第六十一話
料理はどれも出来立てで、美味しそうな匂いが漂っている。
マルゴーが野菜を煮込んだスープを鍋ごと持ってきた。
「これ、全部マルゴーが作ったの?」
リリアが目を輝かせてマルゴーに聞くと、マルゴーは笑いながら、
「当たり前だろ?」
と、答えた。
リリアは湯気が立つほど温かい料理を食べた事がなかったので、目の前でグツグツと音を立てている鍋を見ただけでワクワクした。
「熱っ! マルゴー、酒をくれ!」
ハイドが酒を注文すると、
「アンタみたいなガキに出す酒は無いよ」
と、あっさり断られてしまった。
「俺はガキなんかじゃない! 大人だ!」
「え? 大人? フッ……。冗談だろう?」
「いいから、酒だ酒だ!」
「ハイド……」
リリアがハイドとマルゴーのやり取りに困惑していると、
「リリア。ハイドの事など放っておけ」
と、ラルフがリリアの皿にスープをよそった。
「これはどうやって食べるの?」
リリアが骨付きの鶏肉を指差すと、
「リリア。これはこんな感じに豪快に食うんだ」
と、ハイドが肉にかぶりつき、
「熱っ! マルゴー、頼むから酒をくれ!」
と、叫んだ。
「ハァ……。
アンタ達、今まで一体どんな生活をしてきたんだ?」
マルゴーは呆れた顔をして三人分の酒をテーブルに置き、リリアに向かって
「まさかアンタも、大人だとか言わないよね?」
と、聞いてきた。
リリアが首を横に振ると、
「良かった。
じゃあ、アンタには特製の葡萄ジュースだ」
と、深い紅色のジュースをテーブルに置いた。
ハイドはすっかりマルゴーと意気投合し、酒の飲み比べを始めた。
「ハイド、そろそろ二階へ上がる」
ラルフの言葉に、ハイドは酒を飲みながら片手を振った。
「マルゴーに迷惑だろう……」
「ああ、私なら構わないよ。
そろそろ店を閉めようと思っていたところだし」
「ラルフ、放っておけ。
夜会好きのハイドが、ずっと夜会に参加しなかったのだから。
たまには羽目を外させてやろう」
珍しくビンセントがハイドをかばった。
「うん。私もハイドが楽しそうにしている方がいい」
リリアも賛成し、三人はラルフを置いて二階へ上がった。
二階の部屋はろうそく一本の明かりしかなく、暖炉もないので、薄暗く寒々としていた。
床は古い木の板が使われていて、動くたびにギシギシと音を立てた。
ベッドはマルゴーが言っていたとおり、一つしかなかったが、薄い毛布が四人分、ベッドの上に揃えられていた。
「夜って、こんなに暗いのね」
ろうそく一本だけでは部屋全体の様子は見られない。
「リリア、疲れただろう。ベッドで横になれ」
ラルフとビンセントは床板の上に腰を降ろした。
「私だけベッドじゃ、気になって眠れない」
「言っただろう。悪魔は眠らない」
「でも、この暗闇で朝までどうやって過ごすの?
一階でハイドと一緒にお酒でも飲んできたら?」
ラルフが静かに笑った。
「人間が悪魔に気を使ってどうする?
そんなに気になるのなら、こっちへおいで」
ラルフがリリアを呼んだ。
リリアが来ると、ラルフは横になった。
「ここで三人で寝るのなら、文句はないだろう?」
「……でも」
リリアはビンセントの方を見た。
ビンセントは、いつもの様に面倒臭そうに、
「この明かりでは本が読めない」
と、本を閉じて横になった。
リリアはラルフとビンセントに挟まれて、川の字になった。
「ここから窓の外を見て。星が綺麗に見えるよ」
リリアが寝転がって、窓の外を指差した。
ラルフがリリアに毛布をかけながら、
「ああ。本当だ」
と、答えた。
ビンセントは向こうを向いて無反応だった。
「あ、流れ星。
知っている? 流れ星が消えてしまう前に願い事が言えたら、願いが叶うって」
「ああ。だがリリアは、流れ星より俺に願いを言えば良い」
「……でも。言えない願い事だってあるでしょ?」
「俺に言えない願いって何だ? 気になるな……」
床板を伝って、ハイドとマルゴーの笑い声が聞こえてきた。
リリアは思わず笑ってしまった。
「どうした? リリア」
ラルフがリリアの楽しそうにしている顔を見ながら聞いた。
「ううん。何でもない」
きっと、普通の人には何でもない事が、リリアにとって幸せだったのだろう。
「おやすみ。ラルフ、ビンセント」
そう言って、リリアは毛布に顔をうずめた。




