第五十七話
王の間に到着すると、アスランは扉を開く前にリリアの前でかがんで、リリアと目線を合わせた。
「リリア……。
王は数年前から病気を患っておられる。
リリアのことが分からなくなっているかもしれないが、気にしなくて良い」
リリアはアスランの表情を見て、王が重篤な病におかされていることを知った。
「……うん」
アスランはリリアの決心を固めた顔を見て、王の間の扉を開いた。
王は玉座ではなく、大きなベッドの中にいた。
リリアはゆっくりと王のベッドに近付いた。
王は目を見開いていたが、瞳は白く濁って何も見えていないようだ。
「父様……」
リリアはベッドの側で両膝をつき、そっと王の手を握った。
王の手は冷たく痩せ細って、骨と血管が浮き出ていた。
リリアにとって、ずっと大きくて強い存在の父親が、リリアの手の中で小さくなっていることにショックを受けた。
「父様……」
リリアが王の手を自分の頬へ近付けると、王はリリアの方に顔を向けた。
「……リリア? そこにいるのはリリアか?」
「父様!」
「リリア……、お帰り。
ずっと……、ずっと待っていた。
無事帰って来てくれて、本当に良かった……」
「父様、ただいま」
リリアは王に、悪魔の世界の話をした。
悪魔の世界はリリアが思っていたより色鮮やかだったこと、水竜に乗って空を飛んだこと、初めて雪を見たこと……。
王はリリアの話を嬉しそうに聞いていた。
「リリア。お前と一緒にその世界を旅しているようだ。
お前の顔が見られないのが残念だが……」
王は瞬きもせず、何も見えない瞳でリリアの顔をじっと見ていた。
「父様。母様や兄様に会いに行ってもいい?」
「ああ……。二人もリリアのことを待っているだろう」
「父様、行ってきます」
「ああ。行っておいで」
王は一度だけ深く呼吸をして目を閉じた。
リリアは父の手をぎゅっと握って布団の中に入れ、王の間を出た。
リリアが王の間を出ると、扉の外でアスランが待っていた。
「リリア、疲れただろう。
それにお腹がすいているのではないか?
良かったら二人で食事を取ろう」
「うん。でも先に母様と兄様に会いに行ってくる」
「リリア……」
「アスラン、大丈夫。父様の許可は取ったわ」
「そうか……。
それなら鍵を貰ってくるから、噴水の前で待っていろ」
「うん」
リリアはアスランと分かれ、ハイドの待つ回廊へ向かった。
回廊にはラルフとビンセントもいた。
「リリア。親父さんとは話せたか?」
ハイドは王の病状をラルフから聞いたのだろう。
心配そうな表情でリリアを見つめた。
「うん。父様と話が出来て本当に良かった。
今から母様と兄様に会いに行くけれど、良かったら皆一緒に来て」
リリアは笑顔で答えた。
「今から会うって……」
ハイドが言いかけたが、三人は黙ってリリアの後に付いていった。
噴水の前に着くと、リリアの後ろにいる三人を見たアスランが驚きの表情を浮かべたが、何かを察したように黙ってリリア達を聖堂へと案内した。
アスランが聖堂の扉を開くと、リリアは一度聖堂の前で立ち止まり、聖堂の中をじっくりと眺めた。
聖堂は、王家の者たちが眠る場所としては小さく控え目だったが、ステンドグラスから入る日の光が、死者を優しく守っているように見えた。
「ここに母様と兄様が眠っているの。……来て」
「リリア。俺達はここで待っている。
悪魔はこれ以上、この中には入れない」
ラルフがリリアに言ったが、リリアは、
「大丈夫。私もこの城にいた頃は『災いを運ぶ者』として、一度も中へ入れてもらえなかったわ。
だけどたった今、父様に許可してもらったから」
と答え、聖堂の中へ足を踏み入れた。
「フッ。面白いじゃないか。
神が許可しないなら、俺達に罰が下るまで」
ビンセントが小さく笑いながらリリアの後に続くと、ラルフとハイドも黙って中に入っていった。
聖堂の奥には、石でできた棺が二つ並んでいた。
「王家の棺は代々、ここから遠い場所にある大聖堂に納められるらしいけれど……。
父様は、母様や兄様に毎日会えるよう、特別にこの聖堂を作ったそうなの」
リリアが、初めて見る母と兄の棺を前に、三人に説明をすると、アスランが、
「王は今でも毎日この聖堂を訪れている」
と、付け加えた。
棺の上には沢山の花束が置かれている。
リリアは二つの棺に手を添え、
「……そう。
母様、兄様、ずっと父様に愛されていて、幸せね」
と、呟いた。
「馬鹿だな、リリア。
俺たち皆、お前のことをずっと愛しているじゃないか」
ハイドが大声で言った言葉が、聖堂に響き渡った。
リリアは一瞬驚いて目を丸くしたが、すぐに笑って、
「そうね。本当に馬鹿ね。
私は皆から愛されている。母様も兄様も心配しないで」
と、二つの棺に別れを告げた。




