3 おっさん、ラッキースケベにラッキーする
「伊福部くん、なんで帰ろうとしてるの」
生徒会委員の真面目女子、真鍋に呼び止められた。
「え、なんでって授業終わったから」
「伊福部くん、風紀委員でしょ」
「一応。でも俺が学校休んだ日に勝手に決められたんだけどな」
「でも風紀委員でしょ。風紀委員はいまつかわなくなった部室の整理をやってるんだよ。知ってる?」
「いや」
「いま見たら菅沼さんがひとりで片付けやってたよ。おなじ風紀委員なんだから伊福部くんもやってあげなよ、菅沼さん、かわいそうでしょ」
そんなこんなで西校舎にある競技かるた部だった部屋にむかった。
「菅沼さん、ごめんね。部室の片付けがあるなんて知らなくてさ」
そこにいたのは一五〇センチあるかないかくらいの小柄な女子だった。身長だけじゃなく顔も童顔なので、小学生といわれたら信じてしまうだろう。菅沼とは、たしか一年のときもおなじクラスだったな。
それから一時間、俺と菅沼は無言で片付けをつづけた。
「ふう。だいぶ片付いたな。菅沼さん、いったん休憩しない?」
「うん、そうだね」
「俺、飲みもん買ってくるよ。菅沼さん、なにがいい?」
「え……えっと、じゃあリンゴジュースで。あ、お金」
「いいよいいよ」
俺は購買部で五〇〇ミリリットルパックのリンゴジュースとコーヒー牛乳を買って、部室にもどった。
「お金、払うよ」
「いいって。遅刻した慰謝料なんだから」
「え、じゃあ、もらうね。いただきます」
遠くに部活動——サッカー部?——の声がきこえる部室でふたりっきり、俺と菅沼はそれぞれの飲み物を飲んだ。俺はふと、菅沼の左胸につけてあるネームプレートを見た。そこには『菅沼 美空』と書かれてあった。
「菅沼さんの下の名前、〝みそら〟っていうの?」
俺が訊くと菅沼は、
「ううん。これで〝みく〟って読むの」
と言った。
「へえ、〝みく〟……かわいい名前だなあ」
俺は、でっかい独り言のように、何気ない感想をつたえた。
「え……あ、ありがとう」
菅沼は、ショートボブの髪の毛のあいだからちょっとだけ出ている耳の先まで真っ赤になっていた。
「なんだよ、菅沼さん。顔真っ赤だよ、ハハ」
「え、なんか、熱い……」
コーヒー牛乳を飲み干した俺は、
「さあてと、つづきやっちゃおうか」
と言って立ち上がった。
菅沼は、まだ半分ほど残っていたリンゴジュースを、机の上においた。
「あそこの本棚の上の荷物を下ろそうか。菅沼さん悪いけど、この脚立おさえといてくれる。これガタついてるからさ」
「うん、わかった」
菅沼は仔犬のような従順さで脚立をおさえてくれた。棚の上の段ボールをもって脚立を下りようと、下を見たときだった。菅沼の制服の胸元のすきまから、立派な谷間が見えたのだ!
俺が心のなかで、「ラッキースケベラッキー」とつぶやいたことは言うまでもない。
それにしても——デカいッ!
谷間を形成する両側の丸みが、その立体感が、肌のテカり具合が、もうそりゃあ尋常じゃなかったッス。
俺は、俺のなかの劣情を菅沼に見透かされないように平静をよそおいながら——前屈みになった。
その後もなんとか気づかれずに片付けを終わらせることができてほっとした俺と、飲みかけのリンゴジュースのパックをもった菅沼は、帰る方向は逆だったが駅がおなじだったので、最寄り駅までいっしょに歩いた。
菅沼は、「もうすぐ文化祭だね、うちのクラスはなにやるんだろう」とか話していたが俺は上の空であり、それは、横目で菅沼の菅沼をチラチラと確認する作業に忙しかったからであった。童顔低身長なのにおっぱいだけデカいとかけしからんすぎるだろ、と俺は怒りさえ覚えた。菅沼はすこし大きめの制服をダボッと着ていたので、世の〝おっぱい警察〟たちの目を欺き、偽ってきたのだ。まっこと、けしからんき!
「伊福部くんに、『下の名前〝みそら〟っていうの』って訊かれたの二回目なんだよ、じつは」と菅沼が言った。
「え、そうなの」
「うん、おぼえてないでしょ。一年生のときに訊かれたの。それで今日みたく『〝みく〟って読むの』ってわたし答えたの」
「で、俺はなんか言ってた」
「今日とおなじこと言ってくれたよ。『かわいい名前』って」
そういうと菅沼はまた耳まで真っ赤になるほど赤面していた。
えええええ! 名前だけじゃなくて、もう全部がかわいいッスよおおお! ——と俺が身悶えしたことは言うまでもない。




