12話
一通り聞き込みと情報収集を終えたイリスとエルカ。エルカは張り切って臨んだはいいものの、地道な作業と、一向に進まない推理にうんざりしていた。
「イリス」
「なに」
「これ私たちに向いていないからやめよっか」
「え! 早くないか!?」
「だって何も進展してなくない? アマルセルから聞いた以上のことは何もわからなかったでしょ。魔女が狙われてる。今回の爆発で9回目。魔女の死者も人間の死者も出てる。でもこれだけで犯人なんて絞り込めなくない? 次誰が狙われて、どこで爆発が起きるかなんて全然推理できない」
「あのさぁエルカ。実はこの事件に関しては、誰が犯人かなんてどうでもいいんだよね」
「え? どういうこと」
「何が使われたか。人間が起こす事件の捜査において実際に重要なのは、凶器の出どころだよ。誰がどこで何を買ったのか。それを追えば案外簡単に追いつける。エルカは聞き込みばかりやってたかもしれないけど、私がやったのは、使われた爆弾の入れ物と火薬の仕入れ先」
「イリス」
「なに?」
「私、時々あんたが本当はすごい魔女なんじゃないかって思うことがある」
「私はすごい魔女だぞ!」
「んー。それで、ここまでの調査で、何をどこで買ったとかわかった?」
「わかんなかった」
「は? やっぱ馬鹿じゃん」
◆
途方にくれるふたり。
「ねぇエルカ。この街ではさぁ、そもそも陶器を作る工房が一軒もないんだよね。昔はあったらしいんだけど。今は海からくる輸入品しか出回ってなくて、皿とか壺ばっかり。都合よく小型爆弾用の陶器なんて、よそから仕入れられるわけがないんだよね」
「じゃあ魔女が生成したんじゃない?」
「んー。陶器の魔女についても調べたけど、この街にはいなさそうなんだよね。でももっと問題なのは火薬。この街では火薬の作り方すらみんな知らないみたいで、商工業の発展した南の帝国ですら、ほとんど失われた技術として扱われてる」
「じゃあ火薬の魔女か」
「その魔女はアマルセルが言っていたように、ルヴェール市の北部を支配する、ルヴェール市政府って勢力に捕まってて、犯人に今この瞬間渡せる状況とは思えない。別の、火薬を生成できる魔女がたまたまこの街に来てる可能性もあるけど」
「結局ダメじゃん。行き詰まってる。なんかないの? イリス」
「闇市の方、もう一回見てみようか。何か面白いものがあるかもしんないし」
◆
ふたりは夕方、中央区の闇市に訪れた。
「ねぇこれ何?」
小さな瓶を指さすイリス。
「あぁこれか? レーティスだ。知らないのか?」
「うん」
「この都市の特産品だ。すりつぶして吸ったり、水に溶かして飲んだりする。お嬢さんたち、はじめてかい? なら安くしとくよ。試しに吸ってみな。飛ぶぜ」
「へーそれじゃあ」
「ちょっとエルカ! それ多分まずいやつだよ!」
「ん? そうなの?」
「麻薬でしょ、どう見ても!」
店主は顔をしかめた。
「麻薬? あー確かに純度の高いやつはそういう側面もあるがな、純度の低いこいつは一種の鎮静剤みたいなもんだ」
「じゃあなんでこんな場所で売られてるの? どちらの勢力でも認められてないからなんじゃないの?」
「嬢ちゃんら。商売の邪魔をしてくれないでくれ。買わないなら余所に行ってくれ」
「エルカ、行こう」
「ちょっと待って。店主さん。こっちは何?」
「あ? あぁ。そっちは香油だ。合法だが、北でも南でも税金が高い。だから金持ちたちが買いに来ることがある」
「ねぇイリス。小さくて丸い瓶。密閉性もあって、丈夫そうに見える。これって、条件に合ってるんじゃない?」
「なんだ、あんたら。買わないなら早くどいてくれ」
「ちょっと待っておじさん。最近、こういう香油をたくさん買って行った人知らない?」
「あぁ? あー。うちには来てないが、不審な客がいたっていう話は聞いたな」
「不審な客?」
「あぁ。安い香油をいくつも買って行ったうえで、別の容器に移して他の店に半額以下で売ったっていうやつの話だ」
「ありがとう店主さん! エルカ! 絶対そいつだよ」
「じゃあ、こういう安い香油がたくさん売ってる店で張ればいいんだな」
「おい。うちが売ってる香油は安くない。勝手なことを言わないでくれ」
「あ、じゃあ用はないんでどっかいきまーす! いろいろ教えてくれてありがとうね!」
「失せろ!」
◆
