表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【受賞・書籍化】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚れする  作者: 朝森さな
【本編】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚する

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/178

第66話 男爵邸での晩餐

 ヴァルテン家のダイニングホールには、緻密な手織りの絨毯が一面に敷き詰められている。


 真珠色の壁が一点のしみもなく、上品な光沢を放っていた。随所に置かれたアンティークの調度品は、どれも選りすぐりの一流品ばかり。


 高い天井から下がるシャンデリアは、先ほど王宮で見たものに大きさこそ劣るが、質や素材には遜色がない。ヴァルテン一族の財力を誇るかのようにきらびやかに輝いて、格調高いホ―ルを隅々まで照らし出していた。


「……」


 ルカは緊張した面持ちを崩せずにいた。


 二十年近くもこの屋敷に暮らしていたのに、ルカはほとんどこのメインホールで食事をしたことがない。


 祖母が存命だった子供のころは同席することが許されていたが、祖母が亡くなってからは締め出されるようになり、ずっと別館で使用人たちと一緒に食事を摂っていた。


 ルカの椅子はとうに撤去されて久しく、今となってはどの席についたらいいのかもわからない。


 最後にこのホールに足を踏み入れたのは、まだ十歳になる前の冬だった。


 真夜中に突然ヘルミーネに呼びつけられ、意味もわからず一方的に問い詰められ、燃えさかる暖炉の火かき棒を押し当てられた──あの時以来だ。


 今は季節柄使われていないが、暖炉は当時のままホールの片隅にある。


 胸に残る火傷の痕がじくじくと膿むように痛んで、ルカはひそかに脂汗を滲ませた。


「ルカ。私のとなりに」

「はい」


 アレクシアが軽くふりかえり、ルカに笑んだ。彼女が案内されたのは、当主であるアウグストの正面にあたる席だ。


(……心強い……)


 アレクシアの落ち着いた顔を見るだけで、古傷に疼いてたルカの胸が、穏やかに凪いでいく。


 ただ彼女の声を聴くだけで、ざわめきに囚われていた心が澄んでいく。


 火傷の痛みよりももっと強くて優しいものが、胸をいっぱいに満たして、あたためてくれる。


 ルカは温もる心臓を押さえながら、彼女のとなりの席についた。


(厨房のみんなは大丈夫かな……?)


 急に無茶な要望を押しつけられた料理人たちは、今ごろ蜂の巣をつついたように忙しくしていることだろう。できることなら手伝いに行きたいが、今はそうもいかない。


 やがてルカ以上に緊張しきった様子の給仕が、固くはりつめた顔で食前酒を運んできた。


 続けて提供されたのは、削った氷の皿の上に乗せたエスカルゴ(シュネッケン)の前菜。きのこの中でも最高級のポルチーニ茸(シュタインピルツ)のクリームスープ。丸い銀の蓋をかぶせてサーブされたメインディッシュは、香ばしくローストした仔牛のフィレ。


 品数は多くないが、可能な限りの総力を結集して作られたことが感じられる料理ばかりだった。


 添えられたハーブの一枚、飾られた付け合わせの一つ、皿に垂らしたソースの一滴までもが完璧だ。


 細心の注意を払って盛りつけられた一皿に、ヴァルテン家の料理人たちの尽力が伝わってくる。


(ヨハンたちが頑張ってくれたんだろうな……さすがの腕だ……)

  

 料理長のヨハンの顔が浮かんで、ルカはかすかに頬をゆるめた。


 このダイニングホールで食事をすることさえ十数年ぶりのルカは、当然ながらこの席でヨハンの料理を堪能するのも初めてだった。


 ちらりと正面のヘルミーネを見ると、忌々しくて仕方がないと言った形相でルカを睨みつけている。


 アレクシアはともかく、ルカまで歓待したくはないのがヘルミーネの本音だろう。本心では、同じ卓についていることさえ耐えられないほど苦痛らしい。


 さすがに口に出すことはしないが、ルカを見下す目つきには明らかな憎しみがこもり、瞳の奥にはめらめらと怒りが燃えさかっている。


「さすがはヴァルテン家。立派な邸宅ですね」


 アレクシアが褒め、ヘルミーネの意識がそちらに向いた。


「料理も素晴らしい。一流の料理人を抱えておられるのですね」

「ほほ……恐縮ですわ」


 尖らせていた険しい目つきをころっと和らげて、ヘルミーネは愛想笑いを浮かべた。


 アレクシアはさすがに上位貴族の令嬢だけあって、テーブルマナーも完璧だ。乳母のブリギッタに幼い頃から厳しく仕込まれた成果らしい。ダンスや刺繍の才能はなかったものの、礼儀作法はしっかりと身に付いている。


 アレクシアは隙のない美しい所作でカトラリーを使いこなしながら、そつなく料理人たちの腕前を称えた。


 貴族らしく中身のない、遠回しな会話が奏でられる端々で、ヘルミーネはしきりにマティアスのことを探ってきた。


 息子のしでかした不祥事を本当に表ざたにはしないか──とくりかえし尋ね、何とかしてアレクシアから他言無用の言質を取ろうと躍起になってる。


「……マティアスは子供の頃から本当に優秀でして、歴代の家庭教師もみんなあの子は天才だと褒め称えていて……」


 謝罪のために招いたはずなのに、ヘルミーネの話はいつのまにか、マティアスがいかに才色兼備な貴公子であるかという自画自賛に変わっていた。


 アウグストが顔を青くしていさめても止まることなく、聞かれてもいない自分と息子の自慢話がぺらぺらと語られる。独演会状態だ。

 

「ですから、今回の件はきっと何かの行き違いがあってのことなのですわ。あの子は決して間違いなど起こすような子では……」


 ──どうか今日のところは穏便に済ませてほしい、決して公にはしないでほしい──と焦った様子で主張するヘルミーネを、アレクシアは静かに見下ろしていた。


 自慢話を聞きに来たのではないと一刀両断することも、王宮で二度も騒ぎを起こしたマティアスを本当に天才だと思っているなら親馬鹿が過ぎると一喝することもできたが、あえて泳がせている。


 敵を知れば百戦危うからず、だ。


 せっかく男爵邸にまで来たのから、この男爵夫人の人間性はこの機によくよく見極めておかなくては──と、アレクシアは肯定も否定もすることなく、彼女の好きに発言させていた。


「これじゃないわ! あのワインを出すように言ったでしょう! もたもたしないで!」

 

 ヘルミーネは小声で給仕を叱ると、最高級のワイン(クヴァリテーツワイン)を開栓させ、透明なクリスタルのグラスになみなみと注がせた。


 貴族でも日常では手頃なテーブルワイン(ターフェルワイン)を楽しむことが多いのに、わざわざ目玉が飛び出るような価格のものをセラーから出させるあたり、並々ならぬ気合が伝わってくる。


「あの、リートベルク辺境伯令嬢。領地を遠く離れて王都にいらしたのですから、手元不如意(ふにょい)ではないかしら?」


 ヘルミーネは口止めのために何とか袖の下をにぎらせたい様子で、懐が寂しくはないかといったことを直截に尋ねてきたが、アレクシアはあたりさわりのない返事をさらっと返すだけで、ヘルミーネの得たい約諾はかわすことなく受け流していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