第五十五話
リリアは久しぶりにラルフの部屋へ戻った。
「やりたかった事は、もう終わったのか?」
「うん」
「そうか」
ラルフはリリアの頭を優しく撫で、それ以上は何も聞かなかった。
「ラルフ。今回はどんな願い事を叶えたの?」
「くだらない願いだ」
「……そう」
リリアもそれ以上詳しく聞かないようにした。
「ラルフ……。
次に人間の世界へ行くのは、いつ頃になりそう?」
「どうした?」
ラルフはリリアに優しく微笑みながら聞いた。
「……。
人間の世界へ戻って、アスランや父様に会いたい」
「……そうか。
なら、早めに行った方が良いだろう」
ラルフはリリアの言葉に驚かなかった。
いつかリリアがそう言い出す事ぐらい分かっていたのだろう。
ラルフがリリアの髪を優しく撫でると、リリアの瞳から勝手に涙が溢れてきた。
「リリア?」
「ごめんね、ラルフ。
二度と人間の世界には戻らないと決めていたのに」
「気にするな。
俺はお前の気持ちに従う」
ラルフはそう言って、リリアをベッドの中で抱き締めた。
悪魔なのにラルフはいつも優しくて、冬なのにベッドの中はとても暖かかった。
ハイドは夜更けにビンセントの部屋でカードゲームをしていた。
「まさかこの季節にビンセントと夜を明かせるなんて、思ってもみなかった」
「フッ……」
「ビンセント。お前、リリアと何を話したんだ?」
「過去のどうでも良い話だ」
「……そうか」
ハイドはそれ以上の事は聞かず、グラスに入ったワインを飲み干した。
「ビンセント。入っても良いか?」
部屋の外からラルフの声と扉をノックする音が聞こえた。
「勝手に入れ」
「ハイドもここにいたのか」
「ああ。久しぶりに酒を飲みながらカードゲームを始めたところだ。ラルフもゲームに入れよ」
「そうだな」
ラルフがソファーに座ると、ハイドがカードを切り始めた。
「リリアはもう寝たのか?」
ハイドはカードを配りながらラルフに聞いた。
「ああ。明日、リリアの生まれ育った世界へリリアを連れ戻してやる事になった」
ハイドはカードを配る手を止めた。
「は? 今さら何でだよ」
「父親や元婚約者に会いたいそうだ」
「何でこのタイミングなんだ?
ラルフは人間の住む世界から帰って来たばかりで、ビンセントも戻った。やっと四人が揃ったのに」
「俺がリリアに後悔するなと言ったからかもしれない」
ビンセントが呟いた。
「ビンセント、何でそんなことを言ったんだ!」
ハイドがソファーから立ち上がった。
「ハイド。俺はリリアをこの世界に連れて来る前から、リリアの意思に従うと約束をしている。
リリアが人間の世界に戻りたいのなら、戻してやるしかない」
「なら、リリアはこの世界に何をしに来たんだ。
俺はリリアの事を守ってやれなくて、リリアを泣かせてばかりで……。
リリアがいなくなれば、またつまらない毎日を永遠に過ごさなければならない」
「ハイド。お前の為だけにリリアをこの世界に永遠に閉じ込めておくことは出来ないだろう。
向こうの世界でリリアを待っている人間は、永遠に存在するわけではない。
会いたい時に会わせてやらなければ、リリアもお前も後悔することになる」
ビンセントが静かに言った。
ハイドは俯いて拳に力を入れ、自分の気持ちを押さえていた。
「勝手にしろ!」
ハイドはそう言って、ビンセントの部屋から出ていった。
「ラルフ。
お前はリリアに自分の気持ちを伝えたのか?」
ビンセントがラルフの目を見ながら言った。
「俺がリリアに気持ちを伝えたら、リリアは命令だと思うだろう。
俺はリリアがどちらか選択するまで待つことしか出来ない」
「そうか。……後悔しないようにな」
「ああ」
ラルフは立ち上がり、ビンセントの部屋から静かに消えた。




