5話
一方そのころ、筆頭断頭官ガエザルは、5名の部下を連れて、取り逃した二人の魔女を追っていた。
「干ばつ、か」
「はい。魔女が原因と思われます」
「どの魔女だ」
「おそらくは、太陽の魔女アリディス。別名、干ばつの魔女。目録にも載っています。この魔女が起こした事件としては、ミストルンの大飢饉、カルヴァリア戦役、夏の雪事件、ウル・パルタ大水害および大干ばつが記録されています。災厄の魔女にも劣らない経歴ですね」
「であれば、この日照りはやつの仕業か。好機とみるべきだ。乾燥がさらにひどい地域に向かって行けば、やつにたどり着ける」
「しかし……この人数で何とかなるのでしょうか? それほど悪名高い魔女を相手に」
「人間社会に大きな被害をもたらす魔女が、必ずしも接近しての戦闘を得意としているわけではあるまい」
「確かに。七つの武芸を究めた筆頭断頭官殿に接近戦で上回れるものがいるとすると、ゾルン・ペシミウス様くらいでしょう。魔女であろうと、近づくことさえできれば、首は落ちたも同然」
「とはいえ、油断はできん」
ガエザルは眼帯の下、うずく目の傷を抑えた。
「虹目の魔女イリス。次は必ず仕留める」
「断頭官殿。それにしても、私たちが訪れた村は、数週間日照りが続いている割に、水に困っていなさそうでした」
「水の魔女エルカの仕業だろう。この先、やつとふいに遭遇したとしても、アリディスを片づけるまでは無理に追うな。最終的にはすべての魔女を殺す必要があるが、その実現のためには順序が重要だ」
「水の魔女と関わった村人たちへの配慮ですね。わかりました。第一に太陽の魔女。第二に虹目の魔女。第三に水の魔女」
「そうだ。その順に、全員殺す」
◆
ガエザルたちと同様に、日照りの被害が大きい方に歩みを進めるイリスとエルカ。
枯れて倒れた木や、ひび割れた地面が増えてきた。
雨が降っていないというだけでなく、完全に水分が抜けきっているようにも見える。
目的地だった村には、人っ子一人いなかった。村民たちは、他の村に避難していた。
「確実に近づいていると思う」
「エルカ。太陽の魔女アリディスがどんな魔術を使うとか知ってる?」
「生成本質は砂。他は、わからない。ただこの干ばつが、エクリプシスであることだけは確かだね。通常の魔術でこれほど大規模に影響を及ぼすのは不可能だから」
「なるほどね」
「逆に、こういう推理はあんたの方が得意だと思うから、意見が聞きたいな。イリス。あいつの転化本質、召喚本質は何だと思う?」
「ちょっと考えてみようか。干ばつ……水分の吸収? それなら私たちの体内の水分も抜けていくはずなのに、そうじゃない。でも、身体が少し重たい感じはする。まるで、流れが滞っているような」
「滞留?」
「ありえる。風もさっきから全然吹いていないし。召喚本質は……」
ふたりの目の前を、腰ほどの背丈の動物が横切った。醜い人間の顔。一本の足で器用に立ってこちらをうかがっている。腕も、一本しかついていなかった。
「え、エルカ……この世界って、あんな変な生き物いるの?」
「いや」
「じゃあ何? あの化け物」
「あれは多分、バツだ」
「バツ? 干ばつのバツってこと?」
「そう。昔読んだ物語で出てきた。干ばつを引き起こす魔物」
「魔物、ね」
「そう。知ってると思うけど、魔物というのは基本的に、すべて魔女の召喚本質の産物。アリディスの召喚本質は、おそらくあの化け物」
エルカがそう言い終えると同時に、バツは背を向けて逃げて行った。
「追う? 罠かもよ」
「行くしかない。これは、私の問題だから。ヤツとの因縁にケリをつける。イリス、この先は魔女同士の戦いだ。当然、命のやり取りになる。あんたは戻れ。これ以上、関係ない魔女のために命を張ることもないでしょ」
