第三十六話
その日の夕食は静かだった。
食事の最中、ビンセントが喋ることは滅多になかったが、それでも一人欠けるとテーブルが寂しくなる。
「どうした? リリア。元気が無いな」
ハイドは、この時期にビンセントが居ないのには慣れているようだ。
「また、ビンセントが部屋から出て来ないのは自分のせいだと思っていないか?」
「そんなこと……、ないよ」
リリアの心の中は、全てラルフに見透かされているようだ。
リリアは、ビンセントが唯一居心地が良いと思う場所を踏み荒らしてしまったような気がしていた。
皆の前に姿を現さなくても、書庫にだけは行っていたかもしれない。
ビンセントにとって、書庫にいるリリアは邪魔な存在でしかないだろう。
ビンセントが姿を現すようになるまで、書庫に行くのはやめておこうとリリアは思った。
それにリリアには、やらなければならない事があった。
「ラルフ。私……、しばらく自分の部屋に戻ってもいいかな」
「どうした? 二人とも喧嘩でもしたのか?」
ハイドが二人の顔を交互に見て、これからの展開に興味を持ち始めた。
「違うよ。少し自分の時間が欲しいだけ」
ラルフはリリアの目をじっと見、リリアはそっと視線を外した。
「一体どうした?
リリア、今さら人間の世界に帰りたいとか言わないよな?」
ハイドがリリアのただならぬ様子に、焦り始めた。
「違うよ。本当に違うから……。
だから少しだけ時間をちょうだい」
ラルフは何かを言おうとしたが、一息置いて、
「……分かった。俺はリリアに従う」
と、言った後、黙って食事を口に運んだ。
リリアは夕食を終えると、急いでラルフの部屋に隠していた日記を取り出し、他の本との間に挟んで自分の部屋に向かった。
誰の日記かは知らないけれど、人の過去を覗きこむのは悪趣味であることぐらい、リリアは分かっていた。
ラルフもきっと「そんなもの放っておけ」と言うに違いない。
しかし、ページのところどころに押し花が挟んであったり、長い間、書き綴っていた痕跡を見ていると、書いた本人にとって大切な思い出の日記なのだろう。
リリアはバラバラになってしまった日記を元に戻したいと思った。
「リリア、少し良いか?」
部屋の外でラルフの声が聞こえた。
「え……? あ……、うん。少し待って」
リリアはベッドの上に広げていたバラバラの日記を慌ててかき集め、ベッドの下に隠した。
「いいよ」
ラルフはリリアの部屋着を数着持ってきて、部屋の暖炉に火を入れた。
「リリア、ここに座って」
ラルフがリリアのベッドに腰を降ろし、その隣へ座るよう促した。
「リリア……。お前に広い世界を見せてやりたかったが、結局屋敷に閉じ込めてばかりだったな」
リリアはラルフの顔を見てにっこり笑い、首を横に振った。
「リリア。お前の願いなら何でも叶えてやれそうな気がするのに……。お前を幸せにするため何をすれば良いかが分からない」
リリアはまた首を横に振って、
「ラルフ、私は充分幸せよ? 私、ラルフの事、大好……!」
そう答える前に、リリアはベッドに押し倒された。
「……本当か?」
「うん」
「では何故、俺の部屋から出て行く?」
「一人でやりたい事があるの。
それが終わったら、必ずラルフの部屋に戻るから」
「そうか……。
なら、ハイドのカードゲームにでも付き合って、待っているしかないな」
リリアが笑うと、ラルフも微笑んでリリアの額にキスをした。
「何かあったら、いつでも俺を呼べ」
「うん」
ラルフは静かに笑ってリリアの部屋をあとにした。
リリアは心臓がドキドキして、しばらく体を起こせそうになかった。




