第54話 パーティーに向けて
「はッ!」
「おおっ?」
騎士のユリウスが思いきり振りかぶった剣は、ルカの構えた刀身に止められた。
止められただけではない。驚くほど強い力で跳ね返されて、ユリウスはキレのある筋肉をふるわせた。
「すげぇ、やりますねぇ!」
クラウスがひゅうっと口笛を吹く。
「ルカ様、最近ますます気合が入ってるっすね」
「僕、婚約者なんで! ……仮だけど!」
ルカはこれまでも着実に上達し続けていたが、それにしてもここ数日の伸びは一段とめざましい。手練れの騎士たちすら舌を巻くほど、著しい成長を遂げていた。
ひとえに、婚約者、という魔法の言葉のおかげだ。
仮で振りで偽で期間限定とはいえ、今だけはアレクシアの婚約者。
そう思うだけで体の芯から力が湧いてくる。背中に翼が生えているみたいに全身が軽くて、心が満たされて、生きる希望がみなぎってくる。
「おお……すっげーな!」
続けざまの連打。目にも止まらない速さで的確に打ち込まれて、マリウスは感嘆した。
「僕、婚約者ですから! ……仮ですけど!」
***
一方、居城の中でも猛練習が繰り広げられていた。
優雅にワルツが流れる中。いっこうに優雅にならないダンスに誰もが頭を抱える。
いつもは温和なマリーからさえ、厳しい叱咤の声が飛んだ。
「お嬢様! 武闘会ではなく舞踏会なのだと、いったい何度言えばわかるのです!」
「うっ……」
アレクシアが踊ると、ただ回るだけのターンが蹴りになり、ただ揺れるだけのスイングが肘打ちになる。
とにかくすべての動きの殺傷力が無駄に高く、ダンスというよりも殺陣に近い。
いっそ剣を持って舞った方が、よほど堂に入っているのではないだろうか。
「お嬢様! 腕も足も組まないでくだいませ! 仁王立ちで腕組みする令嬢がどこにいるのです!」
少し休憩しようとしただけでまたマリーに叱られる。
アレクシアはしょんぼりとルカに詫びた。
「すまない、ルカ……」
「いいえ! 全然!」
ルカは首を振った。
しょげているアレクシアもとても可愛い。可愛すぎて全身の毛穴から血が噴き出そうになる。
「大丈夫です! 基本のステップは僕が覚えていますから!」
合法的にアレクシアの手に触れられるだけで天にも昇る心地なのだから、ダンスのミスくらい何でもない。
ちなみにアレクシアの手は柔らかくはなく、鋼鉄かな?と思うほど固いし、指や手のひらには肉刺や胼胝がいくつも潰れている。
そんな武骨さも含めて、アレクシアらしくて大好きだった。
「僕に任せてください。アレクシア様は自然にしていてくださればいいんです」
「様はいらない、と言っただろう」
「は、はい……!」
もう一度、と指示されて、二人は腕をホールドした。
音楽に合わせてぎこちなく揺れ始めたアレクシアに、またしてもマリーの指導が降り注ぐ。
「お嬢様! ルカ様の足だけは絶対に踏まないでくださいませ! 折れます、骨が!」
***
ドレス選びも白熱した。
「アレクシアさ……アレクシアをドレスに合わせるんじゃなくて、ドレスをアレクシアに合わせるべきです!」
ルカは力強く主張する。
元婚約者のナターリアは美容に関心が高く、ファッションにもこだわりがあった。伯爵邸に仕立て屋を呼ぶだけでは満足せず、首都で有名な服飾店に自ら足を運んで、膨大なドレスの中から気に入るものを何時間もかけて吟味していた。
ルカも何度か付き合わされて、色や型やデザインが少しずつ異なるドレスを山ほど見せられた上に、的確な感想を述べないとナターリアの機嫌を損ねて臍を曲げられれた。
なんの苦行かと思ったが、その時の経験がこんなところで役に立つのだから、何事もやってみるものだ。
「流行りの型に当てはめる必要なんてありません。アレクシアはそのままで世界一美しいのだから、彼女の良さをより引き立てるようなデザインを選ぶべきです。たとえば……」
未婚の令嬢が着るドレスといえばフリルにリボン、レースに花にハートに星をふんだんに散りばめた、甘ったるくて可愛らしいデザインが定番。色もピンクを中心に、淡いパステルカラーや薄いペールカラーが主流だ。
しかし、アレクシアにはもっと似合うドレスがある──とルカは確信する。
彼女の魅力をより引き出すスタイル、デザイン、カラー、素材、コーディネート。
日頃から積もり積もっているアレクシアへの褒め言葉をこの機に思いっきり並べ立てたルカは、無事に周囲を説得することに成功した。
(我ながらいい仕事をした……)
満足そうに立ち去ろうとするルカを、がしっと引き止める手があった。
マリーが微笑みながら圧をかける。
「お待ちください。お嬢様だけで済むはずがないでしょう?」
「え?」
「パートナーであるルカ様にも、当然ながら磨きをかけていただかなくては」
「いや、そんな……僕はいいです……」
「何をおっしゃいます。お嬢様に恥をかかせるおつもりですか?」
マリーの笑顔がさらに圧を増した。
執事補佐のエヴァルトも眼鏡をきらめかせる。
「ルカ様はこれまで既製品しか着たことがなく、一度もご自分のための服を仕立てられたことがないとか。良い機会です。きちんと身丈に合わせた服をまとうだけでも見栄えはぐっと変わるもの。さぁ、さっそく採寸から始めますよ」
エヴァルトが手を叩くと、色とりどりの布地や反物を持った使用人たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。中央で巻き尺を手にしているのは、このために招いた新進気鋭のデザイナーらしい。
「あらぁ、可愛い男の子ねぇ!」
あいさつもそこそこにルカの顎をしゃくって、デザイナーは甲高い声で言った。ファッショナブルと言うべきか奇抜と言っていいのか表現に困るような極彩色の服に全身を包んでいて、性別もよくわからない。
「アナタ、ずいぶん小顔なのねぇ。いいわぁ、すごくいい。細身だけれど筋肉はあるし、手足のバランスもばっちり。これは磨けば光るわねぇ。腕が鳴るわぁ~!」
「あ……あの……お手柔らかに……」
全身をくまなくまさぐられて、ルカは捕まった子兎のように震えた。
おびえる子兎はそのまま別室に連れ込まれ、執拗なほどじっくりと時間をかけた採寸と、長い長い仮縫いとに拘束されることになったのだった。




