13話
左手には十数人の親衛隊員。左手には百近い数の政府の軍隊。
罪人とふたりを挟んで、にらみ合う両者。
「久しぶりね。ヴァル」
政府軍の先頭を歩いていた人物が、ひとり前に出た。その赤と黒を基調とした官帽は、その雪のように青白い髪色と対照的だった。
「話している暇はない、フィラムヴェクス。その罪人は政府の法務部が裁く」
抑揚のない、冷たい口調だった。
「殺された魔女のうちのひとりは、私たちの仲間だった。恨みは晴らさなければならない」
「いや、人間の罪は人間が裁くべきだ」
「ヴァル。あなたも魔女でしょう? 政府が裁いたとしても同じこと」
「法務部は人間のみで構成されている。私は裁判に参加しない。そんな暇もない。お前たちと違って、私はこの街を守るのに忙しい。いらん手間をかけさせるな、フィル」
そう言って、舌打ちをした。
「罪人を捕らえろ。すぐにだ」
指示を出す行政局局長、雪の魔女ヴァルネルヴィア。部下たちはすぐにイリスとエルカを押しのけ、罪人を奪い取った。
当然、親衛隊員の魔女たちはそれを止めようと動き出したが、フィラムヴェクスが静止して、代わりに叫んだ。
「ヴァルネルヴィア!」
「なんだ」
「これは貸しになるわよ」
「知らん。裁判も刑罰も明日にはここ中央区で行う。お前たち無能な魔女どもも、傍聴だけは許可する。裁きは公平に、規則に則って行うべきだ。魔女の身勝手な感情論になど頼ってはならない。そうだろう? フィル。私たちはそうやってこの街を守ってきた」
「あなたのやり方は、強引すぎるわ。それじゃ魔女も、人も、ついてこれない」
「お前のやり方は魔女に甘すぎる。これ以上くだらないことに時間を使わせるな」
フィラムヴェクスは肩をすくめて、それ以上何も言わなかった。代わりに、愚かな部下たちが叫ぶ。
「頭でっかち!」
「お前だって感情的な魔女だろ!」
「馬鹿にスンナー!」
「うんこ野郎!」
部下の魔女たちが口々にヴァルネルヴィアを罵倒する。ヴァルネルヴィアは一言「クズどもが」とだけ吐き捨て、部下たちと罪人を連れて去って行った。
◆
取り残された親衛隊員たち。
気持ちまで取り残された今回の功労者にして部外者のふたり。
「えっと……ヤバイ人だね? ヴァルネルヴィアっていう人は」
フィラムヴェクスは、眉間を抑えながら答えた。
「昔はあぁじゃなかったんだけど。いや、ワーカーホリックは姉妹団にいたころからだけど」
「あ……姉妹団。そっか。君たちも、あの人も、ルヴェルティカと一緒にこの街に来たってことか!」
「うん。最初はうまくいっていたわ。でも50年ほど経って、私たちについてきてくれた人間の職員のみんなが引退しちゃってからは、行政の機能が維持できなくなっちゃって。それでもヴァルは、新しく人間たちを教育して行政を維持しようとしてたんだけど、結局不正や腐敗が横行して、今ではもう武力を背景に住民たちを脅して重税を課す、ほとんどギャングみたいな組織になっちゃってるの。で、それが嫌だった魔女と人間たちが、政府を抜けて南区で団結したのが私たちルヴェール市長親衛隊。元々は魔女だけで構成された、この国の特殊部隊だったんだけどね。今は、ルヴェール市南区の人々を政府や危険な魔女、外からやってくる悪い組織から守る代わりに、少しだけ資金の援助をしてもらってるの」
エルカはすかさずツッコミを入れた。
「それってマフィアと変わんなくない? 結局政府と同じで、武力を背景に税金とってるじゃん」
「うっ」
フィラムヴェクスは痛いところを突かれた、というように顔をゆがめた。
「エルカ。魔女は自分で働いてお金を稼げない無能のクズばかりなんだからしょうがないでしょ! 言い過ぎだよ!」
「言い過ぎなのはあんたでしょ」
「うぅ。否定はできないわ。でも、政府よりも税率は低くしてる。そ、その分、治安も、悪くなっちゃってるけど」
「フィル! 自分たちの不利になるようなことわざわざ言わなくていい!」
隊員のひとりがそう言った。
「そうだ! 私たちは頑張ってる! 私たちなりに!」
「政府のやつらよりマシだ!」
「つーかあいつらこのふたりにお礼すら言わなかったぞ! 魔女以前に、人としてどうなんだ!」
口々に文句を言う魔女たち。
「あ、お礼といえば。この件解決したのは実質的に私たちふたりなんだから、少しくらい謝礼金があってもいいんじゃない?」
エルカは思い出したようにそう言った。
