第四十一話
リリアはハイドが部屋の明かりを消してしまったので、日記の続きを読むのを諦めて眠った。
翌朝、リリアが目を覚ますと、当たり前のように隣でハイドが眠っていた。
「……!」
「ふぁー、おはよう。リリア」
「……ハイド。悪魔は眠らないって言っていなかった?」
「ああ、基本はね。
リリアが気持ち良さそうに眠っていたから俺も試してみたけれど、リリアの隣なら意外と眠れるもんだ。
それより何だ? その頭」
「頭?」
慌ててリリアが鏡を見に行くと、髪の毛が爆発していた。
多分、昨日の夜、ハイドがガシガシと髪を乾かしたのが原因だろう。
「……酷い」
「ハハ。確かに酷いな」
人形のローズは無表情ながらも、リリアの髪をとかすのに悪戦苦闘していた。
リリアはいっそのこと肩より上辺りで髪を切ってしまった方が早いと思ったが、ハイドが、
「そんなことしたらラルフに殺される」
と、言うので、取りあえず髪の毛を一まとめに結ってもらった。
「お。いいじゃん、いいじゃん。大人っぽい」
ハイドが適当に言った。
リリアは朝から疲れてしまった。
「あれ? リリア、顔が赤いぞ」
ハイドがリリアの頬に触れると、熱があるようだ。
「まずいな……。
ハイドやビンセントならともかく、俺は治療魔法なんて知らない。……どうすればいいんだ」
「……少し疲れただけ。眠っていたら治るから心配しないで」
「駄目だ。何かに感染しているのかも知れない。
リリアは人間だから、最悪の場合は……」
「大丈夫だから……」
リリアは意識を失い、その場に崩れこんだ。
「リリア……!」
薄れ行く意識の中で、ハイドが叫んでいたのだけは分かった。
どのくらい経ったのだろうか。
リリアが意識を戻すと、目の前にハイドの姿は無かった。
リリアは起き上がり、ベッドから降りた。
窓の外は、日が暮れて真っ暗だ。
「アォォン……」
窓の外から、いつもの音が聞こえた。
リリアは今日こそ音の正体を確かめたくて、自分の部屋から出た。
薄暗く、永遠に続いているような長い廊下をひたすら歩く。
音はいつも中庭辺りから聞こえてくる。
リリアが屋敷の扉を開けると、一面真っ白な世界が広がった。
リリアは部屋着のまま外に出たが、不思議と寒さは感じられなかった。
中庭辺りに、あの黒い影がいた。
真っ黒な毛皮に身を包んだその影は、獣でも人でもない形をしていた。
顔はよく分からないが、片方の目だけが赤くギラギラと光っている。
影はリリアの存在に気付き、突然襲ってきた。
影はリリアに近付いたかと思うと、鋭い爪でリリアの体を引き裂いた。
「……!」
リリアは一言も発することなく、その場に倒れこんだ。
リリアの真っ白な部屋着と、リリアの回りに降り積もった真っ白な雪がみるみる赤く染まっていく。
リリアは真っ赤に染まった雪の上で、また意識を失った。
気が付くと、リリアは自分の部屋のベッドの上にいた。
ハイドがリリアの手を握り、心配そうにリリアの顔を見ていた。
リリアの額の上には水で濡らした小さな布が置かれいた。
「夢……?」
「リリア、大丈夫か?」
「うん」
「良かった……。
一時はどうなることかと思って本当に心配したんだからな。
リリアがいなくなったら、俺……」
ハイドは涙をポタポタ落としながら、寝たままの状態のリリアを抱きしめた。
「痛っ……!」
リリアの全身に激痛が走った。
「あ、悪い……。どこか痛いところがあるのか?」
「ううん。大丈夫……」
あれは夢だったのだろうか。
リリアは痛む体を少しだけ起こし、自分の着ている服を見た。
リリアが倒れる前に着ていた服ではなかった。
「リリア、ビンセントがいれた薬草入りのお茶だ」
ハイドがティーポットからカップに注いだお茶をリリアに手渡した。
「ビンセント……、ここに居たの?」
「ああ。リリアの様子を見て、大丈夫そうだから、また自分の部屋に戻った」
リリアはカップに入ったお茶を一口飲んだ。
お茶はまだ温かく、夜会の夜にビンセントが淹れてくれた味と同じだった。
「ハイド。私、ずっとこの部屋で眠っていた?」
「……ああ。そうだけど?」
ハイドはリリアの質問の意図が分からない様子で、首をかしげながら答えた。
やはり中庭での出来事は夢だったのだろうか。




