9 おっさん、やらかす
焦げ臭いカルボナーラパスタができた。
テーブルをはさんで俺と向かい合って座っている菅沼は、いまにも泣き出しそうな顔をしている。
俺はパスタを口に運ぶ。ベーコンは焼きすぎてカリカリになっているし、チーズも焦げているし、ソースも蒸発してしまって炒り玉子になっていた。でも味はよかった。
「おいしい」と俺。
「嘘だァ」
「嘘じゃない。ほんとにおいしいよ。カルボナーラではなくなってるけど」
「うぅぅぅ」菅沼は口と眉毛を〝へ〟の字にしたままだ。「ごめんなさい。こんなはずじゃなかったのに」
「いやいや、ベーコンはカリカリしてて歯応えあるし、焦げたチーズもいい味だし、あと俺、スクランブルエッグ好きだし」
「うぅぅ。それってもうカルボナーラじゃない」
「ま、たしかにそれはそうか……」
「失敗しちゃったァ。やだァ。伊福部くん、もう一回チャンスください。つぎはうまくつくりますから」
「え」
「え」
——それってまたウチにきてご飯つくってくれるってことですか?
菅沼は、自分の口にした言葉の意味をいまやっと理解したようで、またまた顔を真っ赤にしている。可愛い。
「え、いいんですか」と俺。
「あ、はい」
腹が空いていたこともあって、菅沼お手製カルボナーラパスタ(失敗作)を、俺はペロリと平らげた。
「ごちそうさまです」
「伊福部くんって、なんでも美味しそうに食べてくれるんだね。こんな旦那さんなら奥さんになる人は幸せだろうな。お皿、洗っちゃうね」
菅沼が何気なく言った言葉が胸に刺さる。小さな子供に可愛い奥さん。あの夢が正夢になったならいいのに、と俺は素直に思った。
制服にエプロンという強属性の菅沼が、食器を洗っている後ろ姿を、俺はジィーッと眺める。
小刻みに揺れるスカートのひだが、臀部の丸みをかたちづくっていた。俺は透視能力を駆使して、菅沼のお尻を網膜に投影する。
ブラウス越しにブラジャーの線が見え、かすかにピンク色だとわかる。
——そういや、ここ四、五日抜いてなかったな。
と気づく。だからか、さっきからムラムラが止まらない。
そんなときだった。
「きゃッ」
菅沼の手元がすべり、洗剤の泡まみれのコップがつるんとシンクから逃げて、床に落ちてしまった。幸いコップは割れなかったが、床が水と泡で濡れてしまった。
「ごめんなさい」
「大丈夫大丈夫」
俺は床を拭こうと、ボックスティッシュをもって床に屈んだ。そこに、手伝おうとした菅沼もいっしょに屈んだ。床を拭くことだけに意識がいっている菅沼は、スカートの裾が無防備になっていた。屈んだ脚と脚の間からピンク色の下着が丸見えだった。
俺は、いけないと思いつつ、やっぱり凝視してしまう。ちょうどアソコの部分だ。布一枚はさんだ向こう側に菅沼のアレがあるのか、と考えただけで頭に血が上ってクラクラしてきた。
「キャッ!」
菅沼が短い悲鳴を上げた。俺は下着を盗み見していたことがバレたと思い、咄嗟に
「ごめん!」
と謝罪していた。しかし、
「伊福部くん、鼻血。すごい量だよ」
と菅沼が言う。
手の甲で拭うと赤い液体がついていた。ボタボタボタ、と血が床に落ちる。菅沼の言う通り、大量の鼻血だった。
菅沼が慌ててティッシュを俺の鼻に押しつけた。菅沼の左手が俺の肩の上に置かれている。はじめて菅沼に触れた(触れられた)。鼻血よりもそちらの方が気になってしまう。
「大丈夫。自分で押さえるよ。菅沼さんの手が汚れちゃうから」
そう言っても、菅沼は手を離さない。
身体的な若さのせいだろうか、性衝動も鼻血も、なかなかおさまらなかった。自分でも知らないうちに理性の防波堤が決壊し、気づいたときには、俺は菅沼を床に押し倒していたのだった。
俺は、菅沼に抱きつき、無我夢中で菅沼の体をまさぐった。
「や、めて、伊福部くん」
菅沼は両腕を胸の前で組んで必死に抵抗している。俺は菅沼の腕を力づくで剥がし押さえつけると、菅沼の胸を鷲掴みした。
「痛いッ」菅沼が小さく叫ぶ。
ブラジャー越しだが、菅沼の大きな乳房の弾力を感じる。
俺は、右手をスカートのなかに入れる。しかし、菅沼の大事な部分は固く閉じられた太腿に守られて、なかなかこじ開けることができなかった。俺はムキになって股の間に無理矢理右手を捻じこもうとする。
そのときだった。
「う……うう……」
弱々しくか細い嗚咽がきこえた。菅沼が泣いていた。
その涙に理性を取り戻した俺は、自分がしてしまったことに戦慄していた。
——俺はなんてことを……とんでもないことをしてしまった……とりかえしがつかない……
俺は力なく体を離した。
菅沼は両手で顔を覆い、泣きつづけていた。
俺にはかける言葉もなかった。
コンコン——
玄関のドアをノックする音がした。
まるでそれが合図だったかのように菅沼は飛び起きると、エプロンをしたまま自分の鞄だけもって玄関の方へ駆けていった。
菅沼が玄関のドアを開ける。外に五十嵐果帆が立っていた。
「あの、クラスメイトの五十嵐と言い——あれ、菅沼さん?」
五十嵐はすぐに菅沼の異変——涙に濡れた顔、乱れた髪と制服、そして頬についた血(俺の鼻血)——に気がつき、只事ではないことを察した。
「菅沼さん、どうしたの!」
と問い詰める五十嵐を、菅沼は押しのけて外に出た。そして、そのまま走り去ってしまった。
五十嵐は床に座る俺に視線を向けた。俺は目を逸らす。五十嵐の手にはスーパーの袋があった。
「伊福部くん、菅沼さんになにしたの」
「……」
俺は勃起した股間を五十嵐に晒していた。しかも最悪なことに、俺は射精してズボンを濡らしていた。
五十嵐は軽蔑の眼差しで俺を見下ろす。
「……最低」
そう言うと五十嵐は、玄関のドアを乱暴に閉めた。




