第23話 雨の後には太陽が輝く
この国には「雨の後には太陽が輝く」ということわざがある。
苦あれば楽あり。悲あれば喜あり。悪いことが終われば良いことが待っている、という意味だ。
「いつ見ても、立派だなぁ……」
リートベルクの城内には、随所に武具や防具が飾られている。
剣に槍、盾に兜、重厚な鎧に甲冑。
さすがは勇猛果敢で知られる武門の家柄。戎具はどれも古くはあるが立派な代物だ。観賞用に作られた品は一つもなく、すべて歴代のリートベルクの城主や子息たちが実際に合戦で使用したものばかりだという。
年代物の軍具の保管には、湿気が大敵だ。カビが生えるのを防ぐためにこまめに換気をし、風通しをよくしておく必要がある。
ルカは一つ一つを丁寧に乾拭きをし、錆を落とし、鏡のようにぴかぴかに磨き上げた。
前から得意だった家事仕事は、この地に来てからさらにスキルアップした。
もともと床磨きや絨毯の手入れ方法、家具家財の管理のコツなどはひととおりヴァルテン男爵家のメイドたちに教わって身につけている。
華美な調度品や高級な装飾品が多くて気を遣った実家に比べて、質実剛健で飾り気のないリートベルク城の掃除は数段楽だと感じるほどだ。
城内に飾られているのは武具甲冑くらいだが、これらはアレクシアの先祖のものだと思うと、自然と敬意が湧いてくる。
あんな素晴らしい子孫を残してくださって本当にありがとうございます──。そう感謝しながら、心をこめて鎧を磨いていた時だった。
「あら?」
目を留めて驚いた顔をしたのは、廊下を通りがかったメイドのマリーだった。
「ルカ様、また背が伸びましたね」
「そうなんです! わかる?」
ルカは嬉しそうに、弾んだ声をあげた。
「ええ。少し前まではその鎧を拭くために、背伸びしていらっしゃいましたもの」
ルカはこくこくとうなずいた。
そうなのだ。今では背伸びの必要もなく、兜の上にまで手が届く。
リートベルクに来てから四か月が経とうとしているが、はた目にもわかるほど身長が伸び続けている。
身体だけでなく、体力も伸びがめざましかった。
今では水の詰まった大樽も、芋の詰まった大袋も苦もなく運べる。騎士のユリウスやクラウスやマリウスたちと打ち合っても、互角といっていいくらい戦えるようになってきた。
腹筋もついに六つに割れた。痩せていた胸にも腹回りにも筋肉がつき、しっかりと固く引き締まってきている。
こんな短期間でみるみる身体が鍛えられていくなんて嘘みたいで、ものすごく嬉しい。
順調に強靭になっていく体が楽しくて、さらに日々の鍛錬にも気合いが入る。
城の人々はすっかりルカを認めてくれ、戦力として期待してくれている。
期待されれば応えたくなる。応えれば喜んでくれるし、喜ばれればもっと頑張ろうと思える。
良いことが循環して、何もかもが驚くほど上手くめぐっていた。
この国には「雨の後には太陽が輝く」ということわざがある。
苦あれば楽があるように、悲しみがあれば喜びがある。悪いことが終われば、良いことが待っている、という意味だ。
男爵家の庶子として蔑まれ、さんざん弟と差別され、婚約者さえ奪われて追放された過去は、まるで直降りの雨の中にいたような日々だった。
だが、雨の後には太陽が輝いた。
ぬかるんでいた大地に明るい日ざしが注ぎ、曇っていた空に澄んだ天空が広がった。その蒼穹と同じ色の瞳をした女性に恋をして、彼女の存在がルカの人生を照らしてくれている。
マリーはほほえましそうに目元をゆるめて、眼下を指さした。
「見てください、ルカ様。山もすっかり色づきましたわ」
「本当だ。絶景ですね」
ルカがこの地に来た頃はみずみずしい青葉が野に茂っていた。今は赤や黄に色づいた紅葉が一面を埋めつくしている。
グラデーションになって広がる紅葉の美しさを、二人でほのぼのと愛でていると、突然マリーが手を叩いた。
「そうですわ!」
マリーはにこにこと笑いながら、もうすぐ祭りがあるのだとルカに教えてくれた。
「祭り?」
「ええ。このリートベルク領のお祭りです。秋の豊穣を祝って、毎年この時期に行われるのですよ。ルカ様は初めてですから、ぜひ見物に行っていらしてはいかがです?」
「是非! 行きたいです!」
わくわくと胸をはずませながらルカは答えた。
「じゃあ僕、エミールやリリーと一緒に……」
「あの子たちは私が連れていきますわ。それに街には同じ年頃のお友達もいますから、一緒に回る約束をしていますの」
「え……じゃあ……」
だったら厨房のハンスたちと一緒に行こうか、それとも非番の騎士たちを誘って……とルカが考えた時だった。
にっこりと笑ってマリーが言った。
「ルカ様はお嬢様と一緒に行ってくださいな」
「!?」
「お嬢様も毎年お祭りを楽しみにしていらっしゃいますから。今年もお忍びで行くと言ってきかないのです」
ルカは大きな水色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。
正直に言えば、とても嬉しい。とてもとても行きたい。
しかし何の心の準備もしていなかったので、興奮のあまり喉が裏返り、
(そんな……僕でいいんですか……?)
「はい! 喜んで!」
と、心の声と口に出す言葉とが逆になる。
マリーはくすくすと笑った。
「騎士団の騎士たちは武骨すぎて、いかにも護衛という感じでしょう? 彼らが取り囲んでいたら目立ってしまいますし、そもそもお嬢様はあの通りお強いお方ですから、護衛はいらないのです」
「確かに、アレクシア様に護衛は必要ないですね……」
騎士団長すら倒してしまうような令嬢だ。誰に守らせても護衛対象の方が強くなってしまう。
でしょう? とマリーは大きくうなずいた。
「ですから、必要なのはお目付け役なのです。お嬢様が無茶なさらないよう、ルカ様がついて行ってくださったら助かりますわ」
「アレクシア様と……お祭りに……!?」
手を当てたルカの心臓は、うるさいくらいにどきどきと脈打っていた。




