第19話 監獄
騎士たちと顔見知りになったルカは、その日以来、練武場にも足しげく通うようになった。
剛腕の騎士たちを相手に華麗に斬り結ぶアレクシアは、どんなに拝んでも拝み足りないくらい魅力的だ。
いや、何をしていても魅力しかないのだが。剣をふるう姿はとりわけ躍動感に満ちていて、背景に後光がさして見える。
アレクシアがいるだけで、ルカの視界は三割増しで明度が上がった。いや、五割増しかもしれない。
(今日も尊い……!)
部隊長のユリウスやクラウスやマリウスたちは、見た目は怖いが気は優しい。
彼らの容赦ないしごきについていくのは大変だったが、実家のヴァルテン家では騎士との稽古はしたくてもさせてもらえなかったので、参加できるだけで楽しかった。
「はッ!」
ある日の早朝。
騎士たちの汗と熱気がほとばしる練武場にて。
ユリウスが振り下ろした大剣は、ルカにかすることなく地面を割った。
「くッ!」
舞った砂が落ちるよりも先に、素早くユリウスは追撃を重ねる。
ちょこまかと素早いルカを斬っては逃げられ、薙ぎ払ってはかわされ、突いては避けられて、ユリウスはぐうっと歯を食いしばった。
何度目かの斬撃がくり出された時。
ルカは刀身で受け止めて切り返し、ユリウスの太い腕をくぐって背に回ると、彼の首元に一太刀を浴びせた。
「筋がいいじゃねぇっすか! ルカ様~!」
「ユリウスさんたちのおかげだよ~」
一本取られたユリウスも、取ったルカも嬉しそうだ。ユリウスは満足そうに鼻を掻いた。
「いやー、鍛え甲斐があるってもんすね」
ルカは妙なプライドがないから教えたことが素直に入るし、変な癖もついていないから鍛えやすい。クラウスも感心したように言った。
「それに、ルカ様はほんとかわすのが得意っすよね。こっちが教わりたいくらいっす」
ルカは腕力はさほど強くないが、身が軽くて素早く、相手の攻撃をかわすのが異常に上手い。打った側すら気付けないほどぎりぎりで避けるという特殊技術まで持っている。
攻撃の流し方も受け身の取り方も、騎士たちの方が逆に教えを請いたいくらい巧みだった。
「そんな技、いったいどこで身につけたんすか?」
クラウスに聞かれて、ルカは苦笑しながら頬を掻いた。
「はは……家庭の事情で……」
弟から急に襲撃されるのが日常だったから、生き延びるために身につけたとは、何となく言いにくい。
しかしそんな生い立ちのおかげか、攻撃を避ける時は絶妙に反らすこと、くらった時でも必ず受け身を取ることは、体が自ずと覚えた。
そこに加えて、ユリウスやクラウスやマリウスら歴戦の騎士たちに厳しくも的確に鍛えられている成果も実り、ルカはさらに着々と上達しつつあった。
マリウスがにやにやと笑いながら、ルカの肩を叩いた。
「まぁ、男は好きな女のためなら、いくらでも強くなれるもんっすからね!」
「はい!」
ルカの想い人のことは騎士たちにもバレバレにバレている。
何しろ初対面でプロポーズした現場までばっちり目撃されているのだ。バレないはずがない。
身の程知らずの片恋なのに、騎士たちは邪魔するどころかむしろ応援してくれていた。面白がっているのかもしれないが。
「残念ながら、今日はお嬢はあっちっすけどね」
ユリウスがからかうように、眼下を指さした。
清水をたたえた大きな湖が、朝もやにかすんで見える。浮雲が白くたなびいて、まるで梯のように山脈と湖とをつないでいた。
湖のちょうど真ん中にはいびつな楕円の形をした島があり、城砦のようなものものしい館が乗っていた。
ここからではよく見えないが、煉瓦を積んだ高い城壁の内部に、Xの文字の型になって黒い建物が築かれているようだ。変わった形である。
「あの建物は? 何ですか?」
無邪気に尋ねたルカに、クラウスがにっと笑った。
「刑務所っす」
湖に突き出た島の上に建てられているのは、犯罪者を収監するための監獄だった。
ひときわ高い堅牢な城壁の内側には、脱走防止用の鉄柵が厳重にめぐらされていた。柵の上には有刺鉄線が伸びていて、周囲を取り巻く湖には橋も架けられてない。
獄舎がXの形なのは、中心部分に位置する監視台から四つの監房すべてを見渡せる作りになっているかららしい。
──そういえば、とルカは膝を打った。
「聞いたことがある。リートベルクには難攻不落の監獄があるって……」
リートベルク辺境伯領は王都から遠く離れた緑深い山中であると同時に、罪を犯した咎人が送られる極寒の流刑地でもある。