「あ、あいつ! 三つ買った! 三つ買ったよ!」
「よし。確保だ!」
ふたりは路地の影から飛び出して、すぐに男の身体を抑え込んだ。
「なんだ! やめろ!」
「持ち物を全部出せ! 抵抗するなよ! 私たちは魔女だ!」
「ご、強盗?」
「魔女が人間を襲ってるぞ!」
「政府か親衛隊の人間を呼んでこい!」
騒ぎがすぐに大きくなる。店はどこもすぐに畳み、人々は遠巻きに二人の魔女とひとりの押さえつけられた男を眺めている。
「イリス」
「何?」
「こいつ何も持ってない」
「当たり前だ! 俺は病気の妻のために香油を買いに来ただけだ! 何を勘違いしているのか知らないが、俺から奪うものなんて何もないぞ!」
「え、じゃあこいつ犯人じゃないってこと?」
「くそっ……ひとつ割れちまったじゃねぇか」
あたりに良い匂いが広がっていた。
「あ……ごめんなさい」
「弁償しろ。慰謝料込みで15銀貨だ。それで勘弁しておいてやる」
イリスは男から手を離して、ぺこぺこ頭を下げながら財布を取り出すが、エルカが静止する。
「いや、待ってイリス。まだわからない」
「何言ってんだお前! いくらこの街が魔女に好意的だからってな! 際限ってもんがあんだよ! これ以上時間を無駄にさせるな。病気の妻が待ってるんだ」
「じゃあ私たちをその妻の元に連れてって」
「は? なんでそんなことを」
「私らはあんたを、この街で起きてる連続爆発事件の犯人だと疑ってる。本当にあんたに妻がいて、その家に危険なものがないとわかったら、ちゃんと謝罪するし弁償もする」
「はぁ? 急に暴力を振るって人のものを壊した挙句、その家に押しかけて金目のものを持っていこうっていうのか? 知らねぇぞ。ここのやつらはみんなこれを見てる。もし俺が無実なら、親衛隊と政府の連中に起こったことを報告させてもらう。そしたらお前たちはこの街から追放だ。いいんだな?」
「え、エルカ。多分この人違うよ。本当に怒ってるもん。今謝って許してもらおうよ」
弱気になるイリス。街の人々の不審の目は、男ではなく自分たちふたりに向いているように感じられていた。
「いや、私はこいつが犯人だと思う。早く連れて行きな。もし本当にあんたの言うことが正しいなら、私たちは今すぐこの街を出て行く。持っている金は全部あんたに慰謝料として渡す。それでいいだろう」
「ふん。早くついてこい。妻が待ってるんだ」
◆
男は中央区の西側の廃墟の方に向かった。人はどんどん少なくなり、空気は乾いていった。空はもう暗くなっていた。
「ここだ。入れ」
「お、お邪魔しまーす。奥さん、いますかー」
廃墟の立ち並ぶ中、若干の生活感のある小さな小屋に踏み入ったイリス。そこで見たものは。
いくつもの瓶。火薬の匂い。銀の破片が棚の上に集められて、小さな山を作っていた。
「妻はもういねぇよ。お前たちのような邪悪な魔女どもに殺されたからな」
◆
「エルカ! こいつだ! 捕まえて!」
しかし、男はすでに逃げ出していた。さらに、緊急用に家の近くに置いてあった即席の手りゅう弾に火をつけて、ふたりに向かって投げつけた。
「エルカ! 壁! 網じゃない!」
「わかった!」
ふたりは即座に水の壁を展開。瞬時に爆発が起きる。
鋭い破片が当たりに散らばっていく。
破片の速度は、クロスボウの矢の速度の3倍以上。矢を止めたときのように、タイミングを合わせて凝集で絡めとることは不可能だ。
しかし、その形状はばらばらで、空気や水の抵抗を強く受ける。矢のように貫く力は弱いのだ。
生成された水の壁は、破片の脅威を完全に無効化していた。
「イリス! 追って!」
足の負傷で走れないエルカがそう叫んだ。
「任せて!」
俊足のイリスは、すぐに男を捕らえて組み伏せた。
「本当にフィジカルゴリラだね」
「元の世界では、倍速再生って呼ばれてたからね」
「倍速?」
「人の倍の速度で動けるってことだよ。まぁでも、ペシミウスは私のさらに倍くらいで動いてたけど。どうなってんだあいつ」
「そんなことより早く、人を呼ばないと。こいつをどうすればいいか聞いてくる」
「うん」
ちょうどアマルセルが近くにいたのでエルカは彼女に声をかけて事情を説明した。アマルセルは他、の親衛隊員たちをたくさん連れて駆け付け、騒ぎを聞きつけた民衆たちも集まってきて、犯人を取り囲んでいた。
