第五十八話
リリアは久しぶりにアスランと二人きりで食事を取った。
食事はリリアの希望で、初めてラルフと出会った、城の中で一番見晴らしの良いバルコニーに用意してもらった。
「リリア。十年の間、何をしていた?」
「アスラン。人間の世界は十年経っているかもしれないけれど、向こうの世界ではまだ数ヶ月しか経っていないの」
「……そうか」
「水竜に乗って空を飛んだり、初めて雪を見たり、本を読んだり……。毎日楽しく過ごしているわ」
「……そうか」
アスランは黙って遠くの景色を見た。
十年もの長い年月がリリアにとって短い時間だったことが、アスランには理解できないのだろう。
二人の会話に沈黙が訪れると、柔らかな風が木々を揺らす音が聞こえてきた。
「リリア、さっきは悪かった」
「え?」
「お前が悪魔達に酷い目に合わされていたのではないかと、ずっと心配していたが……。
三人とも、お前のことを大切に思ってくれていたんだな」
「うん」
「あの三人に、後で礼を言っておく」
リリアはティーカップを手に持ち、アスランと同じ方向を眺めた。
「アスラン。
アスランは十年の間、何をして過ごしていたの?」
「リリアがこの世界に戻って来るまでに、少しでも良い国にしておこうと走り回っていた。
あっと言う間の十年だったな……」
「アスラン……。
十年も待たせてしまって本当にごめんなさい」
「構わない。
お前が戻って来てくれたのだから」
リリアはティーカップをテーブルの上に置き、アスランの顔を見た。
「アスラン。
私はこの世界に戻って来た訳ではないの」
「どういう意味だ?」
「もう二度とこの世界に戻って来ないから……。
父様や母様、兄様、アスラン達にお別れを言いに来たの」
「何故……」
「この世界にいても、私は幸せにはなれないわ。
これから幸せになったとしても、心の中で小さかった頃の私がいつも泣いている」
「リリア、分からない。どうすればいいんだ」
「私と結婚することは、アスランにとって義務であって、アスランの幸せではないでしょう?
だからアスラン。アスラン自身が幸せになって」
「十年間、ずっとリリアを待っていた。
この先、二十年経とうが三十年経とうが、ずっとリリアを待ち続ける」
リリアは立ち上がり、アスランの手の上に自分の両手を乗せた。
「人間は時間に限りがあるから、自分の気持ちを素直に伝えておかなければ後悔するんだって。
私の気持ちは伝えたわ。
アスラン。アスランも後悔する人生を送らないで」
「リリア。お前の部屋は、ずっとあのまま置いておく。
お前の帰るべき場所はいつもここにある。
だからいつでも帰って来い」
アスランはリリアの手を握り返した。
アスランはリリアが二度とこの世界に戻って来ない事は分かっていた。
それでもリリアの逃げ場を作ってやりたかった。
「ありがとう。さようなら、アスラン」
リリアは静かにバルコニーから姿を消した。




