第三十九話
夕食を終えた後、リリアは日記を取り出して、日付が書かれているページを古いものから順番に並べていき、揃っているページから読んでいく事にした。
『八月三日
今日も絵は売れなかった。
セシルは「いつか必ず……」と言った』
『八月四日
……花を売りに行った。
その金で野菜を買った。
これで数日間は暮らしていける。
セシルは売れ残った花で冠を作り無邪気に笑った。
セシル……』
リリアはラフスケッチの中から、花の冠を頭にのせた女の人の絵を取り出した。
「この天使のような人がセシル?」
『八月十日
今日も絵は売れなかった。
……「色のない絵は売れない」と言った。
……絵の具を買う金は無い』
『八月十七日
金を調達した。
これで数日間は暮らせるが、後ろめたい気持ちで……』
『九月一日
セシルは美しい。
セシルがいるだけで何も……、セシルを幸せに……』
『九月十三日
今日も絵は売れない。
セシルは「それでも……」と言った』
字がかすれていたり虫が食っていたりして読めない箇所があったが、日記を書いていた人物が絵を描いていること、セシルという名前の女の人がいること、お金がなくて困っていることが分かった。
『十月一日
金を調達した。
絵は売れない。
もうすぐ雪が降り、花も売れなくなる』
リリアが日記を読み進めていると、窓の外から昨日の夜と同じ音がした。
『オォォ……』
今日は風が弱くて、昨日よりもよく聞こえる。
リリアは日記をまとめて引き出しの中に仕舞い、窓ガラスの曇りを拭った。
「……!」
中庭辺りの真っ白な雪の中に、黒い影が動いて見えた。
中庭までは遠くて暗いので、よく分からないが、人の形ではない。
『オォォ……』
リリアは得体の知れない影が、不思議と怖くはなかった。
影が、とても悲しげな声で叫んでいたからだ。
翌朝、リリアが目を覚ますと、目の前にハイドの姿がなかった。
「ハイド?」
「ん? 何?」
リリアは突然聞こえたハイドの声に驚いて、慌てて体を起こした。
ハイドはリリアの部屋の暖炉の側に座って、大量の紙切れを見ていた。
あの日記がハイドに見つかったのかもしれない。
リリアは慌ててハイドに駆け寄った。
「どうした? リリア。俺が居なくて心配した?」
「あ……、う、うん」
リリアは、ハイドが封筒から出していく沢山の招待状に目をやった。
「それ……、夜会の招待状?」
「ああ。二、三日前のものだけどね」
「ハイド、あれから夜会に行っていないよね」
「ああ。夜会に行くよりリリアといる方が楽しい」
「……でも。招待状を送ってきた人たちは、ハイドが来てくれることを楽しみにしているかもしれないよ?」
「リリア、悪魔は永遠だ。
夜会を百回や千回欠席したところで、大したことはない」
「でも……」
「ハハ。リリアは優しいな。
なら、俺と二人でもう一度夜会に参加するか?」
「……」
「ハハハ。
俺の事は気にするな。また行きたくなったら行くから」
ハイドはニカッと笑ってリリアの頭を撫で、大量の招待状を暖炉の中に放り込んだ。
暖炉の火はパチパチと音をたてながら燃え上がり、招待状はあっという間に真っ黒になってしまった。
「……ねぇ、ハイド。
昨日の夜、中庭から何か音が聞こえなかった?」
ハイドの部屋の方が中庭に近いので、リリアの部屋よりよく聞こえたはずだ。
「……さぁ?
昨日の夜もラルフとカードゲームをしていたけれど、特に変な音はしなかったな」
「……そう」
「リリア、もしかして霊とか化け物の存在を信じているのか?
可愛いな」
ハイドは笑って、またリリアの頭を撫で、
「大丈夫だよ。もし現れたとしても、俺がお前を守ってやる」
と、胸を張った。
「……うん」
あの音はリリアにしか聞こえないのだろうか。
それなら自分で音の正体を知りたいとリリアは思った。