札付きの悪人や凶悪な犯罪者が大勢収容されている牢獄が存在しているという事実が、リートベルクが恐ろしい無法者の巣窟であるというイメージをより強くしていた。
「そうそう、それっす」
「今から百年くらい前に、王家が断りもなくここにムショをおっ建てたらしいっすよ」
「そんで当時の辺境伯がめっちゃくちゃ抗議したとか」
領地を勝手に流刑地にされたリートベルク辺境伯はおおいに憤ったが、結果的には、建てられてしまった監獄と送り込まれてきた囚人たちを丸ごと引き受けたそうだ。さすがはアレクシアの先祖。漢気がある。
現在でも、監獄の運営はペルレス王家直轄の司法省によってなされているが、実際の監督はかなりの部分、辺境伯家が担っている。
ユリウスはにやにやと含み笑いした。
「オレもあそこの出っすよ」
「ええっ!?」
クラウスとマリウスも面白がるように「オレも」「オレも」と手を挙げる。
凶悪犯みたいな見た目の騎士たちだが、本当に元囚人だったのか。
「ほら、コレ」
ユリウスが腕をまくりあげた。
腕から肩や背中にかけて、派手な刺青が入っている。気くずした服の間からもわりとよく見えていたのだが、こうして間近で見ると迫力がある。
「オレが昔、傭兵やってた頃の名残りっす」
「オレも似たようなのあるぜー」
「所属する傭兵団ごとに、刻む模様が違うんだよなー」
腕に覚えのある平民が傭兵に志願し、各国を流れながら日銭を稼ぐことはよくある話だが、体にこうしたタトゥーを彫ることで団結力を高めるとともに、どこの所属かを判別できるようになってるらしい。
彼らの中には学のない者も多いから、文字は使わずに模様や柄で識別する。
所属する傭兵団を抜けて別のチームに移ればそこの印も追加するため、長年あちこちを転々としていると、背中や脚まで刺したタトゥーで埋まることもあるそうだ。
「……オレは傭兵としてはそこそこ活躍してた方なんすけど……ある時、明らかに違法だって見えすいてる怪しい依頼を、目の前のあぶく銭ほしさに受けちまって……」
ユリウスはぐしゃっと髪をかき潰しながら、苦々しそうに語った。
──お天道様に顔向けできないことをしている、と当時のユリウスも薄々気がついてはいた。気づいていたのだが、引き返せなかった。
己の良心に目をつぶり、悪事に加担したユリウスは、坂を転がり落ちるようにしてタチの悪い犯罪組織に取り込まれていったという。
「でもすぐに足がついて、組織ごと一斉検挙されて、そんでブチ込まれたのがリートベルクの監獄っす」
クラウスとマリウスもちょうど同じ時期に、同じような罪状で捕縛され、同じような経緯でリートベルクの監獄に送られたそうだ。
三人の外見は三つ子かと思うほど瓜三つなのだが、特に血縁関係はなく、他人の空似らしい。
国内には他にもいくつかの収容所があるが、よりにもよって辺境の危地と言われるリートベルク監獄送りになったと知り、三人とも絶望したという。人生終わった──とさえ思ったとか。
しかし入ってみたら、そこは聞いていたような場所ではなかった。
どんな生き地獄に放り込まれるのだろうと覚悟していたのに、質素とはいえ三食ちゃんと食べるものがあって、獄中とはいえ屋根のある場所で寝ることのできる生活が保障されていた。
囚人だから外に出ることは許されないし、夜間は施錠された牢屋に収容されるが、別に手錠をかけられたり足を鉄球でつながれたりするわけでもない。
昼間は刑務作業に従事しなくてはならないのだが、内容は農作業に大工仕事、製品作りなどの軽作業といった職業訓練に近いものばかりで、出所後のために手に職をつけさせようとの意図が感じられた。
実際、辺境の地獄と恐れられているわりに、リートベルク監獄を出所した者たちの再犯率は低かった。
それまでは裏切ったり裏切られたり、出し抜いたり出し抜かれたり、生き馬の目を抜くように過ごしてきたユリウスやクラウスやマリウスにとって、塀の中の方が規律に守られて穏やかに暮らせるなんて、想定外でしかなかった。
「でも俺はなんか、それが無性に腹が立って……。俺の故郷は貧しくて、ろくに食うもんもなかったんす。家族もみんな食い詰めて、やむにやまれず悪事に手を出す者もめずらしくなかった。それなのに……なんでムショの中の方がいい暮らしができるんだって、すっげー悔しくなって……」
自分でも説明できないほどの腹立たしさを強く持てあましたユリウスは、しばしば看守たちに反抗的な態度を取り、独房にも何度か入れられたという。
そんなある日のことだった。
アレクシアが所内の視察に訪れた。




