第五十四話
その日の夜、ビンセントがハイドをリリアの部屋から追い出した。
「何でリリアの部屋で寝たら駄目なんだ」
「リリアは仮にもラルフの婚約者だろう」
「リリアみたいなガキに手を出す訳がないだろう」
「ガキ……」
「俺にとってリリアは子分のようなものだからな」
「子分……」
「チッ! 俺の天下は終わりか」
「……」
リリアはハイドの一言一言に引っ掛かりつつも、ラルフが帰って来るまでの間、ハイドの悪巧みに付き合わされなくて済みそうなことに安心した。
リリアがシャワーを浴びてバスルームから出ると、ビンセントが暖炉の近くのソファーで待っていた。
「ハイド、怒って出ていっちゃったの?」
「ああ。俺が信用出来ないから、この部屋の外で待っているが」
リリアは、扉の向こうで拗ねているハイドの姿を想像して、小さく笑った。
リリアがビンセントに促されるまま、ビンセントの隣に座ると、ビンセントがフカフカしたタオルでリリアの髪を乾かし始めた。
「リリア、お前は本当にラルフと結婚するつもりでいるのか?」
「……今は、まだ分からない。
ビンセントは、私とラルフの結婚に反対?」
「お前は俺達と違って、神や人間を憎んでいた訳ではないだろう?
元の世界に戻れば、お前の事を待っている人間もいるんじゃないのか?」
「でも、ラルフやハイドやビンセントたちに二度と会えなくなるのは嫌だな……」
ビンセントは、静かに笑い、
「……そうか。
俺はお前たちの結婚に反対はしないが、後悔だけはしないようにしろ」
そう言って、リリアの髪を乾かし終えた。
ビンセントはリリアをベッドに寝かせると、部屋の灯りを消して、部屋から出ていった。
扉の向こうで、ビンセントに文句を言っているハイドの声が聞こえたが、やがて小さくなってゆき、静かになった。
翌朝、リリアが目を覚ますと、当たり前のようにベッドの隣にハイドがいた。
「わっ……!
ハイド、どうしたの?」
「どうしたのって?
リリアの子守りをしているだけだ」
どうやらハイドは拗ねているようだ。
仕方がない。ここ数日間、ハイドはずっとリリアの事を心配してくれていたのに、リリアはハイドの言うことを聞かなかった。
「ごめんね、ハイド。……いつもありがとう」
リリアはハイドの目を見て言った。
ハイドの眉が少し動いたが、相変わらず拗ねた顔で、
「あーあ、俺って損な役回りだな。
こんなにリリアの面倒を見ているのに、リリアはラルフとビンセントの事ばかり想っている」
と、わざと大声で言った。
リリアは思わず、笑ってしまった。
「何だ? 真面目に言っているんだぞ?」
「分かっているよ。
もし、この世界にハイドがいなかったら、今頃、私は人間の世界へ戻っていたかもしれない」
ハイドはリリアの言葉に一瞬驚いた顔を見せたが、笑顔にっ戻って、
「……そうか。……そうだよな。
やっぱり俺がいなければ、リリアは駄目だよな」
と、嬉しそうに言った。
「朝食にするぞ。ビンセントが待っている」
「ビンセント?」
リリアとハイドが、朝食の用意された部屋へ行くと、ビンセントが食卓で本を読んでいた。
顔はすっかり、冬になる前のビンセントに戻っていた。
リリアはビンセントが戻ってきてくれたことが嬉しかったが、何も言わずテーブルについた。
そこにラルフが現れた。
「ラルフ!」
リリアは驚いて思わず立ち上がった。
「ただいま」
ラルフはリリアの元気そうな姿を見て静かに笑い、ビンセントを見て、
「なるべく早く帰って来たつもりでいたが、もう春になっていたのか?」
と、言った。
ビンセントは読んでいた本を閉じ、
「ああ。冬は終わった」
と、答えた。
「え? まだ雪も降っているし、こんなに寒いのに?
二人とも何を言っているんだ?」
ハイドがラルフとビンセントの顔を交互に見た。
二人は、そんなハイドを見て、フッと笑った。
窓の外は真っ白い羽の形をした雪がふわふわと舞い上がっている。
春になるまでもう少し先になりそうだ。
今日から、四人で迎える初めての冬が始まる。




