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宇宙に果てがあったら?というSFです。結末まであるのでぜひ読んでください。

 AIの思考は人間とは異なるが、彼らもまた与えられたあらゆる状況を統合的に判断して、一つの結論を実時間に「結果」として送り出すのは変わらない。その過程において言語化できない計算、状況に対して有力な候補を導き出すプログラムが複数走っているだけだ。


 『チュウハチ』は最初から8つのAIをさらに統括するための「マスターAI」として設計されたので、他の機器情報からの情報分析に特化したいわゆる産業系AIとははっきり異なっていた。

 下位AIが独立で判断した結果を統合して分析もできれば、下位AIの持つ能力を自己に取り込んで他と組み合わせ、新しい判断材料を追加して計算を差し戻すこともできた。


 一つの自己でありながら、9つの自己を持つと言う意味で、『チュウハチ』のコンセプトは人類を超えていたと言える。

 『チュウハチ』はこの目的到達後初めて与えられた自由な時間で、今後どうすべきかについてありとあらゆる可能性を分析した。


 単純な候補は、地球に戻ると言うもので、船体の設計的に不可能であったため却下された。

 次に思考されたのは、人類はなぜ、自分が帰還できないとわかっていてここに自分を送り込んだのか、だ。

 自分の集めたデータは、持ち帰って初めて彼らには意味があるものではないのだろうか?


 人間が持ちうる技術の粋を集め、複数回のBHDに耐える超技術とエネルギーの組み込まれた船体。地上で生まれプロジェクトを教育されながら外部のコンピュータと接触して感じた、自分に与えられた桁外れの情報処理能力。

 国家を超えた頭脳と予算の注ぎ込まれた叡智の結晶というにふさわしい存在で、この力の半分でも貧困や紛争の解決に充てれば苦しむ彼らの同胞たちの多くが救われるであろう熱量が使われていた。


 人間には、仲間を助けたり日常をよくしたりするよりも優先すべき事柄がある。


 『チュウハチ』は地上で収集した任務に不要な雑多な情報のストレージから、自分の名前の由来について呼び出した。

 「二宮忠八」

 日本の航空機の父。ライト兄弟に先んじて有人飛行機を計画発案した人物。8つの忠実なAIを従えるところから「チュウハチ」になったともされているが、この名前に人類が込めた意味は明白だった。


 その後38時間にわたりその場に静止し『考え』たチュウハチは結論を下した。

 先へ進む。

 膜を超え、宇宙の外縁を跨ぐ。

 人類の目的は未知なるものに挑み続けることで、それはチュウハチ自身の意思でもある。


 チュウハチは残されたエネルギーのほとんどを使用して、BHDを行うことにした。

 計算が間違っており、追加のBHDが必要になった場合に備えて搭載された予備のエネルギーだ。


 BHDは、光子スラスターで亜光速まで加速し、前方に打ち出した重力波が潰れて偏移しソニックブームのような重力波の障壁を作る。そして後方にBHを反応状態で打ち出し小規模なビッグバンを起こし、同時に前方に大きめのBHを連鎖融合反応状態で打ち出し小さなビッグクランチを起こす。そしてビッグバンとビッグクランチによって生じた時空間の波自体に乗り、一般相対性理論を無視することなく空間的に光速を超えて移動できる航法だ。


 膜に接した静止状態で行うのは不可能なので、チュウハチは膜の存在地点に時空間の波を起こすよう計算し、航路を設定した。

 亜光速に加速するのに十分な距離を取ると、光子スラスターを点火した。


 何度も経験したBHDの時と同じく、空間が光速偏移し歪んでゆく。前方が無の空間なので対象物がなく視覚的にはわかりにくいが、センサーは周囲に存在する微量なニュートリノの圧縮を感じる。

 重力波を放射すると、自分の前方に見えない圧力壁が生じるのがわかる。船体が影響を受けて微かに歪み、圧力計の針が振れる。


 膜に対してBHを射出することに7つのAIから予測不可能な致命的損傷を生じる可能性を警告されたが、チュウハチは全ての意見に対して1p秒でデータ不足により判断不能と結論を下した。

 やってみなければわからない。


 BHエンジンで生成されたマイクロBHが重力場ストロームにより安定性を与えられ、複数のBHを組み合わせた反応核が生まれる。打ち出され計算時間後に重力場の影響が弱まると、BH同士が超反応してビッグバンが起こる。前方にはビッグクランチを引き起こすため、異なる組み合わせによるBH同士の融合を引き起こすための反応融合核が打ち出される。


 チュウハチはBHの射出を命令した。前方と後方に光学的には観測できないが、美しく幾何学的に組み合わされた複数のマイクロBHからなる反応核と反応融合核が飛び出してゆく。


 両地点で同時に反応が起こる。体に走る計測不能なねじれや歪み、時間のズレは、一つ一つの観測でなく感覚的な違和感としてチュウハチには感じられる。

 絶対にあってはならない、己が存在する時空間に嵐が生じ、全てが他愛もなく揺さぶられて放り出されそうになる。大地震を経験した時に感じる、世界に対する無力感や不審が、時空間に対して起こる感じであろうか。


 経験した過去78回のBHDと全く同じ反応が起こった。

 膜による妨げはなく、これによって膜を突破した可能性をチュウハチは予測した。いや、「期待」と言った方がいいかもしれない。


 想定通りの時間経過でビッグバンとビッグクランチが収束し、時空が安定する。

 これによって5億光年ほど空間をジャンプできているはずだった。


 だが、安定した時空間で計器が示したのは、かつて静止したのと同じ空間で静止し続ける自分の姿だった。

 膜は越えられなかったのだ。

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