4話
「両名に永続的な追放処分を言い渡します」
「えええー!」
話の筋はこうだった。姉妹団は、すべての善良な魔女を受け入れることを理念にしている。だから、入団自体は許可せざるを得ない。
しかし、この組織は恒常的に、労働力が不足している。労働する気がなく、ただでさえ多い仕事をさらに増やしてしまうような魔女を新しく迎え入れる余裕はない。
だから理由をつけて永続的な追放処分を行う。それが慣例。
職員たちは、事情をふたりに丁寧かつ真摯に説明したのだが、当然ふたりは退屈して居眠りしたり、鼻くそをほじって飛ばしたり、用意された茶菓子を食い尽くしたりしていた。
その社会的に終わってる魔女らしい態度が、職員たちの判断の正しさを結果として証明してしまっていた。
◆
結果以外何も聞いていなかったイリスは、職員に付き添われながら、肩を落として、とぼとぼと出口の方に歩いていく。隣のエルカの方はといえば、朝食の時に出されたパンの欠片をポケットの中にしまっていたので、それを上機嫌に頬張っている。
ちなみに食べ物の食堂外への持ち出しも、廊下など共有スペースでの立ち食いも、本来であれば禁止されており、追放処分になりうるふるまいである。もう追放されているので関係はないけれど。
ちょうど外に出ようとしたとき、エルカよりもさらに背の低い人物が胸を張って歩いて来た。その目は燃える火のように赤く、髪は煤色の中に、紅色の鮮やかなメッシュが入っていた。
「ん? 見ない顔だな。新入りの魔女であるか?」
「いえ。彼女らはそうなれなかった魔女たちです」
二人の代わりに付き添いの職員が皮肉交じりにそう答えた。
それを聞いて顔をしかめたその人物は、真っ赤なマントを羽織り、ロングブーツを履いていていた。胸にはいくつもバッジがついており、まるで偉大な指導者や高名な英雄かのような出で立ちではあったが、ぱっと見た感じ、ちんちくりんすぎて子供のコスプレにしか見えなかった。
「ええ! ひどいじゃないか。なぜだ? なぜ入れてあげなかったのであるか!」
「ひとつは、両名とも魔女目録にその名が載っていること。もうひとつは両名とも性格と社会常識に難があること」
「いや、それは吾輩だってそうである。我らが姉妹団の創始者たる、このロード・ルヴェルティカもまた、魔女目録に載っており、性格と社会常識に難がある!」
腰に手を当てて誇らしげに胸を張るルヴェルティカ。
ぽかんと口を開けた二人。エルカは驚きのあまり持っていたパンを地面に落としてしまった。すぐに拾って、水の魔術で洗った。綺麗だった大理石のタイルがびしょびしょに濡れた。職員はそれを見て、ため息をついた。仕事を増やしやがって。
「なぁ。吾輩に免じてふたりを入れてやってくれないか? 直感だが、ふたりとも素敵な魔女じゃないか」
「ダメです。問題児はルヴェルティカ様ひとりで十分です」
「そうか。ふむ。では貴殿らよ。何か困ったことがあったら教えてくれたまえ。妹たちが厳しいせいで、貴殿らを姉妹にすることはできなかったが、友人として助けることならできる。約束しよう! 貴殿らが危機に陥ったとき、この私、ロード・ルヴェルティカが必ず助けに参ると!」
そう言って、背伸びをしてバシバシとエルカとイリスの肩を叩いた。
ルヴェルティカがのっしのっしと本部の廊下のど真ん中を闊歩して姿を消した後、イリスは職員に尋ねた。
「あの人が、姉妹団で一番偉い人なの?」
「いや、創始者ですね。各地を意味もなく飛び回っては問題を起こして、我々の仕事を際限なく増やす最悪な人です」
「団長ではない?」
「団長だったこともありますが、解任されました。全然サバト(姉妹団の意思決定機関)に出席なさいませんし、仕事も全部丸投げしますし、自分で決めたルールすら全然守ってくださらなかったので」
「へ、へぇ……なんか強烈な人なんだね」
「あの人の話を間に受けちゃいけませんよ。あの人はどうせ自分が見たことも言ったことも五分後には忘れてしまうので、助けを求めても『ん? 君たちは魔女かい?』から始まるはずです」
「姉妹団の魔女ってそんなんばっかりなの?」
「あの人だけです。昔は他にも厄介な方々がいたみたいですが、全員追放されてます。あの人は創始者であり、一応精神的な支柱なのでぎりぎり許されているだけです」
「は、ははは……え? じゃあ残った他の魔女はどうしてるの?」
「ちゃんと仕事をしている方もいらっしゃいます。そうでない方は、勉強。職業訓練。あるいはそれが嫌で引きこもっています」
「ねぇイリス。もう行こうよ。戦線ほどじゃないけどこの組織だってちゃんとイカれてるから。これ以上関わらない方がいいよ」
「うー。理想と現実ぅ」
「ただ、ほとんどの追放された魔女は完全に関係が断たれるのではなく限定的な協力関係を結ぶことがほとんどです。姉妹団も外部の魔女に逆恨みされるのは望んでいませんし、我らの現実的な目標は、魔女全体の社会的なイメージ向上なので、姉妹団から追放された魔女の方々にも手当や支援は行っています。お二方も、対象となりますよ」
「え! お金もらえるの!?」
