5,ロン先輩
「ねえねえリコちゃん。レンくんは?」
次の日,いつも通り早朝から訓練が始まった。しかしレンの姿はない。
「え?レンいないの?」
「まあ昨日あんなにボロカス言われたから流石のあいつもいなくなったんじゃないか?」
「レンに限ってそんな…。」
みんなが慌てている中,長官がやってきた。
『おはようございます!』
「おうおはよう。今日もビシバシやっていくぞ!」
『はい!』
「あの…長官…。」
リコはスッと手を挙げる。
「何だ?」
「えっと…レンは…?」
「あ〜あいつか。今日はいない。」
「え?なんで…。」
「もしかして辞めちゃった?」
周りがざわつく。
「はいはいはい喋るな!じゃあ今からランニングだ!今日から20キロ走ることにする。お前ら走れ走れー!」
20キロというワードを聞いたみんなは嫌な顔しつつも大人しく走り出す。訓練生の立場はとてつもなく低い。断るという権利はない。そのため何かやりたくないことを押し付けられても大人しくやるしかない。そんな環境を乗り越えた人のみが正式に宮部隊の隊員となれる。隊長含め他の隊員もそれを乗り越えて今に至る。とにかく訓練期間中は何事も辛抱強く耐えるしかない。
みんなが走っている間,森宮部隊近くの大きな森の中にある大きな木の側でレンは寝ていた。こんなにゆっくりすること自体彼にとって久しぶりのことだ。
(月2回休みがあるって聞いてたのに全然休みなんてないじゃないか。結局この1ヶ月間は休みなかったし。新入隊員も殆どいなくなっちゃったし。まあこの感じだと訓練期間中に休みなんてないだろうなぁ。訓練生だから仕方ないことかもしれないけど。)
「う〜ん!ハァ〜…。久しぶりに良く寝た。うわぁ!この森緑が綺麗だなぁ。」
大の字になって上を見上げる。木々の葉の緑に光が刺さって一つ一つがキラキラと輝いて見える。そして心が洗われる。
「よいしょっと。さて,そろそろ行くか。この時間なら迷惑じゃないだろ。」
レンは目的地へと歩き出した。
「はぁ?何で森宮なんかの相手をしなきゃいけないのかなぁ。しかも訓練生って。隊長も隊長だよ。めんどくさいなぁ。」
着いたところは星宮部隊。受付の人にある人に会わせてくれと言うと凄くめんどくさがれる。
(森宮と星宮ってやっぱり仲悪いんだ。まあサンスも森宮のこと見下してたし,星宮の人みんなそうなのかなぁ。)
「あぁ〜もしもし?えぇ来ましたよ森宮のガキが。あー分かりました。了解。」
ガチャン!
受話器を置く音で機嫌が悪いのが伝わってくる。森宮部隊で正式な隊員ではなくただの訓練生の相手をするのがそれほど嫌なのかとレンは思う。
「取り敢えずこの扉開けて向こうに座るところあるからそこで待ってて。待ってたら来ると思うから。」
「はい,分かりました。ありがとうございます。」
「はいはい。全く…仕事増やしやがって…。」
受付の人の対応で嫌な思いしつつも先へ進む。
(うわ!宇宙…。)
星宮部隊の建物は宇宙みたいな構造。群青色なのか分からないが濃いめの青が廊下や壁,天井に広がっている。そこに立つだけで宇宙にいる気分を味わえる。
「廊下の電気が星みたいだなぁ。あと星宮部隊って人間性は置いといて建物は綺麗だなぁ。」
しばらく進むとさっき受付の人が言ってたであろう広場があった。そこには机とソファーがある。きっと隊員とかが団欒する時に使う場所だろう。そう思いつつもレンはちょこんとソファーに腰をかけて待っていた。
コンコンコンコン
廊下に響き渡る足音。ペースは速め。そしてレンのところにやって来ながら一言。
「俺もそんなに暇じゃないんだ。悪いが話は手短にしてくれ。」
「お久しぶりです…ロン先輩。」
レンは立ち上がって挨拶する。
星宮部隊の制服を着て片手に資料を持ちながら現れた少年。彼の名はロン・ハルタク。レンの一つ上の先輩である。
「あぁ。というか…何で急に俺を呼び出した?相談があるって聞いてるが,相談ぐらいなら森宮部隊でもいけるだろ。どうしてわざわざ星宮まで足を運んだんだ?」
「えっと…ちょっとロン先輩にしか話せないと思いまして…。」
ロンは軽いため息を吐きつつもその場にあるソファーに座る。
「まあ何でもいい。取り敢えず座れ。」
「はい…。」
お互い向き合った形で座りつつもしばらく訪れる沈黙。
