第四十二話
ハイドはすっかりリリアの部屋の住人になっていた。
朝も昼も夜も、食事はリリアの部屋に運ばせて二人で食べる。
初めは『リリアは病人だから』と言って、スプーンで一口ずつリリアの口に運ぼうとしていたが、雑なハイドの事だ。
「ハイド、自分で食べられるからいいよ……」
「ほら、遠慮するなって」
「……熱っ!」
「あ……。悪い」
それ以降、リリアは自分で食べることになった。
寝る時も『リリアがまた熱を出したら心配だから添い寝する』と言っていたが、リリアに拒否され、結局リリアの部屋のソファーで夜を明かした。
ハイドが読書嫌いだったのは、リリアにとって都合が良かった。
「ハイド、本を読んでもいいかな」
「ああ。ビンセントが安静にさせておけと言っていたが、読書なら良いだろう。なら俺は、溜まった郵便物の整理でもするか……」
と、暖炉の前で大量の郵便物に目を通し始めた。
リリアはその間に、バラバラになった日記を読み進めることが出来た。
『十月二十一日
セシルが熱を出した。
ただの風邪だからと、セシルが笑った。
今年も寒く……』
『十月二十二日
セシルの熱が下がらない。
医者に診てもらう……、薬を買う金もない』
『十月二十三日
……ただの風邪だと言うが、熱は一向に下がらない』
『十月二十四日
何とか金を……した。
明日……医者に診てもらう。
夜明けが待ち遠しい』
『十月二十五日
医者に、風邪ではないと言われた。
……に感染していると。
どうすることも…… 』
『十月二十六日
……神に祈るしかない』
『十月二十七日
金を調達し、セシルに栄養のあるものを……、
セシルは何も……』
『十月二十八日
セシルの体を拭いてやった。
全身に発疹が出て……』
『十月二十九日
何度も神に祈ったが、セシルの容態は……』
『十月三十日
この世に神は、いないのか』
『十一月一日
誰か、セシルを助けてくれ。
セシルが助かるのなら俺は……』
日記のインクが所々滲んでいた。
涙の跡なのだろうか。
日記を書いた人の切羽詰まった様子が、リリアの頭の中に思い浮かぶ。
それからセシルはどうなったのだろうか。
リリアが次のページをめくろうとした時、ハイドが声を掛けてきた。
「リリア、そろそろ寝る時間だ。着替えて来い」
リリアはだんだん揃いだした日記を引き出しに入れ、バスルームへ向かった。
リリアはバスルームの鏡の前で服を脱いだ時、思わず自分の姿に驚いた。
胸に大きな引っ掻き傷が出来ている。
身体が痛いのは、この傷のせいかもしれない。
「やっぱり夢じゃなかった……」
リリアは裸のままバスタオルを体に巻いて部屋に戻った。
「リリア、着替えはどうした?」
「ハイド、これを見て」
リリアは巻いていたタオルを少しずらして、ハイドに傷を見せた。
「これは……」
ハイドも驚いている。
「リリア。ビンセントから塗り薬をもらってくるから、服を着て待っていろ」
ハイドが慌てて部屋から出ていった。
リリアはもう一度よく傷跡を見た。
傷跡は胸の辺りに集中していた。
傷は浅く、血は止まって治りかけている感じだ。
誰かが薬を塗ったのか、傷の辺りはベタベタして薬草の匂いがした。
「リリア、入るよ?」
扉をノックする音と共に、ハイドが入ってきた。
「リリア、ベッドの上で横になれ」
「薬は自分で塗るからいいよ」
「傷の様子を見てみないと分からないだろう?」
「でも、恥ずかしい……」
「何を言ってるんだ。
俺は人間の頃、何千人もの死体や怪我をした人間を見てきた。
今さらリリアの裸を見たところで、何とも思わない」
ハイドがいつになく真剣な表情をしている。
リリアは黙ってベッドの上で横になった。
ハイドは、消毒した綿でリリアの傷を拭き、持ってきた木箱の中から陶器製の容器に入った塗り薬を取り出して、リリアの傷に優しく塗り始めた。
冷たくヌルヌルとした薬を塗られるたび、リリアはドキドキした。
ハイドが塗っている薬は、先に塗られていた薬と同じ薬草の匂いがする。
「ハイド、夢かもしれないけれど……。
昨日の夜、中庭で真っ黒い影に襲われたの」
「……リリア」
ハイドは薬を塗った後、傷をカバーするように、小さく切ったガーゼを貼っていった。
ハイドは何人もの負傷した仲間の手当てをしてきたのだろう。
いつもの大雑把なハイドから想像がつかないくらい手際が良かった。
「……リリア。
昨日俺に、お前がずっとこの部屋に居たか聞いてきたよな」
「うん」
「……本当は空白の時間があったんだ」
「空白の時間?」
「……ああ。
俺はしばらく気を失ったリリアの様子を見ていたが、ビンセントに相談しようと、この部屋を出た」
ハイドが部屋を出た後、リリアの意識が戻ったのだろうか。
「まずビンセントの部屋へ向かったが、部屋に居る気配がなくて、屋敷中を見て回った。
そのうちリリアのことが心配になってきて、一旦この部屋に戻ったが、今度はリリアの姿がなかった」
リリアはやはり中庭へ行ったのだろうか。
「慌ててリリアを探しに行こうとした時、この部屋にリリアを抱いたビンセントが現れた」
「ビンセントが?」
「……ああ。
ビンセントはリリアが中庭で倒れていたから連れて来たと言っていた。
雪でリリアの服が濡れていたから着替えさせたとも言っていた。
でも、怪我をしているなんて一言も言わなかった」
ハイドの顔が青ざめていた。
「リリア、ごめん。俺が目を離したせいで……」
「ハイド、心配してくれてありがとう。
怪我は何ともないわ。ハイドは何も悪くない」
リリアはハイドを抱きしめた。
ハイドもリリアを抱きしめて、二人はそのまま眠ってしまった。




