14話
ネフィから聞いた風呂屋での事件を調査するため、ふたりは交代で見張りを行っていた。
「エルカ!」
「ふあああ。えっと、何?」
「また寝てたの!?」
「だって見てるだけなんて暇なんだもん。人の裸眺めるような趣味もないしさ。ともあれ交代だね。あとよろしくー」
そう言った瞬間、客の一人が「えっ!」と叫んだ。
「ない! 私の服が!」
◆
事件とは風呂屋で起きた連続窃盗事件である。もうすでに女性の方で8件。男性の方で2件起きていた。被害者の中にはフィラムヴェクスもいたが、彼女は蚕と糸の魔術で自分の服をその場でいくらでも用意できるので、特に大事にはならなかった。
「エルカぁ!」
「はぁ……無理だよこの仕事は。イリス、ネフィに言ってきて。お客さんに宿にある浴衣貸してあげるよう」
魔女に監視員なんてつとまるわけがない。ふたりが監視を始めてから三日が経ったが、その間、さらに3件の窃盗が起きていた。ふたりは脱衣所や風呂屋の入り口をずっと見張っていたが、犯人を見つけることはできていなかった。
「イリスさん。エルカさん。このままだとうちの評判はがた落ちですし、浴衣だってただじゃないんですよ。怒るお客さんの対応もしなくちゃいけないし、早いところ犯人を見つけてくれないと困るんです」
そして事件が起こるたびに、風呂屋の看板魔女ネフィにぐちぐち言われる。エルカはあまり気にしていなかったが、イリスは毎回ちょっと傷ついていた。
「はい。次こそは見つけてみせるよ……」
「それ前回も聞いたけど。はぁ。フィルさんももっと優秀な人たちをよこしてくれたらよかったのに。あの人はいい人だけど、ちょっと身内に甘いんだよな」
「身内ではないけど」
「なんだっていいよ。ともかく、次はちゃんと捕まえて!」
「エルカ。明日は交代じゃなくてふたりで脱衣所を監視しよう。もし片方が寝そうだったら、絶対に起こすこと!」
「わかった」
◆
「起きてくださいふたりとも!」
「ん? あ、あぁ。え? 私寝てた? エルカは」
「私も寝てた」
「起こしてよって言ったじゃん!」
「それはあんたもでしょうが」
「なんかさ、睡眠の魔女とかだったりしない? 犯人。私たち強制的に眠らされてるんだよきっと」
「あーまぁその線はあるかもな」
「ふざけないでください! もうあなたたちが来てから五日が経つんですよ! お客さんの数は減っちゃってますし、あなたたちには宿の部屋と食事にくわえて、依頼料まで払ってる。それなのに、この五日であなたたちがやったことはなんですか? 脱衣所で寝て、起きたら宿で美味しいご飯食べて、夜には暖かい布団で寝て、朝は寝坊してやってくる! 本当に解決する気はあるんですか?」
「あ、ある!」
イリスはそう答えるも、肩をがっくり落とす。
「解決する意欲はあるけど……解決する能力は私たちにはないかも」
「もうちょっと違うアプローチないわけ? 推理とかしようよイリス。私たちに地道な労働は合わない」
「推理……まぁいくつかわかったことはある。服が盗まれるのは、ある程度身なりのいい人」
「まぁ泥棒なんだからそうでしょ」
「脱衣所を見張ってても、特に自分の服以外を持ち去る人物も、服を着たまま別のかごに手を伸ばした人も見かけなかった。私たちは確かに居眠りはしていたけど、大部分の時間はちゃんと見てた。一度も不審な人物がいないというのはやっぱりどこかおかしい」
「自分以外の服を着て去って行ったとか、そういう線は?」
「なら、終業後にその人が着てきた服が残るはず」
「じゃあ裸できたんだな」
「それならさすがに気づくでしょ」
「なんか偽装系の魔術なんかなぁ。でも魔女が人の服盗むようなしょぼい犯罪するかな」
「しないと思うし、一応古着屋なんかも見て回って、盗まれた服が持ち込まれてないか確認したけど、一着も見つからなかった」
「なんか目立たないルートで売ってるのかもね。海の輸送路使うとか」
「もし売ってるならそうだろうなぁ……そうだったとしても、どうしようもない。やっぱり現行犯で捕まえるしかないよ。ネフィはどう思う?」