「確かに!」
イリスも同調した。フィラムヴェクスは部下に確認を取ったあと、すごく申し訳なさそうな顔でこう言った。
「えっと……うち、慢性的な財政難なの。ほら、今回犯人も政府に持ってかれちゃったし、お金を出すのはちょっと……」
「すまない!」
「ありがとう! 感謝と名誉だけ受け取ってくれ!」
「お前たちは最高だ!」
「というかお前たちも親衛隊員にならないか! お菓子食べ放題だぞ!」
「ちょっと待って、お菓子買うお金はあるの?」
「あ、それは削れない予算だから……」
「イリス。もう行こう。こいつらも終わってるよ」
「そうだね」
「あ、ちょっと待ってふたりとも! 確かにお金は出せないけど、仕事は紹介できるかもしれない! 簡単で、割のいい仕事! ここ中央区はさっきみたいないざこざがないように、政府も私たちも表立って動かないようにしてて、だからこそあなたたちのような外部の、優秀で賢明な、かっこいい魔女が必要なの」
「ええ! 今私たち、優秀で、賢明で、かっこいいって言われたよ! エルカ!」
「はいはい。よかったね」
「話だけでも聞いてみようよ!」
「まぁ聞くだけなら」
「ありがとう。爆発事件の他に、ここルヴェールの中央区ではもうひとつ厄介な事件が続いていて……」
◆
かぽーん。
「ふー。気持ちいいー!」
ふたりは露天風呂に浸かっていた。
「まぁこれだけでも、この都市に来たかいあったかもね……」
ぶるぶるっと身もだえするエルカ。とろけたような表情で口まで湯につかった。
転化本質――凝集。
「気持ちいい……」
そのあと、湯船から魔術で固めた湯の塊を取り出して外に投げ捨てた。
「え? 今エルカ……」
「何?」
「おしっこした? 浴槽で?」
「別にいいでしょ。凝集ですぐに固めて外に出してるし、衛生的に問題はない」
「感情的に大問題だよ! それに、外に捨てたって匂いはある!」
「温泉の匂いの方が強いから大丈夫」
「そもそも! おしっこはトイレでするものでしょ!」
「魔女は人間の謎ルールには従わない。っていうかお風呂で叫ばないでよ。恥ずかしい」
「恥ずかしいのは君の方だよエルカ……なんでお風呂でおしっこしてそんな堂々としていられるの……」
「あんたもやってみなよ。気持ちいいよ」
「やんないよ! もー! 最悪! 私もう出る!」
「私はもう少し入ってるから、外で待ってて」
◆
納得がいかないイリス。意にも介さず、さっぱりした表情のエルカ。
「さて、依頼人の魔女はまだ戻ってないのかな」
エルカはそう言って、受付の前の休憩用のいすに腰を下ろした。
フィラムヴェクスがふたりに紹介した中央区の事件とは、このエルムの温泉宿で起きている、衣服の盗難事件の調査と解決だった。
この温泉宿で働いている看板娘ならぬ看板魔女のネフィから話を聞き、報酬の交渉を行えばいいと聞いてきたが、ちょうど出払っているようだったので、先に温泉に入って待つことにしていたのだった。
「ねぇエルカ。私嫌だよ。友達が、浴槽でおしっこしてるなんて。耐えられない!」
「イリス。私わからないんだけどさ。なんでイリスって魔女なのにそうやって人のやることにいちいちケチつけるわけ? だいたいどの魔女も、自分は自分、他人は他人でやってるじゃん。気にしなけりゃいい」
「そういう問題じゃないでしょ! お風呂で、おしっこは、ダメ!」
「私が水の魔女じゃなかったらそうだろうけど、私には魔術がある。尿が浴槽に混ざるわけじゃない。誰も苦しめずに、浴槽に放尿できるのは、水の魔女である私だけの、れっきとした特権」
「そんな特権あるわけないでしょー! っていうかどんだけお風呂でおしっこしたいの! っていうか……そんなに気持ちいいの?」
「解放感と背徳感のマリアージュだね。最高のデトックスだよ」
「変態じゃん! やっぱダメだよエルカ」
「たとえ変態のそしりを受けたとしても、私はお風呂の中でおしっこするのをやめないよ、イリス」
イリスがため息をつくと同時に、鋭い一声が風呂屋の受付に響いた。
「今お客さん、お風呂の中でおしっこした、と言いましたか?」
「ん? だから?」
緑色の髪の少女が、顔を真っ赤にして二人に近付いてくる。さっきまでいなかった従業員だ。
「これ、見てください」
そう言って張り紙を指さす。
『排泄はトイレでしてください。特に魔女。もし風呂場での排泄が発覚したら、多額の賠償金を払っていただきます』
