第25話 秋の祭り
城下町の手前に続く斜面には、葡萄畑が並んでいる。
色づいた葡萄の葉は秋の陽光を受けて、まるで黄金色の絨毯のように波打っていた。
ゆるやかな楕円形を描いた城下町が、山を穿つようにして広がっている。立ち並ぶ家々の屋根は城と同じく、燻したような黒色の瓦で統一されていた。
リートベルクは堅牢な城砦を築き、その中に領民たちが住まう街を作っていた。
広大な街は石壁で築かれた城砦と城郭、二重の壁に守られている。
かつての戦乱の折、他の領主の城がのきなみ灰燼と化し、周辺の所領がことごとく焦土と化した時も、リートベルクは城のみならず街さえも陥落することはなかった。
苛烈な戦禍にも耐えた難攻不落の街は今、にぎやかな祭りの喧騒とともに、厚い門戸を開いていた。
「わぁ! すごいですね!」
街の目抜き通りの中央には、澄んだ川が流れている。その川に架けられた石橋を挟むようにして、左右に祭りの出店がずらりと立ち並んでいた。
焼きたてのパンに焼き菓子。新鮮な野菜にみずみずしい果物。骨付き肉に腸詰め肉。ホットワインにホットビール。
あちこちから甘い香りや香ばしい匂いが立ちのぼり、入り混じって、鼻腔を楽しくくすぐる。
食べ物ばかりではない。雑貨や工芸品もたくさん売られていた。
紐で綴じた本に版画。陶器製の食器にアクセサリー。色とりどりの染め物に刺繍をほどこした布。木製の細工品や、繊細なレース編みも並べられている。
店が出ているのは、街中や通りだけではなかった。川の中洲にもテントが張られ、屋台がいくつも営まれていた。
焚き火の煙がもくもくと立っているのは、川魚を串に刺して焙っているからだ。魚の皮目には香ばしい焼き色が付いて、ただ塩を振っただけなのにとても美味しそうだ。
「歌……?」
街のあちこちから同じ旋律が流れてきて、ルカは思わず耳を澄ませた。
まるで口笛を吹くみたいに、至るところでかすかな歌が口ずさまれて、町中に流れている。
歌詞までは聞き取れないけれど、耳にしているだけで心がはずんでくるような、美しいメロディーだった。
「まるで童話の世界に来たみたいですね」
にぎやかに営まれる祭りの風景をながめて、ルカはうきうきと言った。
屋台の屋根はどれも思い思いに飾り付けてある。色とりどりのオーナメントがよく晴れた秋空にきらめく景色は、まるで絵本に描かれたおとぎの国の中に迷い込んだかのようだった。
「せっかく来たのだ。何か食べよう。ルカは何がいい?」
「僕は何でも……」
あなたと一緒なら何でもご馳走ですありがとうございます──。そう合掌しかけた時だった。
揚げた菓子を山のように積んで売っている屋台の店員が、二人を呼び止めた。
「そこの格好いいお兄さんと、可愛いお兄さん!」
ルカは耳を疑う。まさか格好いい方がアレクシアで、可愛い方がルカだろうか?
(まぁ……本当に格好いいもんなぁ……)
自分が可愛いかはさておき、アレクシアの格好良さは認める。大いに認めるし、格好いいと思っていることに関しては誰にも負けない。
「ひとつどうだい? 安くしとくよ!」
「ああ、もらおう」
アレクシアはうなずいて、店員の言い値よりも少し色をつけた金額を手渡す。小さな紙袋を受け取ると、ルカにさしだした。
「スノーボールだ。知っているか?」
「いえ。初めてです」
クッキーの生地を丸くまとめて、油で揚げた菓子だった。白い粉砂糖を上からたっぷりまぶしてあって、名前のとおり雪の玉のような見た目をしている。
「美味しい! まだ温かいです」
揚げたてのスノーボールはほかほかと温かく、かすかに湯気が立っていた。甘くてサクサクしていて、いくらでも食べられそうだ。
「ねぇ、見て……あの人……」
視線が刺さるのを感じて、ルカはふと顔を上げた。
少し離れた場所に若い少女たちが三人寄り集まって、ルカとアレクシアを見ながらひそひそと耳打ちしあっている。
少女たちが腰に巻いている格子柄のスカートは、この村の女性がよくまとっている伝統的な衣装だ。
三人とも色違いで同じ柄だから、この祭りのためにそろいで仕立てたのかもしれない。仲のいい友人どうしなのだろう。
「あの人、すごく素敵!」
「本当! かっこいい!」
「このあたりでは見ない顔よね。どこの村の人なのかしら?」
──思いきって話しかけようかしら、でもでも勇気が──と悩んでいる少女たちを、ルカは同士を見るようなまなざしで微笑ましく見守る。そうだよねアレクシア様は格好良いよねわかるすっごくわかる。
彼女たちの浮き足立つ気持ちはよく理解できるし、何なら一緒になってアレクシアを称えたい。めちゃくちゃ持てはやしたい。
「ルカ、あっちも見よう」
「はい!」
アレクシアが楽しそうに指をさし、ルカは尻尾を全力で振る子犬のように喜んで後をついていく。
二人を凝視していた少女たちは、思わず目を見合わせた。
「……あのとなりの人も美形よね」
「うん、すっごく可愛い顔してた! だけど……」
「だけど……あれって……ねぇ?」
可愛らしい顔立ちの青年が、凛々しい顔立ちの青年を見つめる目が、どう見ても恋する者のそれなのだ。
「……愛……!?」
秘めた想いというか、道ならぬ愛というか、つまりはそういう関係なのだろうか。
考えるだけで新たな世界に目覚めてしまいそうになる。
いたいけな乙女たちはきゃあきゃあと盛り上がりながら、禁断の恋の妄想にふけった。




