第三十八話
「おはよう。リリア」
「……!」
リリアが目を覚ますと、目の前にハイドがいた。
「ハハ。久しぶりで驚いたか?」
「ハイド、どうしてここにいるの?」
「どうしてって……。リリアがこの部屋で寝ていたから。
ラルフの部屋なら遠慮したけど」
「そうなの?」
「そうだよ?」
リリアは寝起きで頭がぼんやりとしていて、ハイドが何を言っているのか、いまいち分からなかったが、気にしないことにした。
「ハイド、昨日の夜、外で何か音がしなかった?」
「音? ……特に気になる音はしなかったと思う」
「……そう」
「それより、そのボサボサ頭を何とかして朝食にしよう」
「ボサボサ頭……」
「じゃあ俺は、リリアの着替えが終わるまで部屋の外で待っているから」
ハイドが部屋から出た後、リリアは自分の姿を鏡で見た。
確かにボサボサだ。
今までシャワーの後、ラルフが丁寧に髪を乾かしてくれていたが、昨日の夜はリリアが適当に乾かした。
「酷いな……」
リリアは改めて、ラルフが自分を大切にしてくれていたことに気が付いた。
リリアは人形のローズに着替えを手伝ってもらい、髪を結ってもらった。
「お。リリア、可愛くなったな。
ラルフが待っているから、早く行こう」
二人は食卓へ向かった。
「おはよう。リリア」
「……お、おはよう」
「何だ? 二人とも……、未だ喧嘩の最中か?」
「ち、違うよ!」
「へぇー……」
ハイドはリリアのぎこちない態度を疑うように、目を細めたが、ラルフは構わずリリアに声を掛けた。
「リリア。今日は久しぶりに雪が止んでいるから、食事の後、外に出てみるか?」
「え? いいの?」
「ああ」
「えー? 外なんか、めちゃくちゃ寒いぜ?」
「ハイド。お前は無理して来なくて良い」
「お。ラルフがいつになく冷たい」
リリアはフカフカのコートに身を包んだ。
真っ黒なコートを羽織ったラルフは、リリアの首に赤いマフラーを巻いた。
屋敷の扉を開くと、真っ白な世界が広がっていた。
「わぁ……!」
宝石の粒が散りばめられたようにキラキラ輝く光景に、リリアの瞳も輝いた。
「滑ると危ない」
ラルフが差し出した手をリリアが掴んだ。
積もった雪の中に足を踏み入れるたび、白い羽のような雪が、フワリと舞い上がる。
「あー、寒い!」
何も羽織らないまま付いてきたハイドは、腕組みをしてガチガチと震えながら文句を言っている。
「ハイドもコートを羽織ればいいのに」
「そんなモフモフしたコート、男が着るわけないだろう」
リリアはクスクス笑い、ラルフに巻いてもらった赤いマフラーをはずしてハイドの首に巻いた。
「ハイド、格好いいよ」
「そうか?」
ハイドは機嫌を直し、ニカッと笑った。
リリアはラルフと手を繋ぎ、湖に向かった。
「冬の間、水竜は何をしているの?」
「冬の間は湖が凍るから、水竜は春になるまで氷の下で眠っている」
湖に着くと、リリアはまた目を輝かせた。
氷は一枚の大きなガラスのように透き通っていて、湖の中の様子がはっきりと見える。
色鮮やかな魚の大群がそのまま固まっているのを見つけ、リリアはその場でしゃがみこんだ。
「この魚たちも眠っているの?」
「ああ」
リリアは水竜を探したくなって、氷の上に乗った。
「わっ!」
リリアはツルッと滑って尻もちをつき、そのまま氷の上を滑っていった。
「リリア!」
「大丈夫。……あ、水竜見つけた!」
ラルフとハイドが慌ててリリアの元へ駆けつけると、リリアの真下で大きな水竜が固まっていた。
「本当に眠っているの?」
まるで死んでいるように動かない水竜を、リリアは氷の上から撫でるように触った。
「ああ」
「うう……。じっとしていると寒い。リリア、少し体を動かそうぜ」
「どうやって?」
「来て」
ハイドはリリアの手を掴み、氷の上を滑った。
「キャ……!」
リリアはまた転びそうになり、ハイドの腕にしっかり掴まった。
湖から出ると、ハイドはそのまま雪が積もった坂を駆けあがる。
坂の上に立つと、湖の中の水竜の全身が見えた。
「大きなステンドグラスみたい……!」
リリアが感動しているのも束の間、
「行くぞ!」
「ん?」
ハイドはリリアを抱きかかえ、坂を滑った。
「キャァァ……!」
「ハハハ!」
リリアの叫び声とハイドの笑い声が混ざり、羽の形をした白い雪が舞い上がる。
ハイドが坂の途中でつまずいて、二人はゴロゴロと転がり、最後は柔らかな雪の中に埋もれた。
「リリア!」
ラルフが駆けつけると、二人は雪の中から顔を出し、雪まみれの顔で大笑いした。
ラルフは溜め息をついた後、フッと笑ってリリアの体についた雪を払った。
「そろそろ帰ろう」
ラルフはリリアと手を繋ぎ、屋敷に向かった。
中庭を通ると、三人のものではない足跡があった。
もしかしたら、ビンセントが外に出ていたのかもしれない。
リリアはそう思ったが、黙って屋敷の中に入った。




