第三十四話
リリアはラルフと一緒に、バイオレットの眠る木の下で本を読んでいた。
「ラルフ、見て。天使の羽が落ちてきた」
見上げると、青い空から羽の形をした真っ白な物がひらひらと無限に舞い落ちてくる。
ラルフは一枚拾い上げ、
「リリア、これは雪の結晶だ」
と、リリアに言った。
リリアはそっと両手で受け止めて見つめた。
「冷たい。あ……、消えた」
リリアがラルフの方を見ると、空を見上げるラルフの横顔があまりにも美しすぎて、リリアは息を飲んだ。
「ラルフ、天使みたい……」
「フッ……。
リリアは天使を見たことがあるのか?」
「無いけれど……。
きっとラルフのような姿をしていると思うわ」
「俺には、よほどリリアの方が天使に見える」
ラルフの笑顔にリリアの顔が赤くなった。
「もうすぐこの辺りも冬になるな」
「冬?」
「ああ……。
リリアの育った国は、年中暑いところだったな。
これからしばらく外に出られないくらい寒い日が続く。
この雪は、その前触れだ」
羽のような雪はフワフワ降り積もってゆく。
「リリア、そろそろ部屋に戻ろう」
「うん」
リリアとラルフは手を繋いで庭を後にした。
リリアにとって初めての冬。
これからこの真っ白な世界が赤く染まっていくことなど、今のリリアは知るはずもなかった。
冬が来た。
雪は静かに舞い落ちて、リリアの目の前に広がる景色を真っ白に変えてゆく。
部屋の窓を開けると、冷たい風がたちまちリリアの体を包み込む。
「リリア、早く窓を閉めろ。風邪ひくぞ」
暖炉に火をくべていたハイドが声を掛けたが、リリアはしばらく外の景色に見入っていた。
リリアが窓越しに手を伸ばすと、羽の形をした雪の結晶がリリアの手のひらにヒラリと落ちて、あっという間に溶けてゆく。
あまりの美しさにリリアがため息をつくたび、リリアの息が真っ白になった。
「ハイドは冬が嫌いなの?」
「ああ。
雪景色は戦場で身を隠すのに好都合かも知れないが、その前に凍え死んでしまう」
ハイドが暖炉の前のソファーで猫のように体を丸めた。
「寒がりな悪魔もいるのね」
リリアは笑いながら窓を閉め、また窓の外を眺めた。
やがて空が闇夜に包まれると、赤い惑星が姿を現し、真っ白な雪景色を柔らかなピンク色に変えていった。
リリアはシャワーを浴びた後も、窓辺に座った。
「リリア。そんな所にいると風邪をひく」
ラルフはタオルを持ってベッドで待っていた。
リリアがベッドに座ると、ラルフがタオルでリリアの髪を包み込んだ。
暖炉の炎がパチパチと音をたてながら揺らめいている。
炎の揺らめきを見ていると、リリアはついウトウトとしてしまう。
「リリア?」
睡魔と必死で闘っているリリアを見て、ラルフが静かに笑った。
ラルフはそのままリリアの体を横にして、そっとリリアに布団をかけた。
「……ラルフ。ハイドは冬が嫌いなんだって」
「ああ。ハイドは寒がりだからな」
「ラルフは冬が好き?」
「好きか嫌いか考えた事もなかったが、リリアが楽しそうにしているのを見ていると、冬も良いと思う」
リリアはラルフの返事を聞いて、安心したように微笑み、そのまま眠りに落ちていった。
雪はやがて吹雪になり、リリアが目覚めた時には窓の外が全て真っ白になっていた。
リリアは窓ガラスを擦って窓に貼り付いた。
「何も見えない……」
「当たり前だ。
こんな寒い日は、いくら悪魔でも一瞬にして凍ってしまう。
毎年春になると、氷漬けの悪魔が見つかるんだぜ」
ハイドが暖炉の前のソファーで、毛布にくるまって、熱いお茶を飲みながら言った。
「え? 本当?」
リリアの真顔で驚いている顔を見て、ラルフが笑った。
「リリア。ハイドの話など本気にするな。
だが、人間なら本当に一瞬で凍死するかもしれない。
春になるまで屋敷から出ては駄目だ」
「……うん」
リリアは返事をして、また窓に貼り付いた。
冬のない世界で育ったリリアは、春になるまでどのくらい待てば良いのか分からなかった。
当分の間、バイオレットの木の下で本を読んだりお茶を飲めなくなることに、リリアはがっかりしていた。
「そう言えば、今日は一度もビンセントを見ていないけれど……。
ビンセント、どうしたのかな……」
「あー……。
ビンセントなら、毎年春になるまで自分の部屋から出て来ないから気にするな」
リリアは、またハイドが冗談を言っているのかと思ってラルフの方を見た。
リリアの不安そうな顔を見たラルフから笑みが消えていた。
「ビンセントは冬が嫌いなだけだ。
そっとしておいてやれ」
春になるまでビンセントにも会えなくなる……。
リリアは昨日までの冬に対するワクワク感が、いつの間にか消えていた。




