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【受賞・書籍化】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚れする  作者: 朝森さな
【本編】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚する

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第57話 ダンス

 コンダクターがタクトを振った。


 管弦楽団が楽器を奏で始め、雅やかなメロディーが流れ出す。


 優美な音楽に乗せて、ルカとアレクシアも舞い始めた。

 

 実を言うと、余り正確なステップではない。付け焼き刃の練習では、ダンスを完全に習得するまでには至らなかった。


 しかしアレクシアはダンスの心得は乏しくても、運動神経ならずば抜けている。


 伸びやかな長身と、秀でたスタイルと、俊敏な動作。


 これだけそろえば、ただ音楽に合わせて動いているだけで優美に映る。


 ──とにかく堂々としていましょう、と提案したのはルカだった。


 ステップやターンを間違えようが、フィガーやロンデを誤ろうが、一切あわてず騒がずうろたえず、あたかも完璧に踊っているかのように振る舞えばいい。


 堂々としていれば人は案外、細かいミスなどには気がつかないものだ。


 予想は正しかった。周囲の貴族たちはステップの正確さなど気にも留めず、踊る二人を見つめてひそひそとささやき合った。


「まぁ……素敵……!」 

「なんて美しいお二人なのかしら……」

「令嬢だけじゃないわ。令息のエスコートも完璧よ……」


 血気盛んな貴族の若者は自己顕示欲が強く、パートナーの女性を引き立てることよりも、自分が目立つことに躍起になる傾向がある。舞台が王族も臨席するパーティーならばなおさらだ。


 その点、ルカには自分が目立ちたいという欲が皆無だ。徹頭徹尾アレクシアの添え物であろうと努め、彼女の引き立て役になれるなら本望、と本気で思っている。


 そうした謙虚な姿勢は一挙手一投足ににじみ出るもの。滅私してアレクシアを立てようと尽くすルカのエスコートは、周囲にはむしろ非常に紳士的な態度に映っていた。


「お二人とも呼吸がぴったりと合っていらして……素晴らしいわね……」


 ため息まじりに称賛されたが、呼吸はルカがアレクシアに合わせているのである。


 もちろん何の苦もない。彼女に合わせるなどただのご褒美だ。むしろ積極的に合わせていきたい。


 楽団の演奏が終わり、コンダクターが観衆に一礼すると、万雷の拍手がダンスホールを埋め尽くした。


「上手です……だよ、アレクシア」

「ルカのおかげだ」


 無事に踊り終えて安堵の息をついた二人は、周囲に聞こえないように小声でささやきあった。


「ルカがリードしてくれて助かった。もう他の者をパートナーにはできないな」

「えっ……!」


 さらりと嬉しいことを言われてしまった。


 ルカは舞い上がりそうになる胸を懸命に落ち着かせる。


 そんな二人の前に、満開に咲いた花のような愛らしいフューシャピンクのドレスがふわりと広がった。ナターリアだ。


「ごきげんよう、リートベルク辺境伯令嬢」


 ナターリアは親しげにルカの腕に触れると、アレクシアから強引に引き離した。


「クレーフェ伯爵令嬢? あの、放し……」


 ルカはさりげなく振り払おうとしたが、なぜかナターリアはしっかりと腕をつかんでいて放してくれない。


 人目もある中で手荒な真似はできなくて、ルカは困惑する。


「久しぶりね。ルカ」


 ナターリアは思わせぶりにルカをじっと見つめてから、もう一度アレクシアに向かって微笑んだ。


「リートベルク嬢。辺境の地から遠路はるばる来られたのですから、お疲れでしょう?」


 言葉こそいたわっているが、どこか棘のある物言いだった。


(クレーフェ伯爵令嬢? ということはルカの……?)


 聞き覚えのある名前から、アレクシアは目の前の令嬢がルカの元婚約者であると察する。


 しかし彼女からは、初対面にも関わらずアレクシアを敵視するような、穏やかでないものを感じる。


 ルカとの婚約破棄を申し出たのはクレーフェ伯爵令嬢の側からだったはず。なぜアレクシアに対して牽制するような態度を取るのだろう?


