第三十話 (ハイド)
ハイドは戦場で生まれた。
父親や母親の顔は知らない。
物心がついた時には十人一部屋の薄暗くて狭い部屋に入れられ、満足な食事も与えられず、ひたすら訓練を受けて育った。
ハイドは生まれた日も自分の年齢も知らない。
ここでは名前もなく、皆『お前』と呼び合っていた。
いつしかハイドは戦場に立つようになっていた。
戦闘に長けた人間にはコードネームが付けられた。
身を隠す『ハイド』と、存在しない『ゼロ』。
ハイドとゼロは常にチームを組み、戦闘に明け暮れた。
誰のために、何のために、何と戦っているのか分からなかった。
味方の裏切りも日常的にある。
ハイドはただ、今日を生きることに必死だった。
「あー。今日もカビたパンが一切れと冷めたスープ一杯かよ。
俺達、戦場で死ぬより栄養失調か病気で死ぬ方が早いんじゃないか?」
「ああ、そうだな」
二人は干し草の上で交互に仮眠をとった。
ある日、ハイドのミスでゼロが負傷した。
「クッ……!」
「ゼロ!」
「声を出すな。敵に見つかる」
「ゼロ、俺に掴まれ。俺達の陣営に連れていく」
「無駄だ。役に立たない人間は処分されるだけ。
せめてお前が俺に止めを刺してくれ」
ゼロは内蔵をやられているようで、口から血を流し息苦しそうにしていた。
ハイドはゼロに止めを刺した。
ゼロは息絶える前に、ラルフに小さく『ありがとう』と言った。
ラルフは敵に見つからないよう、ゼロを捨てて走り去った。
途中で振り返ると、敵軍がゼロの死を確認していた。
ゼロの死に、悲しみも罪悪感も無かった。
生きることが正義で、死ぬことが悪だ。
ハイドは死んだゼロの分まで戦った。
何人殺したかは覚えても数えてもない。
この戦いが、いつ終わりを迎えるのかも分からない。
ハイドは廃屋で体を休めた。
生まれてから今まで、ぐっすりと眠ったことなどなかった。
「俺は人間じゃない。悪魔だ……」
ハイドは血にまみれた自分の手を眺めた。
「悪魔? 悪魔ではないだろう」
建物の奥から笑い声がした。
「誰だ!」
ハイドが構えると、奥から金髪の男が現れた。
戦場で、こんなに目立つ姿をしている人間はいない。
「お前は死神か?
あいにく俺は神の存在など信じていない」
ハイドは構えていた銃を下ろした。
「神を信じていないのなら、死後、お前は何処へ行くと思う」
「ただ土に還るだけだ。
……なぁ、お前が死神なのなら、俺は充分生きた。
これ以上、知らない人間の命を犠牲にして生きていたって仕方がない。魂でも何でも持って行け」
「フッ……。
魂が何処へ行くかも知らないのに、会ったばかりの俺に全てを引き渡してしまうのか?」
「ああ。この世界に未練などない」
「ならば俺の住む世界へ連れて行ってやろう。
俺の名はラルフ。お前は?」
「……ハイド。姿を隠すという意味だ」
そうしてハイドは悪魔に魂を売り、人間の世界から消えた。