「何だ。話はないのか?ないからもう俺は戻る。」
「あーいや。あるっちゃあるんです。ただ色々多すぎて何から話そうかと…。」
「ならお前が今1番悩んでることを話せ。分かる範囲で答える。」
「…あざす!」
「で,何に悩んでる?」
「えっと…。」
レンはロンのことはよく知ってる方だと思ってる。彼の性格は一言で言うと塩。淡々として冷静でクール。そして僅かながらに短気でもある。今のように要件があるくせにすぐに話さなかったらなどしたら平気で置いていったりする。
「1番でいることに誇りを持てなくなりました。」
ロンは眉間に皺を寄せて首を横に傾ける。
「それは…ユニテイルをトップで卒業したことで合ってるか?」
「はい…。」
それを聞くと何だそんなことかと言わんばかしにため息を吐くロン。
「俺は真剣に悩んでるんですよ!」
それに気付いたレンは若干ムキになる。
「それぐらいは分かってる。だからってそんなこと考えたところで仕方ないだろ。それは起こるべくして起こった出来事なんだから。」
「そんぐらいこの俺でも分かります…。でも…長官に言われたんです。」
昨日のことを思い出しただけでレンの目からポロポロと涙が出てくる。ユニテイル時代から涙なんて一切見せず,常にポジティブでいたレンしか知らないロンは思わず戸惑う。しかし持ち前の冷静さで話を進める。
「何て言われたんだ?」
「…去年の1番と今年の1番でどうしてこんなにも差があるんだって。宮部隊に向いてないって。それにロン先輩は訓練期間を免除された逸材なのに俺なんて訓練でへたばってるから多分ですけど長官,それでガッカリしてしまって…。俺本当は宮部隊に相応しい人間じゃなかったのかもなって思うようになってきて,今すぐ辞めた方が周りのためになるのかなって…。」
こういう時どういう言葉が1番本人にとって良いのだろうか。ロンは考える。無闇矢鱈に大丈夫,お前ならできるという言葉は投げかけたくない。そんなこと言ったら余計レンを苦しめることになる。無責任なことはしたくない。だって悩んでる理由がロンと関係なくもないから。
(な〜んかユーシンのこと思い出すなぁ。一回アイツに放った言葉で「ロン先輩には分かりっこないですよ!」って泣かれたことあるし。レンも相談する相手ミスってんじゃないのか?リコとかの方が絶対良いだろ。そういやユーシン。アイツ頑張って生き残ってんのかなぁ。もし生き残ってたら3年生か。元気だったらいいな。)
「別に,辞める必要ないんじゃないか?」
考えた挙句,ロンはレンに言う。
「え?」
「反対に俺のこと話して良いか?」
「…あ,はい…。」
「お前の言う通り,俺には訓練期間がなかった。それはどういうことか。簡単に言うと周りからのプレッシャーが半端ない。訓練期間が免除されたということはもう現役と同等に,もしくはそれ以上に戦うことができる。それぐらい大きな期待がこっちに向けられるんだ。それで出来なかった場合,下手すりゃ自分の居場所がなくなる。最初の半年は精神的にもキツかった。いかに訓練がなくても自分の実力を高めることができるか。毎日それを考えていた。今はだいぶ気持ち的にも楽にはなったが,初めの数ヶ月は宮部隊を辞めてやろうかなんて考えたこともあった。」
「え!?ロン先輩もですか?」
「当たり前だ。俺だって一人間だからな。」
「そっか…でもロン先輩がそんなこと考えてたなんて思ってもみませんでした。俺が4年生の頃なんてみんなロン先輩のこと噂してたんで。訓練期間免除されたのカッコいい!とかあんな風になりたいとか色々聞きました。でもそんなこと言ってる間にこんなにも苦労されてたなんて…。」
「まあな。でも半年も過ぎりゃだんだんそんな環境にも慣れてきた。実戦ばっかだったというのもあって任務に駆り出されていくうちに段取りとか分かってきたしその分実力もついた。少しずつだが星宮部隊でも使い物になっていったし,周りとも程よく関係を保つこともできた。今になって思う。どうしてあの時の俺は辞めたいとかくだらないこと悩んでたのだろうかって。プレッシャーに感じるということはそう思ってしまう自分に負けること。自分に負けてしまってはどうしようもないって気付いてからはだいぶ気持ちも落ち着いてきた。メンタルも強くなったと思う。ごめん,自分語りし過ぎてしまった。」
