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【受賞・書籍化】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚れする  作者: 朝森さな
【本編】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚する

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第135話 ナターリアとの決着(2)

「……クレーフェ伯爵令嬢。よく聞いてほしい」


 復縁する気は一切ないことを伝えたいが、おそらく婉曲的に言ってもわかってくれなさそうだ。


 傷つけることも覚悟ではっきり言わなくては──とルカは深呼吸をする。


「僕はアレクシアに出会って恋を知った。そして気がついたんだ。僕は婚約していた時、君を女性として愛したことがなかったことに」

 

 かつて婚約者だったナターリアを大切に扱っていたのは事実だ。


 しかしそれは夫婦になる以上、ごく当然の気遣いに過ぎなかった。


「君との婚約は嫌ではなかった。僕は僕の出自を知りながら受け入れてくださったクレーフェ伯爵のご厚意がありがたかったんだ。クレーフェ家の婿になる人生は、ヴァルテン家の令息でいるよりもずっと良いように思えた」

「だったらそうすればいいじゃない! お父様だってあなたを歓迎す……」

「無理だよ。僕は君と結婚したくない。いくら伯爵が親切にしてくださっても、肝心の君と夫婦としてやっていける気がしない」

「……っ!」


 ナターリアは屈辱に顔を歪ませた。癇癪を起こした子供のようにぽかぽかとルカを叩く。


「ひどいわ! 謝って! 今すぐ謝ってよ!」

「うん、謝りたいと思っている。君にではないけれど」

「はぁ?!」

「ローゼリンデに伝えてほしい。薔薇の世話ができなくて申し訳ないと。毎年一緒に薔薇を増やしていこうと約束したのに、果たせなくてごめん」


 ローゼリンデはクレーフェ伯爵家の次女で、ナターリアの妹だ。


 ルカと一緒に選んで植えた薔薇を、ローゼリンデは今でも伯爵邸の庭で大切に育てている。


 ルカを慕っていたローゼリンデは、新たな婚約者になったマティアスのことを嫌がっていた。


──ルカ様にお義兄様になってほしかった、と何度も訴えてくる妹がナターリアは疎ましくなり、姉妹は今では口もきかないほど不仲だった。


「あ、謝るって、私じゃなくてローゼリンデに!?」

「君に謝ることは何もないから」


 きっぱりと言われて、ナターリアは悔しそうに歯ぎしりした。

 

「何よ、何よ、何よ! ルカのくせに生意気なのよ!」


 ナターリアは力任せにルカの胸を叩いたが、見た目よりも固い胸板は鋼のようで、彼はまったくよろめきすらしない。


「高位貴族と婚約したからって、自分が偉くなったとでも勘違いしているの!? 思い上がらないでよね。あなたは末端の男爵家の、卑しい私生児なのよ! 辺境伯令嬢は公爵家の血も引いているんでしょう? あなたが婿に入ったらその高貴な血筋を汚すことがわからないの? あなたはリートベルクの血統に平民の血を入れる気なの!?」


 たった今自分の夫となれと要求したばかりの相手を、急に婚家の血筋を汚すことになるとなじるナターリア。


 支離滅裂だが、もはやルカを攻撃することしか頭にないのだろう。


 ルカはあきれたように肩をすくめた。


「だから、そんな卑しい血を引く僕とは一生他人でいいじゃないか。君と一緒にいたらいちいち血統を持ち出して貶められることは目に見えてる。僕にはどうしようもない、一生変えられないことを責める人を、好きになんてなれるはずがないよ」

