第六十二話
翌朝、リリアはベッドの上で目を覚ました。
部屋にはリリア以外、誰もいなかった。
「……ラルフ? ビンセント?」
ラルフとビンセントが使っていた毛布は綺麗に畳まれて、ベッドの脇に置いてあった。
リリアはベッドから降り、毛布を畳んで一階へ降りた。
一階にはマルゴーしかいなかった。
「おはよう、お嬢さん。
今、朝食の仕度をしているから、テーブルを拭いてくれる?」
マルゴーがリリアに布巾を渡した。
「あの……。三人は?」
「ああ、三人には外の仕事を手伝わせているよ。
もうすぐ帰ってくる頃だと思うけれど」
「……そう」
リリアが丁寧にテーブルを拭いていると、マルゴーは料理を作る手を止め、リリアの姿を眺めた。
「……やっぱり女の子は良いな」
「え?」
「……何でもない」
マルゴーがまた料理を作り始めると、大きなカゴを両手に持ったハイドと、ラルフとビンセントが戻ってきた。
「マルゴーは人使いが荒いな……。
あ、またリリアに手伝わせている。
リリアはこう見えても王女なんだぜ?」
ハイドは文句を言いながら、抱えていたカゴをカウンターの上にドサッと置いた。
カゴの中には新鮮で艶々した野菜や果物が沢山入っている。
「アハハ。アンタ達が暇そうにしていたのが悪いんだよ」
マルゴーは笑いながら料理を皿に盛りつけ、布巾を返しに来たリリアに、
「紳士はレディーをエスコートするために生まれてきたんだ。
使える時に使っておかなければ損だよ」
と、耳打ちをした。
「マルゴー。またリリアに余計な事を吹き込んだだろう。
リリア、マルゴーが何を言ったか言ってみろ」
ハイドがリリアの目を見た。
リリアはハイドとマルゴーの顔を交互に見ながら、
「し……、紳士は使える時に使っておけって……」
と、答えた。
「……フッ。アハハ!」
マルゴーが思わず吹き出した。
「何だ? マルゴー、どういう意味だ?」
「もう良いって!
料理が出来上がったから、皆、席に着きな」
マルゴーは笑いながら、テーブルの上に料理を置いていった。
「さあ、お客さん。どうぞ召し上がれ」
「今さら客扱いするのかよ」
マルゴーはハイドが文句を言いながら料理を頬張っている姿を見て、カウンターで満足そうにしていた。
「マルゴーも一緒に食べようよ」
リリアがマルゴーを誘うと、
「ありがとう、お嬢さん。
でもこの料理は客のために作ったんだ。
私は後で食べるから」
と、笑いながら断った。
「マルゴー、今さら遠慮するな。お前らしくない」
ハイドが言うと、リリアも頷いて、
「料理は皆で食べる方が美味しいのよ」
と、隣の席から椅子を運んできた。
「フッ……。じゃあ、邪魔するよ」
マルゴーは、とても嬉しそうな、しかし少し悲しそうな顔をして、リリアが運んできた椅子に座った。
「アンタ達、今日はこれからどうするのかい?
私は夕方から来る客のために少し仮眠をとるよ」
「今から発つ予定だ」
ラルフの答えに、リリアとハイドが同時にラルフの顔を見た。
二人を見て、マルゴーは小さく笑った。
「へぇ……。何処へ行くつもり?」
「西へ向かう」
「西へ……」
マルゴーは立ち上がり、テーブルの上の空いた皿を下げていった。
「リリア、出発する前に二階の部屋に来てくれるかい?」
リリアはラルフの顔を見た。
ラルフは頷き、
「俺達は外で出発の準備をしている」
と、言って店から出た。
リリアはマルゴーと二階へ上がり、マルゴーの部屋に入った。
マルゴーの部屋は、昨日の夜、リリアが眠った部屋と同じくらい質素で、小さなベッドと鏡台しかなかった。
「ここに座って」
マルゴーがリリアを鏡台の前の椅子に座らせた。
「町へ行くのなら、こんなボサボサ頭じゃ駄目だ。
髪を結ってあげる」
マルゴーはリリアの髪をとかし始めた。
「せっかくマルゴーに出会えたのに、今日でお別れなんて。
寂しいね……」
マルゴーは鏡越しにリリアの顔を見て、
「宿屋は出会いと別れの連続だ。
いちいち別れを悲しんでいたら、宿屋なんて務まらないよ」
と、笑った。
「でも……」
「ああ! 私はしんみりするのが嫌いなんだ。
笑顔で見送らせておくれ」
リリアは口を閉じ、黙って頷いた。
「リリア。アンタの親は何処にいる?」
「母様は私を生んですぐに亡くなったわ。
父様は病気を患っていて、もう長くはない」
「……そう。悪いことを聞いたね。
私には娘がいてね、赤ん坊の頃に捨ててしまったんだ。
娘は私みたいなひねくれ者じゃなく、アンタみたいな素直な子に育っていて欲しいな……」
「会わないの?」
「ああ。何度も会おうとしたが、勇気がなくてね」
「会いたいと思っているのなら、会った方が良いよ」
「フフ……」
マルゴーは、鏡台の小さな引き出しの中から色褪せた封筒を出した。
「リリア。
西へ行くのなら、ついでにこれを娘に渡してくれない?」
「……手紙?」
「ああ。随分前に書いて、ずっと渡せずにいた『仲直りの手紙』だよ。
私みたいなひねくれた娘に育っていたら、受け取ってくれないかもしれないけれど」
「必ず渡すよ!」
リリアは封筒を大切に受け取った。
「ほら見て。綺麗になった。
私はいつか、自分の娘の髪を結んでやるのが夢なんだ」
「大丈夫。
この手紙を渡せば、きっと仲直りできるから」
リリアとマルゴーは鏡越しに笑い合った。
リリアが一階へ降りると、三人が出発の準備を終えて待っていた。