「君はなんでこんなことをしたの」
縛り付けられた犯人。イリスはそう尋ねた。戦線で捕まったときと逆の立場だな、と思った。
「言わないと殺す」
エルカはそう言った。
「ちょ、ちょっと物騒だよ!」
「っていうか、こんだけの人を殺したんだから極刑は免れないでしょ。裁くのは私たちじゃないけど」
「いやでも、なんか理由があったら酌量の余地もあったりするんじゃない? ほら、いいなよ。黙ってないでさ」
「すべての魔女は、殺さなければならない。それだけだ」
「え、それって……」
「魔女絶滅戦線。その兵士ということか?」
「えー! この街にもいるの!」
「いや、それはありえないわ」
イリスの言葉を否定した人物がいた。クリーム色の美しい長髪、柔らかい表情。白と金のドレスを身にまとった、見るからに高貴な淑女が人ごみをかき分けて現れた。
「まず先に、この事件の犯人を特定し、確保したことの礼を言わせて頂戴。虹目の魔女イリス。水の魔女エルカ。ありがとう。それに、あなたたちは、ルヴィの友人と聞いたわ。あの子の友人は、私の友人もである。蚕の魔女、フィラムヴェクスよ。よろしくね」
「え! 美人! うっまぶしい! よろしくお願いします!」
「よろしく。ルヴィって、ルヴェルティカのこと?」
「うん。この都市が誇る偉大な市長、ルヴェルティカのことよ。私は彼女とともに姉妹団を抜けてこの都市ルヴェールを建設した魔女のひとり。今は、崩壊したこの都市の半分を治める市長親衛隊の隊長を務めているの」
「えー! エルカ、この人なんかすごいいい人そうだよ? おっぱいもでかいし!」
「そう思うなら失礼なこと言わないで。で、フィラムヴェクス。こいつが戦線の兵士じゃないってどういうこと?」
「戦線は確かに魔女をみな憎んでる。でも魔女を殺す過程で、市井の人々を殺害するのを徹底的に避けているの。だから爆弾なんて普通使わない。それに、もしこの土地に戦線の部隊が入り込むようなことがあれば……私たち親衛隊が黙っちゃいない。どれだけの犠牲が出たとしても、この都市の魔女と人間を、守る義務がある。事実、建国されてから200年の間、一度も戦線の部隊がこの都市に足を踏み入れることはなかったわ」
「わかった。じゃあこいつはなんだと思う?」
「私の予想では……除隊された、元戦線の兵士といったところかしら。あなた、何をしたの?」
「お、俺は……お前たち魔女を、全員殺すために……」
フィラムヴェクスは指から糸を出した。それを男の首に巻き付ける。
「何をしたの?」
首から血がツーっと垂れていく。細いが、鋭い糸だ。
「つ、妻が殺されて……」
「殺されて?」
「報復に、魔女がいるという村で、ひとりの女を見つけて殺した」
「なるほど。で、そのかわいそうな村人が、本当は魔女じゃなかったことがわかったというわけね。それで除隊された」
「必要な犠牲だった! その女は、憎き魔女の友人だった。報復に来た魔女を、他の戦線の部隊が討伐した! 俺がやったことは間違いじゃなかった。俺は……俺は、無能でも、悪人でもない。その証拠に、この魔女の巣窟に単身乗り込んで、4人も魔女を殺した! 無能な兵士にできることじゃない! このあとお前ら邪悪な魔女に殺されるとしても、俺は最後まで戦線の兵士としての立派にやり遂げたぞ!」
「それはどうかしら。まぁでも、これだけのことをやったんだから、ただ普通に死なせるのじゃ、私たちの仲間も、この街の人々も納得しないでしょうね。それじゃあ、ふたりとも。この人は私たちルヴェール市長親衛隊が引き取ってもいいかしら」
「あ、はい」
「イリス。もう行こう。私疲れた。そうだ。温泉とか行こうよ」
「あーいいね! っていうか報奨金とかって出ないのかな? 私たち頑張ったけどね? ね、エルカ」
「うん。すごく頑張った」
そう言ってふたりはフィラムヴェクスの方をわざとらしくちらっちらっと見たが、フィラムヴェクスはひどく険しい顔をしていた。ただ、その視線の先にあったのはイリスではなく、そのさらに背後だった。百人近い、軍服を着た集団が迫ってきていた。
「政府のやつらか」
野次馬たちはすぐに散っていく。
残ったのは、親衛隊員十数人。ふたりと罪人を挟んで、両勢力が向かい合った。
張りつめた空気の中、フィラムヴェクスはこう言った。
「久しぶりね。ヴァル」