「はい。ただ、その代わりにいくつか頼みごとを聞いていただきます」
「あ、このパターンって、厄介ごとを押し付けられるやつ?」
ニッコリと笑顔を向ける姉妹団職員。
「姉妹にはさせられない危険で面倒な仕事は、友人にやっていただく。それが、我らが姉妹団の裏の規則なんです」
◆
エルカは欠伸をしながら、渡された村のリストを眺めた。
「日照りに苦しむ町や村への支援、ねぇ。別に言われなくても知ってたら勝手にやったけどね」
「そんなに危険かな、この仕事」
「面倒ではあるだろうね。水の出せる魔女なんて、自分以外見たこともないし」
「確かに。大量の水の輸送なんて、考えたくもないもんね。まぁ私たちからしてみれば、路銀の確保にもなるし、悪くない仕事ではあるよね? それに、エルカが元いた町もこっち方面でしょ」
「うん。終わったらそのまま向かうつもり。戦線が張ってなかったらだけど」
「そのあとは?」
「あと? そこがゴールでしょ。私は早く元の生活に戻りたい」
「つまんないよそれじゃ」
「勝手な価値観押し付けてくんな。これだから魔女は」
「ひどい! そんな言い方しなくてもいいじゃん!」
「あ、イリス」
「なに!」
「目的地が見えてきたよ」
「むぅ。やっと大嫌いな魔女以外と関われるじゃん。よかったねエルカ」
「拗ねないでよ」
「拗ねてません~」
◆
意外なことに、最初の村に着くなりふたりは歓迎を受けた。
エルカは数年前にこの村に訪れたことがあった。その時も村は日照りに見舞われており、求められるままに水と食料をほとんど対価もなしに供与したため、村の人たちに感謝されていたのだ。
「ふたりだと効率いいね」
魔女たちは枯れた井戸を満たし、畑を潤した後、干上がっていたため池に水を注いでいた。
「ねぇエルカ」
「何?」
「こんなことしてて大丈夫なのかな? 私たち。全然魔女であること隠せてないけど」
「大丈夫だよ。魔女と違って人間はそう簡単に恩を忘れない。実際、私は田舎の漁港ポータレストで50年暮らしたけど、一度も密告されなかったし、みんな親切にしてくれた。年は取らないし、海に出てる回数の割に獲ってくる魚の量は多いし、水不足のときは、水を安価で大量に売っていたけど、誰も、私を魔女と呼ばなかった」
「そうなんだ」
「うん。それにポータレストには人間の友人もいる。あそこは私の唯一の居場所なんだ」
エルカの穏やかで満ち足りた表情を見て、イリスは少しだけ胸を痛めた。目の前の魔女は、自分がいくら欲しても得られなかったものをすでに得ている。
でもその嫉妬と不満を自覚したイリスは、いつも通り感情に蓋をして、悩みなど少しもなさそうな快活な笑顔を浮かべた。
「なら、この任務も早く終わらせないとね!」
「うん」
「さて、このため池もいっぱいになったし、次の村に行こう。私たちの助けを待ってるに違いない!」
◆
いくつかの村をめぐっていくうちに、イリスはしだいに調子に乗り始めた。毎回ちょっと仕事をしただけで、盛大に感謝されておだてられて気持ちよくなっていたのだ。
だからか、山奥の村落に来てすぐ、イリスはこう言い放った。
「この村の救世主、エルカ様とイリス様がやってきたぞ! おら! 井戸まで案内しろ!」
「恥ずかしいからやめなよ」
日照りに困っていた村の者たちは気分を害しながらも、ふたりを井戸まで案内した。
「あんたら、井戸に毒を入れようって魂胆じゃないよね」
ついてきた村の老婆がそう言った。
「はぁ? なんで私たちがそんなことしなくちゃいけないわけ? 親切でやってあげてるのに」
腹を立てるイリス。エルカはまぁまぁといさめた。
「魔女のやることにはたいてい何か裏がある。長く生きてきたがね、人間も魔女もそう大して変わらない。何の見返りもなしに面倒な人助けなんてやる奴はいない」
「見返りはあるよ、おばあちゃん。姉妹団からお金をもらってるし、それに今もし戦線が来ても、私たちが水を出し続けてる限り匿ってくれるでしょ? 私たちは水で安全を買ってるんだ」
イリスはそう言った。老婆はううんと唸った後、首を振った。
「信じられん。そもそもこの日照りだって、あんたらが引き起こしてるんじゃないのか? 自分らで起こした問題を自分らで解決して、対価だけ得ようってんじゃないだろうね」
「そんなまどろっこしいことはしないよ! なんでも魔女のせいにしないでよ!」
イリスは憤慨した。しかし、隣のエルカは何を思ったのか考え込み、そのあと老婆に尋ねた。
「ねえおばあさん。なんでこの日照りが魔女の仕業だって思ったの?」
「わたしゃもう60年もこの村で生きとるけどね。この季節に一回も雨が降らないなんて初めてだ。川の水だって、雨が降らなくなってからすぐに枯れた。いくら雨が降らないからって、上流からもう少し水が流れてきてもいいはず。これが魔女の仕業じゃないっていうなら、いったいなんだってんだ」
老婆は雲ひとつない空を見上げてそう言った。エルカも同じように空を見上げた。
「心当たりは、ある」
「え?」
「太陽の魔女、アリディス。私を戦線に売った魔女。あいつがこの干ばつの原因かもしれない」




