第76話 公爵家の姉妹
オステンブルク公爵家の庭園は、今がさかりの薔薇であふれていた。
大ぶりの薔薇はどれも華やかな花びらがぎっしりと詰まり、くっきりとした濃い色合いを誇っている。葉も茎もみずみずしく、棘さえ美しく光っていた。鮮やかに咲き乱れた花弁から、甘い香りがただよって訪問者を出迎えている。
広い緑園に設けられた白いパラソルの下。
うららかな初夏の木洩れ日を浴びながらのお茶会の席で。
アレクシアは到着するや否や、左右からがっちりと腕をホールドされていた。
「お姉さま!」
「アレクシアお姉さま!」
同じ顔と同じ声で飛びついてくるのは、オステンブルク公爵家の双子の姉妹だった。
同じ色の瞳を輝かせ、そっくりな手を伸ばして、双子は左右からアレクシアをゆさゆさと揺する。
「お姉さまは私のとなりに座って!」
「私のとなりにも! お願い、お姉さま!」
せがまれるままに、アレクシアは双子の間の席に座った。
姉はクリスティーナ、妹はクリスティーネ。
ただでさえよく似た外見の双子が、誤差のようなよく似た名前をしているのは、二人の両親もよく似た名であることが由来である。
「ははは。アレクシアは人気者だなぁ」
はしゃぐ娘たちを鷹揚に見守っているのは、シュテファン・ルドルフ・オステンブルク。オステンブルク公爵家の現当主で、アレクシアにとっては母方の叔父だ。
「もう、ティーナもティーネも落ち着きなさい。アレクシア様を困らせてはだめよ」
娘たちをたしなめているのは公爵夫人のシュテファニー。シュテファンの妻で、三人の子を持つ母である。
夫がシュテファンで、妻がシュテファニー。この名前の相似は二人の最初の会話を生んだ。
かつて王宮で開かれた建国記念パーティーの席上で出会った二人は、お互いの名前をきっかけに話がはずみ、意気投合して結婚に至ったのだ。
シュテファンとシュテファニーのオステンブルク公爵夫妻は、名前だけでなく気性も似ている。
二人とも温和で子煩悩で、双子の娘たちがいとこのアレクシアになついてお姉さまお姉さまと慕うのを、にこにこと微笑ましそうにながめていた。
「ほら、クリストフもごあいさつなさい。ずっと今日を楽しみにしていたでしょう?」
促された少年が、恥ずかしそうに公爵夫人の影に隠れる。
盛り上がる姉たちとは対照的に人見知りしているのは、クリストフ・シュテファン・オステンブルク。公爵家の長男で、未来のオステンブルク公爵である。
長女がクリスティーナ、次女がクリスティーネ。長男がクリストフ。
もうまぎらわしいという感想しかないが、似た名前が縁で結ばれた両親が、好んで似た名前を子どもたちに付けたのだから致し方ない。
「アレクシアお姉さま、どのお菓子がお好き? ティーナが取ってあげる!」
「このお茶、ティーネが選んだの。お姉さま、一緒に飲みましょう!」
「ありがとう。クリスティーナ、クリスティーネ」
アレクシアが微笑むと、双子はさらに舞い上がってきゃあきゃあとはしゃいだ。
クリスティーナとクリスティーネは公爵令嬢。アレクシアよりも序列は上である。いとことはいえ、本来は気軽に呼び捨てにできる相手ではない。
しかし、オステンブルク公爵令嬢、とでも呼ぼうものなら、双子から怒涛のようなクレームを浴びることになるのだ。
「そんな水くさい呼び方、いや!」
「お姉さまは、リュディガーお兄さまのことは呼び捨てにしてるでしょう?」
確かにアレクシアは王子であるリュディガーのことは呼び捨てにしている。リュディガーとアレクシアは年が近く、双子が生まれるまでは互いに母方で唯一のいとこだったのだ。
なので、そうだと認めると「だったら、私たちのことも名前で呼んで!」と口をそろえて論破されてしまった。
