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魔女と魔女のアプリオリ  作者: 深谷
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2/18

2話


 秘密の地下通路から脱出した二人の魔女と諜報員。


 しかし、戦線の精鋭部隊は先回りし、待ち構えていた。



◆ 



 「邪悪な魔女二名及び裏切り者の即刻処刑を命ず! 撃て!」


 クロスボウによる一斉射撃。放たれた銀の矢。


 エルカは水の盾を展開。厚さは約50cm。それが今のエルカの瞬間的な最大出力だった。


「そんなんで防げるわけないじゃん!」


 後ろから叫ぶイリス。


 時速160kmで飛来する60g超の銀の矢は、プレートアーマーさえ貫きうる。エルカの水の壁では、勢いを多少弱めることはできても、防ぎきることは不可能だ。




 エルカは、4本の銀の矢を受け膝をついた。運よく急所は外したが、魔術の行使を阻害するには十分な傷だ。


「2列目、構え。次は仕留めろ」


 イリスの肩を叩く諜報員。


「私は逃げます。あなたも来た方がいい」


「いや」


 イリスの足は前だけを向いていた。エルカを置いて逃げるつもりなどなかった。




「私なら、君よりもっとうまくやれるよ、エルカ」


 そう言って、右の手を敵に向けた。


「その魔術で!」


 イリスの瞳が虹色に輝いた。異変を察したガエザルが即座に号令をかける。


「虹目を撃て! 発動を間に合わせるな!」


 生成本質――水。


 形状は、網。


 無数の小さな水玉が宙に浮かんだ。


 ひとつの塊を広げて壁にするのではなく、むしろ小さな核をいくつも作りそれを糸で繋げたのだ。




 魔女を貫く矢が放たれた。


 転化本質――凝集。


 配置された玉と糸が一点に集まっていく。鏃よりも速く。矢幹よりも硬く。


 蜘蛛に絡めとられた獲物のように、すべての矢は水の網に捕らえられ、一か所に固められた。




「君にもできるはずだよ、エルカ」


「あんたも水の魔女なのか」


 エルカは身体に刺さった矢を引き抜いてそう言った。


「本当は違うけど、説明は後だね!」




 イリスは魔術を解いて体を開いた。足で地面をしっかり掴み、両手をあけた。


 筆頭断頭官ガエザルが、巨大な矛を振り上げて迫りくる。


「水ごときで止められるか、この一撃」


 32の若さにして刎ねた魔女の首、26。そのうち8名は一騎打ちで仕留めていた。


 正真正銘、魔女絶滅戦線が誇る英雄のひとりである。




「止められないね」


 イリスは跳躍した。魔女の胴を切断せんとする斬撃は、そのふわっと浮いた美しい銀の毛先のみを断ち切った。




 渾身の一振りが空を切ってなお、ガエザルの動きは続く。


 役目を終えた矛をそのまま放り投げ、身体の回転を利用して、鋭い回し蹴りを繰り出した。




 身体を緩めるイリス。蹴りの軌道を見極め、受けの体勢。左腿をあげ、ひざ下で受け止める。


 中段の回し蹴りは確かに魔女の身体を捉えたが、手ごたえはなかった。


「体術か」


 即座にイリスは懐に入り込み、その分厚い兜と鎧の隙間、喉に拳を突き出した。ガエザルはとっさに顎を引いて弱点を隠す。銀を拳で打てば壊れるのは拳の方だ。


 生成本質――水。イリスの拳を水が覆った。


「水はね……硬いんだよ」


 とっさにガエザルは両腕を顎の前で硬め、衝撃に備えた。鎧だけでは耐えられないと判断したのだ。


 当然、頭を固めれば胴が空く。


 イリスの拳は軌道を変え、そのがら空きの胴体に、痛烈な一打。ひしゃげる銀の鎧。破裂した水のグローブ。