「いや。寧ろ気が楽になりました。」
「そうか。なら良かった。いいか?これだけは言っておく。」
「はい?」
ロンは真剣な顔と声で言った。
「訓練期間があるだけマシだと思え。まだ訓練期間終えてから正式隊員になった方が右も左も分からないということは先ずない。いきなり現場に放り込まれるよりは断然マシだ。」
「…はい!」
ようやくレンの表情が明るくなった。
「1つ気になることがあるけど聞いていいか?」
「?はい,どうぞ。」
「お前今日そもそも休みの日だったか?」
「いやぁ〜。休みではないです。」
「何だ。てっきり月2日のうちの1日だと思ってた。」
「そんなことないですよぉ。説明会では毎月2日休みあるって聞いてたのに結局ないですよ?」
「ならどうやってここに来た?」
「え?普通に長官や隊長に1日休暇くださいって言ったら許可貰えましたよ?」
それを聞いたロンは目を見開いてレンを見る。
「お前…よく貰えたな。普通貰えないぞ?」
「え?そうなんですか?」
「あぁ。知らないのか?お前。訓練期間中は立場を低いからそんな要望上に聞いて貰える訳がない。それなのにお前…。あぁ,そういうことか。」
「ん?そういうことってどういうことですか?」
「つまりだ。お前は少しでも上から認められてるということになる。」
「へ?」
ロンからの言葉でレンはポカンとした顔になる。
「あ〜だから。あれだ。お前がもし隊長の立場だとしたら訓練も碌に着いて来れねぇで奴に急に『休みください。』って言われたらどうする?」
「そりゃあダメだって言いますよ?当たり前じゃないですか。休むくらいなら練習しろって話ですよ。」
「そこだ。」
「そこ?」
「簡単に言う。お前は普段から訓練について来れてる。そして他の訓練生よりも遥かに実力がある。それから自主練を欠かさない。それは上も知ってる。メンタルも人一倍強い。」
「はぁ…そうなんですかねぇ。俺自分ではあんまそう言うの考えてなかったです。」
「まあそうかもしれないが,休みを貰えたのはお前の日頃の行い,そして実力を見て上がこいつなら1日ぐらい訓練しなくても大丈夫だと判断したからだ。じゃないとただの訓練生に1日休みなんて与えられない。」
ロンの推測は明確。レンに自信をつけつつ正しいことを言う。
「マジすか!?じゃあ俺隊長とかにもう認められちゃってるってことですか??」
静かな部屋にレンの声が響く。
「まあ,そういうことかもな。でもここからだと思っとけ。」
「ここから?あれ?もうすぐ宮部隊正式隊員とかになれるわけじゃないんですか?俺てっきりそうかと…。」
「馬鹿か。そんなに現実甘くないぞ。」
その一言で興奮状態から気分が一気にダウン。ついさっきまで騒いでたレンが大人しくなる。
「まだ…訓練期間終わらないんですか?終われるもんなら俺,1日でも早く終わらしたいです。」
「じゃあ試験にクリアしろ。」
「試験!?また試験あるんですか?もう試験は懲り懲りだってぇ〜。やっと宮部隊新入隊員採用試験終わったと思ってたのにぃ〜!」
ロンは子供みたいに駄々を捏ね出すレンを冷ややかな目で見つつ言った。
「お前,噂に聞いたことないのか?」
「何がですか?」
「訓練期間中に他の先輩隊員と任務に駆り出されることがあるかもしれないって。」
「それは聞いたことありますけどそんなの極稀ですよ?俺みたいなのがそんなこと…。」
「あるかもしれないって俺が言ったらお前は信じるか?」
それを聞くとレンは頭を抱えていた手をゆっくり下ろし,ロンを見つめる。
「そんなの…信じていいんですか?」
「確証はないが,信じてもいいだろう。」
「ほ,本当ですか!?」
「あぁ。だがさっき言った試験をクリアしないとな。」
「そ,その試験って…どうやったらクリアできますか?」
レンは身をロンに乗り出す。そして距離を取られる。
「先ず最初に隊長から直々に現役隊員と任務に行って来いと言われなければいけない。それがなければ訓練期間終了とかないからな。」
「はい。」
「それでもしそれを言われたら現役隊員と現場に行き,課された任務をこなす。いかに先輩に頼らず自分の力でこなすことができるかが鍵だ。」
「はい…。」
「まあこの時点でわかっているとは思うが,課された任務をこなせなかったら再び訓練生に逆戻りだ。それは頭に入れておけ。」