「とても素敵なドレスですのね。辺境伯令嬢は背が高くていらっしゃるから、よくお似合いで羨ましいですわ。私はこの通り小柄できゃしゃなので、大人っぽいデザインが似合わなくて……」


 ね、とナターリアは作った笑顔を崩さないままルカを見上げて、さらに彼のとなりにぴったりと寄り添った。


「辺境伯令嬢はルカとほとんど身長が変わらないのですね。ほら、私の方が並んだ時にバランスがいいみたい」

 

 無邪気を装って牽制し続けるナターリアに、これはもしや優位性の誇示(マウンティング)というやつなのだろうか──とアレクシアはむしろ新鮮な心地がする。


 王宮は権謀術数うずまく魔窟だとは聞いていたが、初っ端からこれとは先が思いやられる。


「そうそう。ご存知ないと思いますが、お食事も用意がありましてよ」


 いかにも、こうしたパーティーに不慣れな田舎者に親切に教えてやっている──と言いたげな先輩風を吹かせながら、ナターリアは壁に沿ってずらりと並ぶ銀のチェーフィング・ディッシュを示した。


 きらめく銀食器の中には、趣向を凝らした豪勢な宮廷料理が、彩りも鮮やかに提供されている。


「でも、都会の味はお口に合わないかしら? ごめんなさい、私ったら。王都しか知らないもので、遠い辺境地帯の方のお好みを存じ上げなくって──」


──見た目はそれなりに整えてきたかもしれないが、中身は風流な宮廷料理を解する舌など持っていないのだろう──というあからさまな皮肉に、アレクシアはそっと嘆息した。

 

「クレーフェ伯爵令嬢がご存知ないのは、常識では?」

「え?」


 辛辣な言葉を返されて、ナターリアの微笑が凍った。


「公の場で下位の者から上位の者に話しかけてはならない。宮廷における当然のマナーかと思っていましたが」

「で、でも、我がクレーフェ家は伯爵。リートベルク家も伯爵でしょう? 家格は同じ。だったら無礼なんかじゃ……」

「ナターリア……本気で言ってる?」


 ルカは目を丸くし、アレクシアはため息をついた。


「クレーフェ家は確かに伯爵。しかしリートベルク家は違います。我が家は辺境伯の中でも王家への貢献厚く、侯爵と同格であると正式に認められています」


 辺境伯は伯と付くので伯爵と同格に思われがちだが、必ずしもそうではない。


 辺境伯は国境地帯を防衛するために置かれた王家直属の行政官であり、領主でありながら国軍の指揮官も兼ねる武門の家柄だ。


 そのため、辺境伯の中でも力のある家は伯爵よりも位が高く、侯爵に等しいと見なされることもある。


 辺境という言葉も誤解を招いている一因なのかもしれない。王都に住む中央貴族からすれば、辺鄙な荒れ地、という印象を持ちかねないからだ。


 しかし辺境とは田舎という意味ではなく、異国や異民族ととなり合い、外敵の侵入に備えて国防の最前線に立つ重要拠点であることをさす。


 特に大国テュルキスと国境を接するリートベルクは、国内でも指折りの強い自治権を許された有力な諸侯でもある。


 昨年の秋。アレクシアと共に出かけた祭りの中で、ルカは聞いたことがある。

 

 城下町からなだらかに伸びる丘の上に、美しいたたずまいを見せる白亜の教会が建っていた。


 祭りを荒らした不埒者たちが狙ったその場所について、アレクシアは簡潔に説明してくれたのだ。――この村には歴史的な教会がある、と。


『建物は古く、かなり老朽化していたらしいが、()()()()()()()()()()、新たに改装したのだ』


 叙爵じょしゃくでも襲爵(しゅうしゃく)でもなく、陞爵しょうしゃく、とアレクシアは言っていた。


 陞爵とは爵位が上がることだ。新たに爵位を授かる叙爵や、先代の当主から爵位を引き継ぐ襲爵とは異なる。


 リートベルク家は今から二十年以上前に、当時の辺境伯令息だったヴィクトルの勇猛果敢な軍功を評価され、侯爵と同格とするとの勅許ちょっきょを国王から得た。


 辺境伯という名称に変わりはないものの、実質的に爵位は引き上げられたことになる。


 陞爵にあたって王家が多くの報奨金を出したのも、ヴィクトルの成し遂げた多大な貢献を認め、リートベルク家に感謝の意を表してのことだ。


 クレーフェ伯爵令嬢のナターリアと、リートベルク辺境伯令嬢のアレクシアは、決して同格などではない。


 アレクシアの方が格上で、ナターリアの方が格下なのだ。


 地位をことさらに誇示する気はなかったが、相手の方からしかけてきたのなら話は別だ。


「辺境伯」の地位を文字通り受け取って、田舎者と嘲る無知な貴族がいようが平素なら気にしないが、面と向かって売られた無礼は返さなければリートベルク家の名誉にも関わる。


「そん……な……!」


 ナターリアは愛らしい顔が台無しになるほど、ギリッと強く歯噛みした。

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