 銀の鎧によって魔術の強度が落ちていなければ、今のは致命の一撃であった。


 その衝撃はすさまじく、ガエザルは、クロスボウの再装填を行っている部隊のところまで吹き飛ばされた。




「砂の入った袋みたいなもんだね。固まった水は」


「筆頭断頭官殿!」


「再装填はまだか」


「一列目再装填完了。いつでも撃てます」


「撃て」


 ガエザルは、立ち上がりながら手をあげた。その視線は、イリスよりさらに遠くを捉えていた。


 イリスは再び水の網を展開。


「それは効かないってば!」


 しかし、矢が放たれる前に、水の網は瞬時に崩れ落ちた。イリスの肩に走る激痛。


 背後に陣取った伏兵。死角からの一矢。銀による傷は、魔術の発動と維持を阻害する。


「ひ、卑怯な!」


「撃て! 殺せ!」


「ま、ままま、待って!」


 待つわけもない。銀の矢が一斉に放たれた。




「イリス。あんたからは、学べるものがあるのかもしれない」


 展開された水の網。イリスのものよりもさらに細かく、力強い。出力自体は、模倣された魔術より、オリジナルが優る。


「エルカ……」


 肩で息をしながらなんとか立っているエルカ。地面に落ちた血まみれの四本の矢。


 その手には、水の網に捕らえられた銀の矢の束。


「やればできるじゃん!」


「あんたも早く矢を抜け。次の攻撃が来る」


「背中に刺さって抜けない! 諜報員の人! 抜いて! って、あれ。いない~~! あいつ逃げてる~!」


「なら早く背中向けて!」


「ぎゃぁあ! もっと優しく抜いて!」




 ガエザルは、鞘にかけたレイピアを抜いた。二本目の武器だ。


「はぁ。まだやるの? 矢も安くないでしょ。伏兵がいることもバレた。ここは一度引いて、やり直すべきなんじゃない?」


 イリスは傷口を凝集で塞いで流れる血を止めながら挑発するようにそう言った。


「一撃だ。一撃でお前の首を落とす」


 ピリ、と張りつめた空気。ガエザルはイリスにじりじりと詰め寄った。


「エルカ。下がって」


「わかった」




 イリスは構えた。剣先に意識を集中する。


 細剣が一瞬だけ揺れた。その瞬間、隠された反対の手から短刀が飛び出した。狙いは頭部。イリスはとっさに首を曲げたが、頬が切り裂かれた。


 イリスの意識がぶれた隙を見逃さないガエザル。


 魔女の心臓を穿たんとする致死のひと突き。イリスはとっさに片腕を盾にする。貫かれた肉の盾は、かろうじて心臓を守り抜いた。




「くっ。何が一撃だ」


「いや」


 生成本質――水。そのレイピアがさらに肉を切り裂くより先に、イリスは生成した水を固めて固定した。


 しかし、ガエザルはすでに細剣から手を離していた。


「一撃だ」


 腰を落とし、上半身をひねって力をためる。左手には別の鞘。右手には切断に特化した細身の刀。必殺の居合。


 両者の間で一瞬だけ止まった時が、刀が鞘に擦れる音と共に動き出す。


「や、やば」


 とっさに両腕を首の前に出した。


 さらに、腕を覆うように最大出力で水を生成。しかし、達人の居合は、水も骨も、薄絹を裂くように断つ。


 斬られる。


 その瞬間、イリスの頭に浮かんだのは、自分の首と胴が離れていく景色だった。




 しかし。その最期の一撃が繰り出されるより早く、一本の矢がイリスの首元をかすめた。


「断頭官殿!」


 兜のバイザーの隙間に、銀の矢が突き刺さっていた。


 二人の魔女が振り向くと、そこには逃げたはずの次席審問官。伏兵から奪ったクロスボウを持って立っていた。


「ぼうっとしてないで早く逃げてください」


「上に逃げよう! 私が足場を出す! エルカは矢を防いで!」


「わかった」


 イリスは腕に刺さった細剣を引き抜いた。


 空間上に次々現れる水の階段。二人は空に駆けあがっていく。