「こんな状況で、私関係ありませーんって逃げ出せるわけないでしょ! それも、できたばかりの友達が命懸けようって時に!」
「友達?」
「友達!」
◆
「あぁ。エルカ。生きてたのか。隣の魔女は誰だ?」
丘の頂上に、杖を持った砂色の髪の人物がぶぜんとした態度で立っていた。その周囲にはそれぞれ異なる方向を見ている三匹のバツ。あたりは砂の霧に覆われていて、視界が悪かった。
「アリディス! なぜだ? あんたは考えなしにこんなことをするようなやつじゃなかったはずだ」
「んー。言い返してくるということは、私の幻覚ではなさそうだな」
アリディスは、自分の掌を見つめた後、舌を出してベロっと舐めた。そのあと、左の口角だけあげた。
「私は太陽の魔女として、光を求める人々に光を与えてきた。しかし誰も私を認めなかった。愛さなかった。それどころか、向けてくる感情は憎しみばかり。太陽が欲しいというから、太陽を出してやったと言うのに!」
「あんたの魔術は制御が効かない。一度発動したエクリプシスはあんたの意志にかかわらず数か月継続する。これは、前に会ったときあんた自身から聞いた話だ」
「その時のことは覚えている」
「だから、この魔術は安易に使うわけにはいかない。自分は何もせずに隠れて生きる方がいい。それが、自分なりの人間との関わり方。あんたはそう言っていた。私は内心、あんたのそういう理性的なところを尊敬していたのに」
「そう……ずっとそうやって我慢してきた。でも私の太陽は、いつまでも隠れてはいられない。あなたも魔女ならわかるはず。何のために魔女に生まれたのか。それは自分の可能性を実現するため。自らの美しい世界をこの醜い世界に顕現させるため!」
「ひとりぼっちの世界でか」
「そう。ひとりぼっちでは意味がない。だから私が救世主になる。このエクリプシスが終わるその時に、太陽を隠す魔女として名乗れば、私だってあなたのように人々から愛され、求められるようになる。エルカ。あなたがその間人々を救って回っていたら、誰も私を信じないし、求めもしない。だから、消えてもらった」
「私は幻覚じゃないぞ、アリディス。私はまだ生きてここに来て、あんたを止めようとしてる」
「そう。なら今ここで、消えてもらうことにしよう!」
丘の頂上付近の砂が崩れ落ちてくる。それは波のように広がり二人を襲った。
「エルカ、上に逃げるよ! 足場!」
「わかってる!」
ふたりは水を固めて足場を作る。しかし、イリスの作った足場は砂の波の前にその硬度を十分に維持できず、崩れてしまう。体勢を崩したイリスはそのまま砂の波に押し流されていく。
「エルカ! 私のことはいい! ヤツを倒せ! 君ならできる!」
エルカは力強くうなずいた。砂の嵐の中、宿敵の姿を探す。
生成本質――水。広い範囲に水の粒を展開した。
転化本質――凝集。戦線との戦いでイリスから学んだ水の網。砂を絡め取り、ひとつにまとめた。視界が開いた。
「へぇ。そんな器用なことできたんだ」
「最近教わったんだ。知り合いの……いや、友達の魔女から」
「友達、か。私のそばにはいてくれなかったのにな。私の何がいけなかったのか。こうやって、気に入らない魔女を容赦なく殺そうとしてしまうところか!」
空が一気に暗くなった。エルカは見上げる。ずっと照り付けていた太陽が隠れた。雲か? 違う。上空に滞留する、巨大な砂の塊だ。それが、ちっぽけな水の魔女を押しつぶさんと迫る。
エルカは、逃げ出さなかった。むしろ、向かって行った。走り抜ける。即座に水の滑走路を作り出し、その上を滑り降りる。勢いがついたところで、スキージャンプのように蹴り出して飛び上がった。その手には、先ほど水の網で絡め取った砂と水の混合物。
作り出した鋭利な砂の刃をしっかり握って、アリディスの首筋を狙う。しかし。
召喚本質――バツ。