「私ですか? それがわかってたら自分たちで解決してますよ。まぁでも、人間の従業員に監視をさせても、やっぱりその間に盗まれていたんですよね。居眠りするような方でもなくて、やっぱり何か特別な方法で盗んでいるんじゃないかとは思います」
「でもその方法が特定できないんじゃなぁ。もう鍵付きロッカーとかつけられるならそうした方がいいけど、この世界の文明レベルじゃ無理だろうしなぁ……」
「私は仕事に戻るんで、お二方は引き続き事件の調査と解決をよろしくお願いします」
「あ、うん。ごめんねネフィ。期待に応えられなくて」
ネフィはため息をついて去って行った。欠伸をするエルカ。他に誰もいない更衣室で、途方にくれるイリス。
「ねぇエルカ」
「なに?」
「私たちってダメな魔女なのかな?」
「いや、これは他の魔女にも無理でしょ。気にしても仕方ない。気長にやろう」
「うん」
◆
「ねぇ聞いた? 親衛隊の隊長が政府に捕まったらしいよ!」
その日は朝から浴場が騒がしかった。その日もふたりで脱衣所の監視を行っていたが、客のひとりがそんなことを言った。一緒に来ていたその客の友人が答える。
「え! なんで!? そんなことになったら……」
「うん。起こる。戦争が」
「そもそもなんで? 政府と親衛隊は争わないことになっているんじゃ?」
「フィラムヴェクス親衛隊長が、政府の兵隊を4人も殺したらしい。それも、北区で!」
「うそ! そんなことする人じゃないでしょ!」
「うん。隊員たちもそう思ってるみたいで、集結して政府に乗り込もうとしてる」
「それもう戦争の準備じゃん! どうしてそんなことに……っていうかそれじゃ、私たちこんなところにいる場合じゃないよね?」
「どこに居たって一緒だよ。今はそんな煩わしいこと忘れてリラックスしようよ~」
「え~まぁいっか」
◆
「ねぇエルカ、聞いた? 今の」
「聞いてた。逃げようイリス。都市の内紛に巻き込まれるのはごめんだ」
「え! 筋を通すのは?」
「筋? そもそも私たちはすでにこの都市を一度助けてる。戦線出身のテロリストを特定して捕まえて、それなのに謝礼はなし。で、こんなわけわかんない仕事を押し付けられて、うまくできないからって毎日罵倒されてる。いいでしょもうこんな都市」
「いやでも……約束したじゃん。私たちがこの事件を解決するって」
「できないもんはできない! ネフィには謝って許してもらおう」
「えー……まぁでも確かに、ここ何日かまったく進展ないし……」
そのとき、大慌てで脱衣所に入ってきた人物がいた。看板魔女、ネフィだった。
「イリスさん! エルカさん! すぐに来てください!」
「え、何?」
「親衛隊の人が、ふたりに政府まで来てほしいって!」
「え……」
「フィルさんが、おふたりを面会人に選んだんです! 急いでください!」
「はぁ。もう巻き込まれた。どうするイリス」
「行こう、エルカ。まだ私たちにできることがあるかもしれない」
「ネフィはいいの? 私たちその間事件の調査できないけど」
「いても変わらないでしょ!」
「うっ」
「まぁそっか」
「早くいって、フィルさんを解放してあげてください!」
「まぁ任せてよネフィ」
「なんでエルカこの状況で自信満々なの?」
イリスは不安げにそう言った。
「ん? 勘だよ。勘。流れが来てる」
◆
政府の厳重な牢屋に案内されたふたり。鉄格子の向こう側、穏やかな表情で目をつぶっているフィラムヴェクス。
「あぁ、来てくれたのね! 事件は解決できたかしら?」
「えっと……全然ダメだね」
イリスは申し訳なさそうにそう言った。
「それどころじゃないでしょ、フィラムヴェクス。あんた、何してこんなことになったの?」
「何も。私は何もしてなかった。そもそも政府の支配領域である北区に足を踏み入れてすらいないわ」
「じゃあ陰謀か。あのヴァルネルヴィアとかいう魔女があんたを消すために仕組んだことってことか」
エルカはそう言った。フィラムヴェクスは首を横に振る。