クリスティーナとクリスティーネは以前からアレクシアを慕ってくれていたが、特に加速したのは数年前、アレクシアが王都の東側に位置するオステンブルク公爵家の領地に滞在した時からだった。
たまたま領内では、馬上槍試合の大会が開催されており、なりゆきでアレクシアも出場することになった。
鎧を着た騎士が馬を駆り、槍で戦う馬上槍試合は、国内外で非常に人気のあるイベントである。
もっと気性の荒々しい地域では複数人での乱戦形式も行われているが、穏やかな家風で知られるオステンブルク公爵家の直轄地で催されているのは、一対一のトーナメント形式だった。
幼いクリスティーナとクリスティーネは最初のうちは集中力も続かず退屈そうにしていたのだが、アレクシアが鮮やかに勝ち上がっていくのを見て、みるみるうちに前のめりで観戦しはじめた。
槍は剣よりもずっと長くて重いが、アレクシアはそれを軽々と使いこなしつつ、巧みな手綱さばきで馬を操った。
対峙した敵はみんな一撃で突かれて落馬したが、もしも試合用に先端を削いだ槍でなければ、鋭い刃先は相手の鎧を貫通していたことだろう。
迎えた決勝戦。アレクシアがそれまでと同様、一切土が付くことなく完勝して優勝を決めた瞬間。
双子は興奮と熱狂のあまり抱き合って叫び、両親にたしなめられても収まらなかった。
もっとも、双子の令嬢たちのふるまいが無作法ととられることはなかった。
なぜなら、いったいどんなゴツい怪力無双の益荒男が優勝を飾ったのか……と注目が集まる中、おもむろに兜を脱いで現れたのはアレクシアだったからである。
集まった観衆たちはクリスティーナとクリスティーネ以上に驚愕し、瞠目し、絶叫して双子の声をかき消してくれた。
公爵夫人のシュテファニーまで目がハートになる横で、当主のシュテファンは亡くなった二番目の姉を思い出しながら涙ぐんでいた。
「すごい! 本当にすごいよアレクシア! ルイーゼ姉上は武芸なんてからきしだったのになぁ……。リートベルクの血だなぁ……!」
しかしながら、シュテファンが感動と感傷にひたれたのはそこまでだった。
「オステンブルク公爵様!」
「あの優勝した女騎士は公爵様のお知り合いですか!?」
「ぜひともご紹介いただきたい! お願いいたします公爵様!」
「どうか我が騎士団に入団するよう口利きを!」
「いやいや我が部隊にこそ何とぞ──」
大会終了と同時にシュテファンは各方面から怒涛のごとく押しかけられ、十重二十重に詰め寄られる事態になったからだ。
あいまいに濁しているうちは誰も引き下がらず、実は姪でリートベルク辺境伯の令嬢である──と打ち明けるまで、解放されることはなかったという。
とにかくその大会での活躍はクリスティーナとクリスティーネの目の色だけでなく、価値観まで変えてしまった。
双子は今年で十三歳。名家の子女として、家格の釣り合う相手と婚約してもおかしくはない年頃だ。
しかしどんな名家の令息と顔合わせの機会をもうけても、さりげないお見合いの席を仕組んでも、双子の意見はこうである。
「いやよ。わたし、結婚なんかしない!」
「わたしも! だってアレクシアお姉さまよりもかっこいい男の人なんていないもの!」
男よりも男らしい従姉に憧れる双子は、同年代の令息には見向きもしなくなってしまったのだ。
そんな娘たちに対して、父親であるシュテファンの感想はこうだ。
「ははは、ティーナもティーネも結婚せずずっと家にいてくれるのかぁ。嬉しいなぁ」
危機感がまるでない。むしろご満悦である。
長姉のエリーゼと次姉のルイーゼにこよなく可愛がられ、末っ子としてのほほんと育ったシュテファンは、公爵家の家督を継いでもなお、おっとりとした能天……のんびりとした性格だった。




