いた。
「リリア、あの娘の言う通りだ。
会おうと思えばいつでも会いに行ける距離なのに、会いに行かなかったマルゴーが悪い」
ビンセントが言った。
ビンセントはセシルの事を思い出していた。
「手紙で思いは伝わらない。
会って、目を見て話し合わなければ、人間の心の中は分からない。
だからお前も、もう一度この世界に来たのだろう?」
リリアは泣きながら頷いた。
雨が激しくなり、馬車にバラバラと音を立てて降り注いだ。
「リリア。雨に濡れたままで、風邪でもひいたら大変だ。
今日は宿に泊まって、ゆっくりしよう」
ラルフがリリアの頭をタオルで乾かした。
せっかくマルゴーに結ったもらった髪型がぐちゃぐちゃになった。
ハイドは黙って窓の外を見ていた。