「それは違うと思う。何十人もの目撃者がいて、犯人は絹と蚕の魔術を使って、もめていた政府の兵士を殺した。私も現場を少し見せてもらった。私と同じ魔術が使われた痕跡があった。それに……ヴァルは、そんなことをする人じゃない」
「相当手の込んだ陰謀ってことなんじゃないか? イリス。よくある魔女の裏切りだ。私もつい最近同じ目にあったからな」
「そ、そうかなぁ、エルカ」
「そもそも、なんで私たちなんだ? フィラムヴェクス」
「理由はふたつ。ひとつは、ここに隊員を呼んだら、政治的な問題になること。その子自身が暴れて私を助け出そうとしちゃうかもしれないしね。もうひとつは……この事件を解決するためには、政府の支配領域である北区でも調査を行わないといけない。隊員にそれをさせるわけにはいかない。だから、この前の中央区の問題を素早く解決して見せたあなた方が適任だと思ったの」
「筋は通ってるように聞こえるね」
「あと、運命、かな。ルヴィがあなたたちを連れてきてくれたんでしょ? きっとそれには何か意味がある。あなたたちはきっと、この都市を救うために来た。私、一目見た時からそう思ったの!」
「そんな都合のいいことはないよ、フィラムヴェクス。出来る限りのことはするけど、期待はしないで」
「フィルさん。他に何か言っておきたいことは?」
「ヴァルに伝えておいて。私は大丈夫だって」
◆
ふたりは牢屋を去った。道中、政府の兵士に呼び出され、行政局の一室に招かれた。
「こんな状態ですまない」
ヴァルネルヴィアの机は、書類で散らばっていた。帽子掛けにかけられた官帽。いつもの制服。頭をぼりぼりとかきながら立ち上がった。
「あ、どうも」
「フィラムヴェクスが自分は大丈夫だと伝えてほしいと言っていた。何が大丈夫なのか私にはわかんなかったけどね」
「そうか。あいつは変わらないな」
そう言って、ふたりの目の前までふらふらしながら歩いてくる。そして、急に深く頭を下げた。
「頼む。この事件の真犯人を見つけてくれ。私の立場でできることはなんでもやる」
「え! 急に何?」
「あんたがフィラムヴェクスをはめたんじゃないのか」
「違う。私は、あの事件を、フィルが起こしたとは思ってない。ただ、私の立場からは、こうすることしかできなかったんだ。それが組織の長としての……」
「ま、まぁわかったけど、それでヴァルさん? ちょっと状況がわからないけれど、私たちはどう調査すればいいの? なんとかしたいと思うけど、私たちはお風呂屋さんの服泥棒ひとり捕まえられない無能な魔女で、この前の件だって、きっとたまたまうまくいっただけだし」
「いや、それでも私はお前たちを信じる。フィルがお前たちを信じたのだから。2週間。私が、フィルの裁判を長引かせられる時間の限度だ。それを過ぎれば、あいつはいつ処刑されてもおかしくない。兵士たちは仲間を殺されて激怒している。好戦的なものたちは、親衛隊との交戦の準備を始めている。この街の人間たちは、魔女の本当の恐ろしさを知らない。普段やつらが、いや、私たちが、どれだけ我慢して人の世に馴染もうとしているのか、彼らは正しく理解していない。私たちが築き上げてきた秩序が、このままだと壊れてしまう」
「わかった。私たちが何とかする。イリス。行こう」
「うん」
「頼む。虹目の魔女イリス、水の魔女エルカ。この都市の命運は、お前たちにかかっている」
◆
「とんでもないことになってしまったね、イリス」
「うん」
イリスは黙って考え込んでいる。エルカの方は、遠くの空をぼうっと眺めている。
はたからみれば、途方に暮れている二人。
「イリス。とりあえず、ネフィに謝りに行こう。服泥棒を追っているような場合じゃない。この都市が滅びるかどうかの瀬戸際だ。ネフィも納得してくれるはず」
「違うよ、エルカ。私たちは服泥棒を追う」
「は? 何を……」
「このふたつの事件は絶対に繋がってる。今、風呂屋で続いているのは、ただの盗難事件なんかじゃない!」




