第二十三話
ある朝、リリアは人形のバイオレットに髪を結ってもらっていた。
今日は久しぶりに水竜に会いに行く。
リリアが髪を結ってもらっている間、ラルフはお茶と昼食の準備をし、ハイドはリリアの支度が終わるまで部屋の外で待っていた。
「バイオレット、今日は水竜に会いに行くの」
「……」
人形のバイオレットは相変わらず黙々と作業を続けるが、リリアは声を掛けるのが日課になっていた。
「ギィィ……、ギギギ……」
突然、バイオレットから不気味な音が鳴り響いた。
「どうしたの? バイオレット」
リリアが鏡越しにバイオレットの顔を覗くと、バイオレットは白目を剥いてカタカタと動き出した。
「バイオレッ……!」
バイオレットは、突然リリアの口をふさぎ、リリアを押し倒した。
仰向けになたリリアに馬乗りになったバイオレットは、リリアの首を絞めはじめた。
「……クッ!」
リリアの顔の上に、何かがポタリと落ちてきた。
リリアがもがきながら目を見開くと、真っ白になったバイオレットの目に涙が溜まっていた。
「ギギギ……」
一瞬、リリアの首を絞めるバイオレットの手が緩んだ。
「ヒュー……、ゲホッ……!」
リリアの喉に僅かな空気が入り、リリアは咳き込んだ。
部屋の外で待っていたハイドが、異変に気付いて扉を開いた。
「リリア!」
ハイドがバイオレットを払い除けると、リリアの体内に急に空気が流れこむ。
「ゲホッ、ゲホッ……!」
ハイドはバイオレットに業火を放った。
バイオレットは一瞬にして炎に包まれた。
「ギィィ……!」
業火と共に、叫び声に似た音が響く。
「バイオレット!」
リリアはラルフに抱き抱えられたまま、バイオレットに手を伸ばそうとした。
「どうした……!」
異様な物音に、ラルフとビンセントが駆けつけた。
「早く……、バイオレットの火を消して。バイオレットを助けて……」
「リリア、あれは人形だ」
バイオレットを助けようとするリリアを、ハイドが止める。
「嫌……。バイオレット、バイオレッ…… 」
興奮したリリアはハイドの腕の中で意識を失った。
バイオレットは燃え尽き、黒い炭の塊になった。
「何があった!」
「人形が暴走して、リリアを襲った」
リリアの首には人形の指の痕がくっきりと残っている。
ラルフはリリアを抱き抱え、慌てて自分の部屋へ連れて行った。
ビンセントは黙って炭の塊に近付き、その中からキラキラ光る何かを拾い上げた。
「……それ、ローザのブレスレットだ」
ハイドは信じられなさそうな顔で、キラキラ光るブレスレットを見つめた。
「まさか……。人形が壊れて暴走しただけだろう。
いくら何でもローザはリリアを襲ったりはしない」
ハイドが半笑いで言ったが、目は全く笑っていなかった。
「なら、術を返せば分かるだろう。
人形の暴走ならば、ローザの身には何も起こらない」
ビンセントがブレスレットを光にかざした。
「……」
ハイドは自分の親指の爪を噛みながら、しばらく考えていた。
ローザを馬車で送った時の、最後の言葉が引っ掛かる。
しかしリリアを襲ったのが本当にローザだったのなら、許すわけにはいかない。
「……いいだろう。それでローザの身の潔白が証明されるのなら」
ハイドが応えると、ビンセントは手にしたブレスレットを握り、呪文を唱えた。
ビンセントの黒い瞳がみるみる紅く染まっていくのと同時に、手の中のブレスレットが光りだし、強烈な閃光を放ったかと思うと、ブレスレットは、また元の輝きに戻った。
「渡しておく」
ビンセントは、ぼんやりと立ち尽くすハイドの手にローザのブレスレットを握らせ、部屋から出ていった。
ハイドは手の中のブレスレットをぎゅっと握り締め、
「ローザ、お願いだ。何も起こらないでくれ……」
と、呟いた。




