4 おっさん、おなじ轍を踏む
ああ、つぎの風紀委員の活動がたのしみだなあ、なんて思いながら生きていたら、いつのまにか二週間が過ぎていた。そのあいだに中間試験が終わり、結果も返されたのだが、そこで一大事件が起きていた。その事件とは、俺の成績が急激に上昇し、なんと学年トップ30入りをはたしたことだ(拍手)!
廊下に五教科合計得点上位三十名の名前が張り出された。一番下、三十番目に俺の名前がある。それを見て俺はひとり、ほくほくした気分になっていた。三十番目の名前がだれかなんて気にしているのは、俺くらいしかいないだろうけど——と思っていたところに、
「やるじゃん」
といって後ろから肩を叩かれた。振り返ると、五十嵐が立っていた。
「お、おう。まあまあだな」
五十嵐とはじめて図書館で会ってから、俺はほぼ毎日図書館に行っていたのだが、五十嵐と会えたのは二回ほどだった。それも儀礼的なあいさつを交わすだけで、とくに五十嵐と仲が深まるとかいうことはなかった——いや、俺はべつに仲を深めたいとか思ってねえし。
五十嵐は、俺の肩に手をおいたまま言った。
「わたしが図書館に行けないときも君はがんばってたんだね。すごいよ。わたし、そういう人、かっこいいと思うよ」
こいつ——最初図書館で馴れ馴れしく話しかけてきたと思ったら、それ以降は顔をあわせてもよそよそしいもんだから、こっちは〝なんだ、俺のひとりよがりか。恥ずッ。反省しよ〟と思っているところにこのボディータッチだ! 人を手玉にとりやがって!
「でもね、見て。わたし、ココ」
と言って指さしたのは上から八番目の場所にあった〈五十嵐果帆〉という名前だった。
五十嵐は顎を挙げて、増長した表情をつくると、
「君もまだまだだねェ」
と人を煽ってきた。
俺がなにも言えず苦々しい顔をしていると、にやにやと人を小馬鹿にした笑顔のまま、五十嵐果帆は去っていった。
——なんなんだよ、あの女!
そう心のなかで吠えながらも、反面、からかわれて喜んでいる俺もいる。振り回されて楽しい、と思っている俺がいる。悔しいが完敗だ。俺は、五十嵐果帆にすでに飼い馴らされている。彼女には一生かかっても敵わないだろう。
× × ×
この日、もうひとつの事件があった。いや、事件というほど大袈裟ではないが、皆川が俺に伊藤嘉男を紹介してきたのだ。
伊藤嘉男とは、だれか?
これはなかなか深い問いである。まずひとつに、伊藤は柔道部に所属していて、黒帯で、部のなかでもトップ4にはいる実力のもちぬしだ。だが、ウチの柔道部自体が弱小なので、全国大会とかは縁がない。
そして、彼のもうひとつの評価が、〈奇人〉または、〈変人〉だということだ。とにかく奇行が目立つ。とくに語り草なのは体育祭での奇行だ。
事件は部活対抗障害物リレーのときに起きた。
トップランナーの伊藤がスタートラインにつく。いまのところ不穏なところはない。スターターピストルのパンッという乾いた音と同時に、各走者が前に飛び出す。だが、伊藤だけ逆方向にうしろ向きで走るという〝ベタなボケ〟をかましたのである。会場の受けはよかったが、柔道部員たちからはツッコミではない本気の張り手を数発もらっていた。伊藤が遅れてスタートする。
そこで常人なら懲りるところだが、そうならないのが伊藤嘉男である。そして彼が「奇人」といわれる所以でもある。
〈袋飛び〉のところに置かれていた麻袋を、伊藤は頭からかぶり、「暗いよー! こわいよー!」と叫びながら会場内をふらふらと彷徨ったのだ。会場は馬鹿受けする者(たいてい男子)とドン引きする者(たいてい女子)の半々だった。
すると、運営担当の教師と柔道部顧問が飛んできて、伊藤の胸ぐらを掴むと裏へとつれてってしまったのだ。後日きいた話では、顧問から「退部届を出せ!」と激怒され、いっしょにいた運営担当の教師がなんとか宥める、といった地獄がくり広げられていたらしい。
そんな奇人の伊藤嘉男が、なぜ俺のところにきたのか。つれてきた皆川と伊藤はおなじクラスだった。皆川は音楽好きであり、それで伊藤と意気投合したらしい。
「亮平。お前、セックス・ピストルズ好きだったよね。イヨピーもピストルズが好きなんだってよ」
イヨピーとは伊藤のあだ名らしく、「イトウ」のイと「ヨシオ」のヨをくっつけて、ケツにピーをつけたらしい。よくわからん。
そう。俺がはじめてバンドを組んだのが、このイヨピーだった。柔道部のくせになぜかパンクロックが好きで、なぜかドラムの練習をしている奇人変人・伊藤嘉男。こいつとふたりで組んだバンドで文化祭のライブに出たっけ。
しかし、俺は今回の人生では音楽の道は目指さないと決めたのだ。二度と人生を棒にふりたくないからな。ここは挨拶程度にして、イヨピーには悪いが、ヤツとは距離をおこうと思う——
——メチャクチャ盛り上がってしまった。イヨピー、皆川、俺の三人でのロックミュージック・トークはメチャクチャたのしすぎた。そして夢を語り合ってしまった。皆川は音楽ライターを目指すらしい。そして俺とイヨピーのバンド——いつのまにか勝手に結成されている——の記事を書くのだそうだ。俺たちは高二らしく熱い未来を語ってしまった。
マズいッ! これは非常にマズい。別の世界線に乗っかる予定だったのに、前回と変わらない世界線に引き戻されてしまう。これが〝運命の収束〟というやつか……
でもまあ、イヨピーとのバンド活動はたのしい思い出ばかりだったので、趣味程度にやるくらいならまあ問題ないでしょ、という軽い気持ちでイヨピーとのバンド練習をはじめることとなったのだった。
「イヨピーはドラムの練習はどうやってんの」という俺の問いに伊藤は、
「漫画雑誌をならべて叩いてる」
と言っていた。
というわけで、はじめての貸しスタジオでの練習が、実質はじめてのドラム演奏だったわけだ。当然下手だったが、8ビートのリズムパターンや、かんたんなフィルインはできていたので(前回の人生でも)驚いたのをおぼえている。
そしてなによりも、音がきたなくてうるさかった。耳がキーンとなるほどドカドカうるさいパンクロック・ドラムだった。これは褒め言葉である。
ふたりでセックス・ピストルズの曲を何曲かやって、二時間の練習を終えた。
伊藤はお肌がツルツルになるほど満たされて、
「つぎもいっしょにやってくれ」
と、たのまれた。
まあ嗜む程度なら大丈夫でしょ、と俺はOKしてしまった。
さて、この選択がのちに吉と出るか、凶と出るか——