◆



「逃がすな! くそっ! ガエザル殿は無事か!?」


「いえ、完全に矢が目に突き刺さっています」


「くそ。あの裏切り者め」


 その矢を引き抜こうと伸ばした部下の手を、ガエザルは払いのけた。自力でゆっくりと立ち上がり、矢を掴み、一気に引き抜いた。


 血が噴き出る。しかしガエザルは気にもせずバイザーをあげて、失わなかった方の目を見開いた。




「魔女目録に追加しろ。虹目の魔女イリス」


「二人目の、水の魔女ですか」


「いや、やつの魔術は水じゃない。直感だが、やつはもっと厄介な魔女だ」


 ふらつくガエザル。膝をついて、目を抑えた。


「ガエザル殿。この恨みは」


「恨みなどない。此度の戦いはあちらが上回っただけのこと」


 そう言って、上空に逃げていく魔女の背を睨んだ。


「とはいえ、すべての魔女は殺さなければならない」



◆



 なんとか追手を撒いて逃げ延びたふたり。


 元次席審問官のカイネも、別ルートで脱出を完了していた。




「さて、やっと落ち着いたし手当てでもするか」


 そう言って、イリスの方を振り返ったエルカ。


 そこにいたのは、一度貫かれた肩を押さえてぼろぼろと大粒の涙をこぼしている長身の少女。


 先ほどまで戦士然としていたのが信じられない光景だ。


「ほら、洗うから傷口見せて」


「エルカぁ。痛いよぉ」


「それじゃ洗うよ」


「う、うん。優しくね? やさし……アッー! 痛い! 優しくない!」


 エルカはその大きな傷を一度開いて、汚れた血を洗い流した後、凝集の魔術で再び傷を塞いだ。


「もう大丈夫かな? あとは包帯を巻くだけか」


「やって」


「自分でできそうだね。それじゃ、私はもう行くから」


「え?」


「イリス。助けてくれてありがとう。二度と会うことはないだろうけど、幸運を祈る」


「え、嘘。ま、待ってよ! え? こんな状態の私を放っておくの? マジで?」


「だって大丈夫でしょ。あんたも水の魔女なら」


「違う! 私は水の魔女じゃない! 私の魔術は模倣! その場にいる別の魔女を真似できるだけ! それもかなり劣化した形で! ひとりじゃ何にもできない!」


「へえ」


 エルカは、明かされた事実に驚くことも、関心を寄せることもなかった。それは、彼女が冷淡な性格だったからではない。


 魔女という種族は、生まれつき自分自身と、自分自身の考えにしか興味がないのがデフォルトなのだ。


「でもまぁ、下って行けば川もあるし、この辺は木の実や果実も多いから、死にはしないでしょ。うん。じゃあね」


 エルカはイリスに背を向けて、去って行った。


「エルカぁ。私を置いていかないでよお。ひとりにしないでよお」


 引き留めようと手を伸ばしたが、痛みでひっこめた。泣きながら、イリスは自分のマントを破いて作った即席の包帯を傷口に巻いた。


「またうまくいかなかった。こんなに頑張って、死にかけたのに」


 事実、イリスは元の世界でも失敗ばかりだった。


「空まわってばっかりで、ちょっとうまくいったからって調子乗って油断して大失敗」


 独自の異界門研究。ついにその接続を確立したと思われた瞬間、イリスは制御を失い、その扉は暴走。彼女はひとり、見知らぬ世界に落とされたのだった。


「どうせ私は何をやってもダメなんだ。ダメな子なんだぁ」


 木々は彼女の嘆きに答えない。ただ静かに風にそよがれるのみ。


 次第に落ち着いて泣き止んだイリス。つらくても、生きていかなければならない。




「これからどうしよう。これって任務達成になるの? そもそも姉妹団の本部までひとりで戻れるのかな。私方向音痴だし、このまま遭難して飢え死にしたらどうしよう。傷も痛くて動きづらいし、いてて」


