第三十三話 (ハイド)
ラルフが屋敷に人間の少女を連れて帰ってきた。
少女は小さな国の王女らしい。
王女と聞いて、ハイドはあまり良い気がしなかった。
ハイドは国の小さな駒の一つとして戦い、敵を殺したり仲間を失ったりしながら生きてきた。
王族達はそんな小さな駒の命など気にも止めずに生きてきたのだろう。
少女はベッドで眠っていた。
きっと、悪夢など見たこともないのだろう。
傷一つ無い透き通るような白い肌は、安全な城の中で戦を知らずに生きてきた証だ。
ハイドは少女が目を覚ますまでベッドの側で少女を見ていた。
「ラルフは人間のままこの子を連れて来て、一体どうするつもりだ?」
「ラルフの気まぐれは、いつもの事だ」
ハイドの呟きに、珍しくビンセントが反応した。
「おはよう姫君」
少女が目を覚ますと、ハイドは皮肉を交えて声を掛けた。
目を覚ました少女は眠っていた時よりさらに幼く、ハイドの想像していた雰囲気と異なって見えた。
ハイドが少女を外へ連れ出すと、少女は美しい景色に目を丸くした。
まるでハイドが初めてこの世界を見た時のように。
少女はいつも自分の心に正直だった。
ハイドが考えもしなかった些細な事に驚いたり、喜んだり、悲しんだ。
これが本当の人間の感情なのだろうか。
いや。少なくともハイドの回りにそんな人間はいなかった。
ハイドはいつの間にか少女に興味を持つようになっていた。
きっとラルフも、この少女の心に惹かれたのだろう。
少女が眠った時は、一晩中ベッドの側で少女を見ていた。
少女も悪夢を見るのだろうか。
時々苦痛な表情を浮かべ、うなされているように見えた。
ハイドが恐る恐る少女の額に手を当てると、少女はいくらか安心したような顔をして、また静かに眠った。
ハイドは自分が人間のような感情を持ち始めた事に戸惑いながらも、少女と一緒にいる時間を楽しむようになっていた。
そんなハイドやラルフの事を、ローザは『おかしくなった』と言った。
確かにおかしかった。
あんなに人間でいる事を憎んでいたのに、今はその感情を取り戻そうとしている。
今は憎むべき人間を愛おしく思っている。
ローザが死んだ時、悲しさや寂しさ、救ってやれなかった事への罪悪感は感じたけれど、涙は出なかった。
それなのに、少女の前で人間だった頃の罪を告白し、いつの間にか涙が溢れていた。
人間だった頃に泣けなかった分まで泣いた。
ハイドは、ずっとこの少女の側にいたいと思った。