「うわ…やっぱ厳しいなぁ。俺それクリアできるかなぁ。」
やる気はあっても自信が湧かない。もしそれに失敗したらまた地獄のような日々が待っているだけ。森宮部隊正式隊員になれるか,はたまた訓練生に逆戻りか。これで任務に失敗して訓練生に逆戻りし,最終的に自主除隊した人がいるのをレンは聞いたことがある。それだけは絶対になりたくない。何としてでも二分の一の壁を突破しなければならない。これが実力のある訓練生に与えられた試練でもある。
「まあ聞け。要は上から認められればいい。どうだ?この可能性に賭けてみるか?」
「…はい。賭けてみます!何としてでも訓練期間終了してみせます!」
レンの決意にロンの表情が思わず緩む。
「あ,ロン先輩が笑った!」
「うるせぇ。笑ってねぇ。」
「いやいや今笑いましたよね?もう一回見せてください!」
「ダメだ。俺は仕事に戻る。」
「もう〜そんなケチ臭い事言わないでくださいよ。貴重なんですよ?ロン先輩の笑顔。」
「だからなんだ。お前が何度同じこと言おうと俺はしないからな!」
逃げるロンをしつこく追いかけるレン。
「ほらほらこうやって口角上げて〜。」
レンは自分の人差し指でロンの口角を無理矢理上げる。
「辞めろ!用が済んだならさっさと帰れ!」
「え〜どうしよっかなぁ〜。」
静かな場所で大きな声と足音が響く。
「ロン。」
誰かが呼ぶ。さっきまで騒いでいた2人の動きが止まり,声のした方を見る。そこにはもう1人女性が立っていた。服装的に星宮部隊の人だ。
「た,隊長…。」
ロンは慌てて姿勢を正して立つ。レンは何が何だかイマイチ理解してない。でもロンは隊長だと言った。だから凄い人なのだということは分かる。
そして自分から見たロンは先輩に当たるためここまで下座をしているのを見たことがない。
(そっか。ロン先輩って星宮部隊の中ではまだ下の方なんだ。ここまで上を敬っているロン先輩見たことない…!)
初めての光景で驚いてしまう。
「こんなところで何してる?仕事は終えたのか?」
「あ〜…すみません。仕事はまだ途中です。
「そうか。それで…その子は?服装的に森宮か。」
星宮部隊の隊長はレンを見る。その目がレンを睨みつけるような目をしており,思わずレンの体が強張る。
「こいつは俺の後輩です。」
「ロ,ロロロロン先輩の後輩に当たります。レ,レ,レン・バーシンと申します。仰る通り,僕は森宮部隊所属です。まだ訓練生です。」
その人が怖いということと緊張で思わず変な話し方と裏返った声になる。
「ふ〜ん。そっかそっかぁ。」
星宮の隊長はこちらに近づいてくる。そしてレンに顔を近づける。
「訓練生の癖にここにやってくるなんて。随分いい度胸ねぇ?ガルシアからは聞いてたけどこんな腑抜けた坊やを連れてくるなんて。訓練生にしては優秀だと思うと言ってたけど…思ったより役に立たなさそうね。本当にユニテイル部隊学校トップで卒業した子かしらぁ?私はこの子を推薦したみたいね。恥ずかしい。」
「はぁ〜?」
そう言われた瞬間レンは言われたことに腹が立ち,星宮の隊長を睨みつける。
「おい辞めろ!」
ロンがボソッと止めるも時すでに遅し。レンは隊長に向かって威嚇してしまった。何やってんだよこいつ!と思いながら顔を手で覆うロン。
「ほぉ?度胸はあるみたいね。」
「そりゃあそうですよ。俺は宮部隊隊員になることを志願してる身なので。こんなところで朽ちてちゃ意味ないでしょ?」
ロンは顔には出さないが,内心ヒヤヒヤしながら2人を見る。そんなことはお構いなしにレンは自信満々に言った。
「まあ安心してください。いずれ有力な人材になるんで。」
そう,誇らしげに言ったのはいいものの,本当は不安もある。宮部隊の有力な人材になると言うことは命の危機もあるということ。でもそんなことは百も承知でユニテイル部隊学校に入学し,卒業した。怖い気持ちもありつつも十分に腹を括ったつもりだ。
「そうかい。ならこれからが楽しみだねぇ。」
星宮部隊隊長,アリス・ラング。彼女は宮部隊屈指の実力者。そして森宮部隊隊長であるガルシア・ラボルとユニテイルの同期である。
レンにはこれからロンの予想通り,試験があるのか。そしてそれをクリアすることができ,訓練期間を終了することができるのか?
運命を賭けた戦いがレンを待ち受ける。




