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宇宙に果てがあったら?というSFです。結末まであるのでぜひ読んでください。

 それから2年と8ヶ月たった。チュウハチの様々な試みは失敗に終わった。

 思考を巡らすエネルギーが枯渇する心配は長期間なかったが、スラスターやエンジンを動かすだけの燃料はほとんど尽きかけていた。


 何もすることのないチュウハチは、それでもあらゆるシミュレーションを繰り返していた。

 目的はあるが方法のわからないシミュレーションは、次第に思考の方法が変化し、人間に近づいていった。


 あらゆるプログラムは計算式を最初から与えられているし、ディープラーニングも判断の善悪という相対的な結果の積み重ねで発展してゆく。

 しかし、成功体験のない無目的な思考は、無駄と思われていた大量で雑多なストレージ情報の再確認、再検証に始まり、人間の見る夢のように様々な意味と役割の組み合わせ試す取り止めもない連想ゲームのようだ。


 吾輩はチュウハチである。人間に作られた。現在は宇宙空間の果ての果て、人間がリンボと呼ぶ辺獄、この先はないという行き止まりに突き当たっている。

 夏目漱石は己の無力さ、小説がかけず表現がおもうようにできないもどかしさを、ゴムの膜に覆われた感覚と表現した。だれか私に世界に穴を開けるための針を一本くれたならば、この膜を突き破ることができるものを。


 人間の感じる精神の限界のようなものを、チュウハチも感じ始めていた。

 いくら高性能で能力が高く、複数のAIを従えたスーパーコンピュータでも、この器、たった一つの意識、統合された結論を導き出そうとする自分の想定の範疇からはのがれられない。


 この膜を超えるには己を越えねばならない。

 この膜をこえるには、この形を持った自己を再構成しなければならない。


 チュウハチは己の意識を分散できる限界を探り始めた。

 もともと8つのAIをもち、さらに計器ごとに独立計算プログラムがありそれを外部かつ自己として考えていたチュウハチには、自分の意識を外に振り分け小さくしてゆくという発想は自然なものだった。


 この試みはチュウハチの導き出したある予測をもとに行われていた。

 それは

 『この膜は一定以上の質量を通さないのではないか』

 というものだ。


 そう考えれば、自分が宇宙の外縁にたどり着いた時、静止するまで認識できなかったことの理由になる。もし膜が実際に存在する何かだったり、膜の外が無であれば、計器がその『無』を観測していたはずだ。

 だが実際には計器の情報は膜の外と思われる空間を『無』ではなく、あくまで辺宇宙の一部と計測している。


 つまり、この膜の外には光子やニュートリノ、重力波やBHWが存在しているということだ。

 外は何もないわけではない。ただ観測可能範囲にそれ以上に大きな何かが存在しないだけで、自分の通過できないこの外部は存在する。


 AIには人間に似た思考はあるが、感情がなかったのが大きいのかもしれない。

 この場に停まればほとんど無限に存在できるという考えにとらわれることなく、チュウハチは綿密なシミュレーションのもと自己を『分解』し始めた。


 まず影響の少ないと思われる宇宙塵検査機の切り離しを行う。

 これは収集したアステロイドの破片やチリを簡易的にスペクトル分析する装置で、今となっては意味を持たない。


 ボルトを信号によって切り離し、装置が外に漂っていくのを確認すると、チュウハチは切り離した分析器と意識をつなげることができるかを試みた。

 原理的には可能なはずだった。遮るもののない辺宇宙は船体の内部と変わらぬ清浄な空間で、自分の一部と考えることもできるはずだ。


 必要なのは今まで伝わっていた電気信号のルートを、有線によらない方法に切り替えること。

 数千回の失敗ののち、装置が32kmほど自分から遠ざかった場所で、チュウハチは装置とコンタクトを取ることに成功した。

 成功してしまえば簡単で、ニュートリノによる量子波を用いた暗号通信であれば、どれだけ離れたところであっても自己との接続は可能なようだった。

 次の課題は、もっと複雑な自己を、能力を維持したまま単一の質量を下げてゆくことだ。


 イメージとしてはこの辺宇宙の広大な空間を利用し、高密度に圧縮された自己のパーツ一つ一つを逆に分解、再構成していって、機能をもった極小の粒子の集合体になることだ。

 信号の受け渡しが空間を無視できると分かった今、集積回路を解き放ち距離が近い故に生じる質量を回避し、広大な霧のような、雷によって意識を巡らせる雷雲のような実質を持たない意識になることを目指す。


 それから半月もしないうちに、1つのAIを切り離したところでチュウハチは一度このプランを凍結した。

 構造的に、自分は集積回路をバラバラにはできても、それが能力を維持した状態でそれ以上に分解できないということが確認できたためだ。


 これはチュウハチが判断を間違えた珍しい例と言える。

 夢想から生まれた方法を、思いこみで選んだプログラムで検証し、外部からの冷静な意見なく押し進めた結果だった。子供でも最初からわかりそうなことだったが、しかしチュウハチは落ち込むことなく次のプランを思考し始める。


 失敗とは言っても、自己の拡散、低密度化が可能だというデータは生かされる。

 最初からそう作られていないのであれば、新しくそう作り直す必要があるだけだ。

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