第143話 準備
アレクシアが王都を去る時に約束した「結婚式の準備」は順調に進んでいるようだった。
日取りは春爛漫のころ。城内も領内も一斉に休日とすることが決まった。
会場となるのは城下街にある教会だ。
歴史と由緒のある古い聖堂で、かつては老朽化していたが、ヴィクトルが侯爵と同等の地位に陞爵された際に、王家から賜った祝い金を投じて改装したのだという。
領民たちにとっては信仰のよりどころで、聖地とも言っていい麗しい建物だ。
なお、以前秋の祭りの中で窃盗犯に目をつけられ、教会内部であわや花火が爆発する寸前だった事件のことは、領民たちには秘密である。
教会を預かる司祭たちと連携を取りながら、内部の設営や装飾、城との動線、当日の流れや周辺の警備についてなどを綿密に打ち合わせていく。
「お嬢様! ドレスは本当に新調なさらないのですか!? 素材は? デザインは? ラインの希望くらいはあるでしょう!? 一生に一度のことなのですからもっとこだわってくださいませ!」
怒涛のようにまくし立てるのはブリギッタだ。
乳母として時に厳しく、時に頭を痛めながらアレクシアを見守ってきたブリギッタにとって、半ばあきらめつつあった彼女の結婚ともなれば、熱くならずにはいられない一大事である。
主役である花嫁本人よりもはりきって、教会を飾る装花や当日出す料理のメニュー、新郎新婦の衣装に靴に小物類にアクセサリーに……と取り仕切っていたブリギッタは、ウェディングドレスについても「リートベルクの威信にかけて一世一代の花嫁衣装を仕立てさせましょう!」と意気込んでいたらしい。
「いや、いい」
しかしアレクシアはやんわりと、新しくドレスを仕立てる必要はない──と制した。
「では、どうなさるのですか?」
新婦のドレスは結婚式の華だ。まさか新品をあつらえないつもりなのかとブリギッタが鼻白むと、アレクシアは「お母様が結婚した時のドレスがあるだろう」とさらりと言った。
「どうせお父様のことだから、後生大事に取ってあるはずだ」
「どうせとはなんだ。もちろん大切に取ってあるが」
亡き妻の思い出を大量に保管していることに定評のあるヴィクトルが、当然といわんばかりの顔でうなずく。
探し出した花嫁衣裳は、三十年近くも前のものとは思えないほど鮮麗に保存されていた。
先代のオステンブルク公爵が辺境に嫁ぐ愛娘のためにと、最高級の生地を惜し気もなく使って作らせたおかげでもあるが、ヴィクトルが言うように大切に取ってあったことも大きい。
前公爵の親心がにじむ細やかな仕立てがほどこされたドレスは、流行に左右されない上品なデザインで、クラシカルではあるが古臭さは感じられなかった。
アレクシアの方がルイーゼよりも背が高いから、丈は仕立て直しが必要だ。
裾に総レースをあしらって華やかに仕上げようということで、ブリギッタもしぶしぶ納得する。
「できるだけ質素にしてほしい。派手なことはしたくない」
「まったく張り合いのないこと……。意図せずとはいえ、大富豪の婿殿を迎えることになったのですから、もう少し贅沢をなさったらどうなのですか?」
贅沢をするどころか派手なことは苦手だと逃げるアレクシアに、ブリギッタはぶつぶつと苦言を呈した。
「質素倹約は大切ですが、時と場合によるのですよ。お二人が将来を誓う大切な日を地味に済ませようとするのは、ルカ様との結婚は着飾る価値もないと言っているのも同然なのです」
「そんなつもりは……」
「ないのはわかっております」
乳母だっただけあって、ブリギッタはアレクシアに遠慮がない。
他の者たちはとにかくお嬢様に甘いのだから。自分一人くらいは咎める存在がいなくては、せっかくの晴れの日がどこまでも地味になってしまう──との使命感に駆られながら、ブリギッタはくどくどとアレクシアを叱る。
「ルカ様はお嬢様の無骨で鈍感で朴念仁なところも好きでいてくださる奇特なお方ですが、あまりルカ様の寛大さに甘えていてはいけませんよ」
一言も二言も多い気がするが、アレクシアは素直に首肯した。
「……肝に銘じる」
言って、アレクシアは綴っていた手紙に封をした。
王都へと送る私信だ。
結婚式の招待客はごく身近な、親しい者だけに限定した。
王太子エドガーに「結婚式には呼んでくれ」と言われても「呼びません」と即答したアレクシアだが、招く気は本当にないらしい。
王太子が参列などしようものなら、辺境伯領は上へ下への大騒ぎになるのが目に見えている。
それはエドガーの弟であるリュディガーも大差なかった。
リュディガーはアレクシアの親族だが、今回の結婚式に招待はしていない。
リュディガーの母でアレクシアの伯母にあたるエリーゼも、オステンブルク公爵である叔父のシュテファンも一律に招かないことに決めた。理由は領地の遠さである。
エリーゼとリュディガーが暮らしているのは宮殿の一角にある後宮。
シュテファンが家族と主に暮らしているのは王国東部に位置するオステンブルク公爵家の領地。
いずれもリートベルクからは遠く離れていて、行き来には骨が折れるし、日数もかかる。
いつもアレクシアを慈しんでくれる母方の親族を招かないのは不義理かもしれないとは思うものの、遠い辺境の地までわざわざ呼びつけるのは気が引けるのも事実だ。
そんなわけで、結婚式そのものは自領内でごく内々に済ませることにした。
伯母のエリーゼにも叔父のシュテファンにも丁重に報告をすることで、日頃の礼に代えたいと思っている。
──ということで書き綴っていたのが、たった今封をしたばかりの手紙である。
……ちなみにシュテファンとシュテファニーのオステンブルク公爵夫妻に、婚約が正式に調ったとの報告をした時。
すぐに返信が届き、はじけるような祝福の言葉が書き連ねてあった。
その末筆に心なしか弱々しく書き添えてあったのは「クリスティーナとクリスティーネには時機を見て私たちから伝えます」の一文。
クリスティーナとクリスティーネは双子の公爵令嬢だ。
二人はアレクシアに憧れ、お姉様お姉様と呼んで慕ってくれる可愛い従妹だが、同時に、アレクシアの夫となる男はリュディガーより高い地位でヴィクトルより大柄な体格の持ち主でなくては認めないと強く主張する過激派でもある。
双子の反応は心配だが、今のところ何の音さたもないところを見るとまだ二人は何も知らされてはいないらしい。叔父と叔母を信じて、様子を見ようと思っている。