「……私やってないよ」
「無理ですよ、それは。私、ずっと聞いてましたから」
「エルカ。無理だよ。罪を償おう。自覚はなかったとしても、それくらい罪深いことなんだよ」
「えー……わかった。逃げよう!」
そう言ってエルカが出口に出ようとした瞬間。見知った顔が。
「あ、ふたりとも! 昨日ぶり!」
槍の魔女。アマルセル。
「あ、常連さん! その人捕まえてください!」
「ん? エルカが何かしたのか?」
「お風呂でおしっこしたんです!」
「お風呂でおしっこ? それくらいみんなやるだろ。私も毎日この温泉を楽しんでるけどね、おしっこは最高だ!」
頭を抱える従業員。笑いをこらえるイリス。エルカとなぜか握手をするアマルセル。
◆
「必殺! 百連突き!」
高速で浴槽をこするアマルセル。その手には長柄のブラシ。
「うわーすごーい! さすが槍の魔女!」
当然賠償金が払えなかった3人は、終業後、浴槽の掃除を行っていた。
「おりゃー!」
ブラシを槍に見立ててアマルセルの脇腹をつつくイリス。もうすでに掃除に飽きて遊び始めていた。
「やったなー。槍さばきでは負けないぞ!」
アマルセルとイリスのブラシチャンバラが始まる。かんかんとブラシが響く音を聞きつけて、従業員がかけつけてくる。
「また遊んでるんですか! ちゃんと働いてください!」
「魔女に働かせるのは無理だよお」
イリスはそう言う。エルカは浴槽のヘリに座って欠伸をしてから「そうだそうだ」と言った。アマルセルはがははと笑った。
「賠償金ですね。それが出せないなら、懸賞金をかけます」
「ちょ、それはやばいからやめて! やるから! ほら、エルカも立って! っていうか本当は私は関係ないんだからね! 連帯責任だと思って仕方なく協力してあげてるだけで!」
「連帯責任とか魔女っぽくないよね」
「うん」
「あ、そもそもさ、私の魔術使えばよくない?」
「……確かに」
水の魔術で風呂場の表面を凝集でくっつけて固めたあと、それを剥がすように一か所に集めた。それを何回か繰り返すと、黒ずんでいたタイルもピカピカになり、細かい溝に溜まった汚れもきれいさっぱりなくなった。
「私ってやっぱり最高の魔女だな」
一仕事終えたエルカは汗を拭ってそう言った。
「よし、それじゃあ依頼に取り掛かろうか。じゃあ魔女の従業員さん、最近起こっている事件のことを教えてくれる?」
「え! あなた方が、フィルさんの言ってた、頼りになる優秀で賢明でかっこいい魔女の二人組なんですか! 嘘でしょう! い、いや……フィルさんが嘘をつくはずない。あ、そうか。この二人がフィルさんを騙したんだ」
「騙してない! いや、まぁ、えっと、エルカ。まずはごめんなさいしよう」
「うん。お風呂でおしっこしてごめんなさい」
素直に頭を下げるエルカ。隣のアマルセルも同じように頭を下げた。
「あ、私もごめん。ネフィ、ダメだって知らなかったんだ。掃除も終わったみたいだし帰るな。この件はフィルには内緒にしてくれよな!」
「あ、はい。本当なら出禁なんですからね。二度としないでくださいね」
「わかってるよ、ネフィ。ありがとー!」
そう言って緑髪の従業員ネフィの頬にキスをしたあとアマルセルは駆け足で去って行った。従業員はため息をついた後、頬をハンカチで拭いている。
「ん。ちょっと待てよ。私は浴槽でおしっこしたけど、湯船に混ざらないように、魔術で固めて外に出してた。でもアマルセルは? あいつにそんな器用なことができるはずは……」
「エルカ」
「え、私たちが入ってた風呂って、あいつの小便が混ざってたってこと?」
「エルカ!」
想像してしまったのか、額を抑えてショックを受けるエルカ。ため息をついてこう言った。
「……ごめん、イリス。今回に関しては、私が全面的に悪かった」
「改心してくれて嬉しいよ、エルカ。でもこの罪は一生かけて償わないといけないよ」
「わかった。お風呂が清潔に保たれているのは、無数の人々の我慢と協力の末にあるものだって、忘れないようにする」
「誓いますか?」
「誓う」
「あの……」
「ご迷惑おかけしました。あ、それで依頼の内容は何? 私たちがフィルさんから紹介された、頼れるかわいくてかっこいい二人組の魔女だよ!」
「うーん」
ネフィと呼ばれた緑髪の魔女は、ふたりに不信感を覚えながらも、この大衆浴場で起こっている事件のことを話し始めた。




