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ねがいごと  作者: 流星


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30/83

第三十話 (ハイド)

 ハイドは戦場で生まれた。

 父親や母親の顔は知らない。


 物心がついた時には十人一部屋の薄暗くて狭い部屋に入れられ、満足な食事も与えられず、ひたすら訓練を受けて育った。


 ハイドは生まれた日も自分の年齢も知らない。

 ここでは名前もなく、皆『お前』と呼び合っていた。



 いつしかハイドは戦場に立つようになっていた。

 戦闘に長けた人間にはコードネームが付けられた。


 身を隠す『ハイド』と、存在しない『ゼロ』。


 ハイドとゼロは常にチームを組み、戦闘に明け暮れた。


 誰のために、何のために、何と戦っているのか分からなかった。

 味方の裏切りも日常的にある。

 ハイドはただ、今日を生きることに必死だった。


「あー。今日もカビたパンが一切れと冷めたスープ一杯かよ。

 俺達、戦場で死ぬより栄養失調か病気で死ぬ方が早いんじゃないか?」


「ああ、そうだな」


 二人は干し草の上で交互に仮眠をとった。



 ある日、ハイドのミスでゼロが負傷した。


「クッ……!」


「ゼロ!」


「声を出すな。敵に見つかる」


「ゼロ、俺に掴まれ。俺達の陣営に連れていく」


「無駄だ。役に立たない人間は処分されるだけ。

 せめてお前が俺に止めを刺してくれ」


 ゼロは内蔵をやられているようで、口から血を流し息苦しそうにしていた。


 ハイドはゼロに止めを刺した。

 ゼロは息絶える前に、ラルフに小さく『ありがとう』と言った。



 ラルフは敵に見つからないよう、ゼロを捨てて走り去った。

 途中で振り返ると、敵軍がゼロの死を確認していた。


 ゼロの死に、悲しみも罪悪感も無かった。

 生きることが正義で、死ぬことが悪だ。


 ハイドは死んだゼロの分まで戦った。

 何人殺したかは覚えても数えてもない。

 この戦いが、いつ終わりを迎えるのかも分からない。



 ハイドは廃屋で体を休めた。

 生まれてから今まで、ぐっすりと眠ったことなどなかった。


「俺は人間じゃない。悪魔だ……」


 ハイドは血にまみれた自分の手を眺めた。


「悪魔? 悪魔ではないだろう」


 建物の奥から笑い声がした。


「誰だ!」


 ハイドが構えると、奥から金髪の男が現れた。

 戦場で、こんなに目立つ姿をしている人間はいない。


「お前は死神か?

 あいにく俺は神の存在など信じていない」


 ハイドは構えていた銃を下ろした。


「神を信じていないのなら、死後、お前は何処へ行くと思う」


「ただ土に還るだけだ。

 ……なぁ、お前が死神なのなら、俺は充分生きた。

 これ以上、知らない人間の命を犠牲にして生きていたって仕方がない。魂でも何でも持って行け」


「フッ……。

 魂が何処へ行くかも知らないのに、会ったばかりの俺に全てを引き渡してしまうのか?」


「ああ。この世界に未練などない」


「ならば俺の住む世界へ連れて行ってやろう。

 俺の名はラルフ。お前は?」


「……ハイド。姿を隠すという意味だ」


 そうしてハイドは悪魔に魂を売り、人間の世界から消えた。


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