第140話 結婚指輪
王都にいる間にと、早々に着手した案件はもう一つある。
リートベルクとの間に架ける新路の建設だ。
まずは地質学、土木学、治水の専門家をそれぞれ雇い、現場となる地形の測量および、地質や水質の調査を依頼する。
その調査結果を踏まえて、道路の幅や水捌けなどを含めた図面を引き、具体的な設計案を詰めていく。
同時に工人を大量に募集し、雇用契約を結ぶ。必要な資材を選定し、買い付け、調達する手続きを整える。
ここまでやって、ようやく着工だ。
土砂を除き、陥没を埋め、隆起を削る。木を伐採し、古い舗装を撤去し、新しい資材を搬入して作業を進める。
ルカも資金提供者として東奔西走したが、ヴァルテン家を支える頭脳である管財人たちも率先して動いてくれた。
重要な交渉や買い付けの場において、値切るべきところは的確に値切り、払うべきところは惜しみなく払い、円満無事に契約を締結する彼らの手腕はさすがの一言だ。
いい意味での商魂たくましさに、ルカが思わず「頼りになるぅ……」と感動していると、モニカは「ルカ様だからですわ」と柔らかく笑った。
「みんな、ルカ様のためだから頑張ろうと思うのですわ。この方の力になりたい、と思わせるのも立派な才能です」
「そ、そうかな……?」
そう言ってくれるモニカ自身も、敏腕ぶりを遺憾なく発揮して活躍してくれている。
ルカ一人でこの事業に挑むことはとても無理だった。
モニカたちの一流の経済感覚は見習うべき点しかないと、ルカは改めて感じ入った。
「本当にありがとう。みんなには感謝してもしきれないよ。急なことで忙しくさせてしまってごめん」
男爵家の廃絶だけでも大忙しなのに、新路の建設事業にまで手を貸してもらっている。
ルカとしてはとても助かるのだが、本来の業務外のことまで担うのは大変だろう。
そう労わると、いいえ、とモニカは優しく微笑んだ。
「私のことはご心配なく。なかなかできない経験ですもの、楽しんで取り組んでいますわ。他の皆さんも、驚いてはいますが誰も不満は言っていません」
不満どころか、みんなルカが相続人となったことと、マティアスが廃嫡のうえ除籍となったことを喜んでいる。
ヘルミーネが男爵家から追い出されたことにも、まるで屋敷から猫がいなくなったねずみのように快哉を叫んでいた。
「ルカ様も根を詰めずに、もっと休まれてくださいね。早くリートベルクに帰って婚約者様に会いたいのはわかりますが、ちゃんと休息は取らなくては」
「はい……」
ヴァルテン家に雇用された当初からよく勉強を教えてくれていたモニカは、ルカにとって家庭教師のような存在でもある。恩師から叱られれば素直に聞くしかない。
伸びをしたり軽く運動をしたりと、事務作業で凝り固まった筋肉をほぐしているうちに、ふとルカはあることを思い出した。
「そうだ、モニカさん! もう一つ聞きたいことがあって」
「はい、なんでしょう?」
「結婚式の日までに、指輪を用意したいと思っているんだ」
貴族の結婚において、指輪は必需品だ。
慣例として男性側が二人分の指輪を用意し、結婚式の日までに準備するのが暗黙の了解になっている。
ルカは過去にも婚約していたことはあるが、指輪を贈った経験はない。
元婚約者のナターリアとはそこまで話が進む前に婚約破棄されてしまったからだ。
指輪の素材は金か銀が定番。象嵌する宝石に特に決まりはないが、二人の好きな石や思い出にまつわる石をあしらうことが多い。
アレクシアが帰領する前にも、石やデザインの好みを聞いたのだが、彼女の答えは「何でもいい」だった。
素っ気ない返答だが、本当に何でもいいのだろう。宝飾品に興味がないアレクシアらしいといえばらしい。
多分、彼女はどんな素材だろうとデザインだろうと文句は言わない。
こだわりがなくて楽なのだが、張り合いもなかった。
そういうところが嫌いかと聞かれれば、決してそんなことはない。
もちろん好きだ。好きに決まっている。
アレクシアの剛毅な性格や、誰よりも美しいのに自分を飾ることに関心のないところが、天高く拳を突き上げて叫びたいほど大好きである。
しかし男としては、できることなら彼女に喜んでほしいのだ。
彼女が気に入ってくれるものを贈りたいという気持ちも、まぎれもない本音なのである。
「僕はサファイアを贈りたいと思っているんだ」
「サファイアの指輪……ですか……?」
「うん」
結婚指輪の石はブルーサファイアにしたい、とルカは直感的に考えていた。
アレクシアの瞳は空よりも青く澄んでいて、まるで極上のサファイアのようだと思うから。
「予算はいくらでも出すから! か、金に糸目はつけないので!」
人生初のセリフだった。言い慣れていなくて噛んでしまうところが締まらない。
そうですねぇ……とモニカは首をひねった。
モニカは経営にも金融にも経済にも詳しい才女だが、宝石のこととなると専門外である。
「奥様の宝飾品担当だったメイドに連絡を取りましょう。流行にも詳しいと思いますし、目利きの宝石商とのつなぎになってくれるはずですわ」
「なるほど!」
ヘルミーネの元で鍛えられたメイドなら、宝石を見る目もきっと肥えていることだろう。
「辺境伯令嬢に似合う、最高のサファイアをご用意しましょうね」
さすが、頼りになる。
ルカが信頼しきった目で見つめていると、モニカの眼鏡がキラリと光った。
「ですが、ルカ様。ひとこと言わせてくださいませ」
「う、うん」
「いいですか。老婆心ながら申し上げますが……」