片足片腕の化け物が盾となってエルカの急襲を防ぎ、逆にその腕に、足に、かみついた。血が、吸い取られる。
「惜しかったなエルカ。あなたがここまで戦える魔女だとは知らなかった。でも、これで終わり。あなたが干からびて死ぬところ、ここで見ててあげる」
「いや、終わりなのはあんただよ、アリディス」
エクリプシス――水の楽園。
世界から隔絶された水の理想郷。エルカだけが生きられるエルカだけの世界。
地下牢で見せたそれよりもさらに大きく、さらに固くなった圧縮された水の球体の内部にアリディスとその召喚獣たちは巻き込まれた。高い水圧に押しつぶされて、身動きが取れない。もがき苦しむも、活路は見えない。
牢獄の中を自由に泳ぎ回る小型の肉食魚の一匹が、バツにかみついた。赤黒い血が、美しい青に混ざり合っていく。
アリディスは、自分の喉元を狙うピラニアをなんとか手で追い払った。しかし、次の瞬間目の前に現れたのは、口を大きく広げた巨大なサメ。
獰猛な捕食者はためらうことなくその腕に食らいつき、引きちぎった。叫び声は、音になる前に泡となって消えた。
勝敗は決した。エルカはエクリプシスをすぐに解除した。
「あんたのエクリプシスは広い分脆い。私のは……小さくて狭いが、あんたのより硬いし、その中でならあんたより強い」
片腕を失い、気を失ったアリディス。その傷口を、凝集によって塞いでいる途中、押し流されていたイリスがなんとか追いついてきた。
「殺したの?」
「いや」
「殺さないの?」
「迷ってる。こいつは……かわいそうなやつだから。ずっと、人の役に立ちたいと言っていた。豪雨地帯に行って雨を止めようとしては作物を全部枯らし、水害に見舞われた地域の水をなくそうとしては疫病を広める結果に。商人と結託して人のいない地域で塩を大量に作って別の場所で売ろうとした結果、市場の価格を壊して混乱を招き、挙句の果てには人間同士の戦争に利用されて……」
「……やっぱ生きてちゃダメなんじゃない?」
「どの件においても、悪意はなかったんだ。今回も……ただ、人を救いたかっただけで」
「いやマッチポンプじゃん! 自分で人を苦しめてそれが終わったタイミングで『はい私が助けてあげました~』って、そんなの許されるわけないじゃん!」
「うん。許されるわけない。私だって、そのイカれた計画の一環で殺されかけたわけだし」
イリスはため息をついて拳を握った。
「もし、エルカが自分の手を汚したくないっていうなら、私がやる。この魔女は生かしておいてはいけない。戦線みたいに、すべての魔女を殺さなくちゃいけないなんて思わないけれど、でも、生きていちゃいけない魔女はいる。こいつはそうだと私は思う」
その時だった。背後から何人かの足音が聞こえてきて、とっさに振り向いた。
イリスの背筋に悪寒が走る。いつか見た、大男。兜は脱いでおり、その禿頭が太陽の光を反射して輝いていた。
「ガエザル……」
「魔女同士が先に殺し合ってくれたのは都合がいい」
ガエザルは両手を空けていた。巨大な銀矛は部下のひとりが運んでおり、彼自身は持っていなかった。
腰には、前よりも多くの異なる形状の武器がささっていた。
「この武器はすべて、お前を殺すためだ。虹目の魔女」
「ええ! 私のために用意してくれたんだ。素敵。胸がきゅんってしちゃった」
かわい子ぶってそう言いながら、前に出るイリス。
「いや、このきゅんは恐怖のきゅんだね。うえ。怖くて吐きそう。君はどうなの。筆頭断頭官、ガエザル。強大な力を持つ魔女を前にして、怖くないの?」
「怖い」
そう言って、腰に差した一本の刀を抜いた。
「何人魔女を殺しても、魔女と相対するのは変わらず恐ろしい。だが……だからこそ、私の愛するすべての人々に、同じ思いをさせるわけにはいかない。そうだ。すべての魔女は、殺さなければならない」




