第五十九話
リリアはアスランに別れを告げた。
もう二度と王やアスラン達に会うことはない。
城の前でアスランとマイカ、ドニーがリリア達を見送った。
「ドニー。私の部屋にある本を全部ドニーにあげる」
「え、いいの?
でも、あの部屋には入ったら駄目だって……」
ドニーはマイカの顔を見上げた。
「いいの。あの部屋はドニーの好きなように使って」
「お嬢様、止めてください。
あの部屋は、お嬢様が帰って来るまでずっとあのままにしておきますから……」
マイカは顔を真っ赤にし、眉間に皺を寄せた。
「マイカ。十年も待たせてしまってごめんなさい。
私はこの場所に二度と戻って来ないわ。
だからマイカ。後悔しない人生を送って」
リリアがマイカを抱き締めると、マイカは声をあげて泣いた。
リリアはマイカが声をあげて泣く姿を初めて見た。
マイカはどんなに悲しいことがあっても、人前で涙を見せる事はなかった。
リリアは、そんなマイカが一人静かに涙を流す姿を見るたび、胸が締め付けられていた。
「マイカに会えて良かった。さようなら、マイカ」
リリア達は馬車に乗り込み、城を後にした。
リリアは馬車の窓から外の景色を見ていた。
馬車の中で、ビンセントは城で見つけた厚い本を読み、ハイドは鼻歌を歌い、ラルフはリリアの隣で腕組みをしていた。
「馬車に乗って何処へ行くの?」
「リリアの体は人間のままだ。
異世界へ移動するたびに気を失っていると、体への負担が大きいだろう。
今回は、折角来た人間界でゆっくり旅をしよう」
ラルフが言うと、ハイドが鼻歌を止め、
「それに俺達は、悪魔になってから一度もこの世界を訪れていない。
まぁ、観光してみるのも悪くないな」
と、言った。
「そうね」
リリアは少しわくわくしていた。
四人で旅が出来るなんて、思ってもみなかった。
ビンセントも、いつもの「俺は遠慮する」を言わないので、きっと一緒に旅をしてくれるのだろう。
「リリア……。本当にこれで良かったのか?」
ラルフは腕組みをしたまま、リリアを見て言った。
「ん?」
「人間の世界に戻らないと言ってしまって良かったのか?」
「うん」
窓の外を見ていたリリアがラルフの方へ顔を向けた。
「アスランはずっと待ち続ける人だから、ちゃんと『さようなら』を言っておきたかった。
戻って来るか来ないか分からない人をずっと待ち続けるより、絶対戻って来ない事を知った方が、アスランの選択肢が増えるでしょ?」
「ああ」
「……でも。
父様にだけは『さようなら』が言えなかった。
弱々しい父様の姿を見て、二度と戻らないなんて言えなかった。
父様の悲しむ顔を見たくなかったの……」
リリアは自分の手を見て、王の手を握った時の事を思い出した。
「父様の命は恐らく長くは無いわ。
父様が息を引き取るまで見守ってあげたかったけれど……。
だけど……」
「リリア、これで良いんだ。
リリアが別れを告げに来た事ぐらい、王も知っている。
亡くなる前にリリアに会えたことを、王も喜んでいるだろう」
ラルフはリリアの体を包んだ。
「……そうね」
人間の心の中は、本人に直接聞いてみなければ分からない。
たとえ聞けたとしても、本当の事を言ってくれるかどうかは分からない。
それでもリリアは、自分の気持ちは正直に伝えたかった。
窓の外で聖堂の鐘が鳴り響いた。
死者を知らせる鐘の音だ。
鐘の音はカラーンカラーンと寂しそうに鳴っていたが、次第に小さくなっていき、馬車の音に掻き消された。




