第六十話
「あー、腹が減った。何か食いたい」
リリアは馬車の心地よい振動で、ラルフの肩にもたれ掛かってうつらうつらしていたが、ハイドの大声で目が覚めた。
「……そうね。
お城でパンを少し分けてもらえば良かったね」
リリアが目を擦りながら言うと、ラルフが笑った。
「心配するな。
村へ到着すれば、店はいくらでもある」
「お店がいくらあっても、その村で使われているお金が無ければ何も買えないわ」
「……錬金術」
ずっと本から目を離さないビンセントが面倒臭そうに呟いた。
「錬金術?」
ビンセントは相変わらず目は本に向けたままで、片手をリリアの目の前に出し、握りこぶしからバラバラと金貨を出して見せた。
「わあ……! どうなっているの?
でもこのお金、本当に使ってもいいのかな?」
「リリアは真面目だな。
真面目な奴ほど、早死にするんだぜ」
ハイドは、ビンセントが出した金貨をかき集めながら言った。
「……え、そうなの?」
「リリア。ハイドのいつもの冗談だ。
気にすることは無い。
金貨なら人間の願いを叶えた時の報酬で、山のように持っている」
リリアはラルフの言葉に安心した。
外の景色は、夕日が沈んで行く頃だ。
「空が真っ赤に焼けているように見える。何だか怖い」
「人間の世界で、空が赤く染まる時を『逢魔が時』と言うが……。
リリアは既に悪魔に逢っているから、怖くはないだろう」
リリアはラルフの話に笑った。
「そうね。ラルフもハイドもビンセントも付いているから、何も怖くはない」
夕日が落ち、辺りが暗くなっていくと、民家に明かりが灯りはじめた。
「そろそろ店を見つけないと、馬車の中で野宿になってしまうぞ」
ハイドが窓を開け、顔を出して、店らしき建物を探し始めた。
「お。あそこなんて、どうだ?」
ハイドが、ぼんやりと明かりの灯る小さな建物を指差した。
「確かに宿の看板は出ているな」
四人は一度馬車を降り、中の様子を覗くことにした。
店の扉を開くと、中から美味しそうな料理の匂いと賑やかな客たちの声が聞こえた。
「いらっしゃい。お客さん達、初めて?」
赤髪の女主人が、カウンターから顔を出した。
「ローザ!」
思わずハイドが女主人に向かって声をかけた。
「え? ローザって誰だい? 私の名はマルゴーだよ」
確かに雰囲気が死んだローザに少し似ているが、よく見ると違っていた。
「宿屋の看板が出ていたが、部屋はあるか?」
ラルフがマルゴーに聞くと、マルゴーは四人の顔をジロジロ見ながら、
「生憎うちの宿は、ベッドが一つだけの部屋が一部屋しかないんだ」
と、答えた。
「それで十分だ。今夜はこの店に泊めてもらおう」
ラルフが金貨の入った袋をカウンターの上に置いた。
「ベッドが一つしかないのよ?」
リリアが不安そうな顔をしたが、ラルフは笑って、
「問題ない。悪魔は基本、眠らないからな」
と、リリアの頭を撫でた。
マルゴーは、袋の中の金貨を見ながら、
「ふーん……。
アンタ達が構わないのなら、二階に部屋があるから泊まって行きな。
言っておくけど、この店は一階が食堂で、夜は酒を出しているから、朝までうるさいよ?」
と、言った。
「ああ。問題ない」
「それなら契約成立。
こんなに金貨を貰ったんだから、ご馳走を出さないとね。
ほら。空いている席に座って」
四人は一番端にあるテーブルに着いた。
「私、お店で食事するの、初めて」
リリアが目を輝かせながら言った。
「ああ。俺たちも初めてだ」
「ちょっと、そこのお嬢さん。
料理を運ぶのを手伝ってもらえる?」
マルゴーがカウンターからリリアに向かって手招きをした。
「料理なら俺が運んでやる」
ハイドが立ち上がろうとすると、マルゴーが、
「いいから、男は座って待ってな!」
と、断った。
リリアはローザに少し似ているマルゴーに恐る恐る近づいた。
その様子を見たマルゴーはフフッと笑い、
「何もしないよ。
それより、アンタとあの三人の関係は何?」
と、聞いてきた。
「えっと……」
リリアが質問の答えに戸惑っていると、マルゴーが、
「いや。三人の男と女の子が一人って……。
まさか山賊に拐われたんじゃないかと思ってね」
と、小声で言った。
「山賊?」
リリアの反応にマルゴーは再び笑って、
「……まぁ。
山賊にしては、皆、綺麗な顔をしているし、身なりも良いから心配しなくて良いか。
でも、困った事があればいつでも私に言いな。
助けてあげるから」
と、言い、リリアにサラダが入ったボウルを持たせた。
リリアがサラダを席まで持って行くと、ハイドが
「なぁ、リリア。あの女と何を話していたんだ?」
と、聞いてきた。
「困った事があったら、いつでも言ってねって」
それを聞いたラルフとビンセントは静かに笑った。
「何? 何でそこで笑うんだ?
全く面白くないよな? リリア」
「うん」
そんな話をしている間に、次々と美味しそうな料理がテーブルの上に並べられていった。