 ため息をついて立ち上がり、顔をあげると木陰から覗いていたエルカと目が合った。


「あっ」


「あっ」


 イリスの顔が真っ赤に火照る。ひとり言をずっと聞かれていた恥ずかしさをごまかすように叫んだ。


「いるじゃん!」


「まぁ、ちょっとかわいそうだなって思って」


 そう言って、手に持っていた赤い果実をイリスに手渡した。


「なにこれ」


「そこでなってたリンゴ。いったんこれ食べて泣きやみな」


「もう泣いてないし」


 そう言って、豪快にかぶりつくイリス。顔をしかめた。


「てかこれしぶっ」


 エルカは笑った後、手にもったもう一個のリンゴをかじって、肩をすくめた。


「それにしても、元の世界がどうこう言ってたけど、異界出身ってほんとなんだ」


「本当だよ。落ちこぼれだったけど」


「その割には、知識も戦いの技術も、立派なものに見えたけどね」


「うん。期待はされてたよ。でもそれを裏切ってしまった。それでひとりになって、取り返そうとして……もういいよ。私のことは。それよりエルカはなんで魔女だけが嫌いなの? さっきも人間たちに殺されかけたのに。人間は嫌いじゃないの?」


「私は、ずっと人間とともに生きてきた魔女だから。困ってそうだったら何度も助けてきたし、その代わりに何度も匿ってもらった」


「共生って感じか」


「人は、ただ幸せになろうとする。そのために、人は人と繋がるし、助け合う。そういう生き方って、魔女には合わないかもしれないけれど、すごく価値があると私は思ってるんだ」


「それは、わかるよ。私もそう思う。でもそれが、魔女を嫌う理由にはならないんじゃない?」


「魔女は、そういう人間の生活を平気で踏みにじる。人の幸せよりも、自分の固有心象《アイデンティカ》を守ることを優先する。そうせざるを得ない。生まれた時から、その首が断たれるその時まで、ずっと」


「まぁそれが魔術の本質で、魔女の本質でもあるからね……でもさ、それでも一緒に生きられるのは本当じゃん。エルカが人の中で長く生きられたなら、他の魔女だってそうできる可能性がある」


「前向きだね。私はそんなに他の魔女に期待できないし……あぁいや。期待したんだな、私も。それで今回、こんなひどい目に」


「何があったの?」


「古い知り合いの魔女が助けを求めてきたから、それに応じて指定された場所に来たら捕まった。こんな目にあってもまだ、他の魔女に期待すべきなの?」


「でも、期待していなかった他の魔女に助けられたのも事実じゃん?」


 そう言ってイリスは胸を張って見せた。


「確かに」


「一緒に行こうよエルカ」


「うーん。まぁ少しだけなら」


「よっしゃ!」


「で、どこに向かうの?」


「姉妹団の本部がある都市ソロリウム! 姉妹団に、水の魔女エルカを助けたって報告しに行く。っていうかエルカは姉妹団と関わりあるんじゃないの?」


「まぁいくらか。情報提供とか、水の供与とか。でもあんまり姉妹団にいいイメージないな」


「え、なんで?」


「魔女と人間が仲良くやるなんて基本的には無理だと思うから。仲良しグループの魔女が人間を都合のいいようにこきつかってる団体だと思ってる」


「えー。私が本部の人たちを見た限りそういう風には見えなかったけどな」


「じゃあ逆かもね。人間たちが魔女を都合のいいように利用してる。なんにしても、もう他の魔女と関わりたくないし私はパスかな」


「えー。話だけでも聞いてみようよ」



◆



 傷も塞がってきたころ、エルカとイリスはぺちゃくちゃと魔女らしく他愛のない会話を続けながら山道を歩いていた。


「いやだからさぁ、魔術は発動可能範囲とは別に、漸減範囲があって、遠ければ遠いほど弱くなるんだって」


「でも生成した水は離れてもなくならないじゃん」


「だから水を生成するときに遠いと、量も減るし密度もすかすかになるんだって」


「難しい言葉使われるとよくわからないんだよね。漸減だの密度だの」


「エルカってその感じで頭悪いんだ」


「は? 怒った。置いてく」


「置いていけませーん。私の方が身体能力高いんで、走っても逃げられませーん」


「きも。今晩寝てる最中に逃げ切ってやる」


「逃げられないようにぎゅーしながら寝てあげるね」


「最悪過ぎる。あ。まぁでも、今晩は冷えそうだしいいか」


「え、それはいいの? あ……ちょ、ちょっと待って、エルカ」


 イリスは急に立ち止まって、声を潜めた。


「ねぇ、気づいてる?」


「何の話?」


「私たち、つけられてる」


「戦線?」


「わかんない。賊かも。ほら、私たち見た目だけなら、か弱い乙女ふたりだし」


「片方はほぼゴリラなのにね」


「誰がゴリラだ。ともかく、寝込みを襲われるのは避けたい。野営するときに交代で見張りとか、できる?」


「できない。やりたくない。めんどくさい」


「完全に賛成」


「っていうかやったとして絶対途中で寝る」


「魔女に夜警なんて難しいことできるわけないよね!」


「倒そう。ちょうどそこにいい感じの洞窟があるし、待ち伏せするのは?」


「待ち伏せしてどうするの?」


「敵が洞窟に入ってきた瞬間、ふたりで水を大量に生成して、押し流す。これなら殺さずに済むし、谷の方まで流して振り切ることもできる」


「ナイスアイデア! エルカ天才だね!」


「まぁね」



◆



 ふたりは洞窟の中に入っていき、その硬い壁をペタペタと触りながら形状を確かめていく。


「ねぇ、エルカ」


「何」


「この洞窟さぁ。風下だし、奥に行くほど低くなってるんだけど」


「それが?」


「どうやって水を押し出すの」


 エルカは顎に手を置いて首を軽くひねった。知らない人が見たら知的に見えるであろう仕草。イリスには間抜けに見えた。


「……逆に、どうやって流せばいいと思う?」


「まさかのノープラン!?」


「生成し続ければ勝手に溢れるでしょ」


「私たち奥で溺れるけど!」


「確かに」


「こいつ馬鹿すぎるー!」


「うっせ。っていうかあんたも魔女なんだから魔術でどうにかしろよ。ほら、なんていうの? 押出とか推進みたいな便利な本質をコピーすればいいじゃん」


「そばにいる魔女の模倣しかできないって言ったよねぇ! 頭も悪ければ話も聞いてない。馬鹿魔女の典型!」


「はぁ!? あんただってさっきまでナイスアイデアとかいって喜んでたじゃん! 賢い異世界の魔女様なら、自分で問題に気づいてもっといいアイデア出せよ! 何もしてないくせに文句ばっかいっちょ前だな!」


「うっ……わ、私は」


「何? 言い返せないわけ? よわ。よっわ。馬鹿すぎて言葉も忘れちゃった?」


「う、うるさい! うるさいぃ! うるさ……ん。ちょっと待ってエルカ。なんか変なにおいする。しかもなんか暑いし」




 洞窟の入り口に目をやる。火がついていた。


 油をしみこませた木の葉や枝、さらに動物のふんなども次々投げ込まれていく。


 火の勢いはどんどん強まり、その煙は完全に視界を塞いでいた。


 外から聞こえるのは男たちの下品な笑い声。どうやら山賊のようだ。




「は、ははは……」


 突然の危機に、イリスの口からは乾いた笑いがこぼれた。直後、げほっげほっと何度かせき込んだ。


 イリスは煙で霞む目をこすって、入り口を塞いだ火を睨む。その意識は遠くない未来に向けられた。




 決して広くはない洞窟。


 唯一の出口は1000度にも達する高温に閉ざされている。


 奪われていく酸素。


 流れ続ける毒ガス。


 浅くなっていく息。


 薄れていく意識。


 何もしなければ、確実に。


「死ぬ。私たち」

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