「責めてなんていないわ! 公爵の血を汲むような令嬢があなたを本気で愛するはずないと言ってるのよ! きっと財産だけ搾り取られて、みじめに捨てられるに決まって……」

「いい加減にしなさい、ナターリア。みっともない」


 ぴしゃりと叱る声が降って、ナターリアはびくっと停止した。


 停められたままのクレーフェ家の馬車を降りて歩み寄ってきたのは、ナターリアの父である伯爵だった。


 考えてみれば、伯爵令嬢であるナターリアが付き添いもなく一人で出歩くはずがなかった。


 話題の渦中にあるルカに会いに行くというならなおのこと、クレーフェ伯爵が同行していてもおかしくはない。


「おまえが見守ってほしいというから黙っていたが、さすがに痺れを切らした。どこまで醜態をさらす気だ」


 伯爵は堪忍袋の緒が切れた様子で、深く嘆息した。醜態と切り捨てる口調は重たく、手厳しい。


「クレーフェ伯爵。ご無沙汰しております」

「久しぶりだな、ルカ君。……随分たくましくなった。達者にやっているのだな」

「はい。とても幸せです」

 

 クレーフェ伯爵は静かにうなずき、苦々しそうにナターリアを振り返った。


「ナターリア。私はおまえの育て方を間違ったようだ。後継者として誇り高くあれと教えたはずが、ただの自尊心だけが高い愚かな人間になってしまった……」

「お、お父様!? 何をおっしゃるのですか!?」

「歴史あるクレーフェ家のかじ取りを、自分勝手で浅はかなおまえには任せられない。我が家の後継者はローゼリンデのままだ。ナターリア、おまえは廃嫡とする。しばし王都を離れ、領地で頭を冷やしなさい」

「そんな!」


 先ほどからナターリアは自分がクレーフェ女伯爵になるという前提で話していたが、そもそもマティアスとの婚約に際してヴァルテン家と話し合った際に、彼女はヴァルテン男爵夫人になるということで話がまとまったのだ。


 嫁いでしまえば生家の当主になることはできない。


 ナターリアの輿入れが決まった時点で、クレーフェ伯爵家の跡継ぎは次女のローゼリンデに繰り下げになった。

 

 しかしマティアスが罪人として拘束され、告訴された時点で、ナターリアは彼を見捨てた。


 婚約を解消したことで男爵夫人になるという話も立ち消え、ナターリアはまた元通りクレーフェ伯爵家の後継者に戻った──はずだった。


 ……はずだったのだが、ナターリアは知らなかった。


 父のクレーフェ伯爵は、ルカとの婚約を家族に何の相談もなく破棄したあたりから、ナターリアの先見のなさに失望していたことを。


 伯爵が一度はナターリアを男爵家に嫁がせることに決めたのも、何も受け取る援助金だけが目的ではない。


 このままナターリアを後継者から外す道もあるのではないか──と思い至ったからだった。


 ローゼリンデは幼いが、真面目でひたむきな子だ。


 熱心に学ぶ姿勢を見せるローゼリンデの方が当主にふさわしいのではないかという思いは、マティアスとの縁談が霧散してからも、伯爵の中から消えることはなかった。


 そしてここに来て、ナターリアの不遜な発言と、いちじるしく礼を失した態度。


 伯爵の心はいよいよ定まった。


 愚かな長女には見切りをつけ、利発な次女に望みをかけようと。


「ローゼリンデはまだ子供です! あの子には務まらないわ!」

「子供はすぐに大きくなる。ローゼリンデが成人するまで、私が老骨に鞭打って現役でいればいいことだ。」


 ナターリアの言葉に耳を貸すことなく、伯爵は再びルカに向き合った。


「ナターリアが迷惑をかけてすまなかった。娘がルカ君は本当は今でも自分を想っていて、辺境伯令嬢とは愛のない偽装婚約なのだと言い張るからうかつにも信じてしまった。一目見れば、そうでないことはすぐにわかったよ。君はリートベルク嬢にベタ惚れのようだ」

「はいベタ惚れです! 一生愛し抜きます!」


 即答である。


 クレーフェ伯爵は複雑そうに苦笑した。

 

「……リートベルク辺境伯を羨ましく思う。私も君を息子と呼べる日を楽しみにしていた」

「伯爵……」

「いや……辺境伯を羨むのは筋違いだな。私は君を守れなかったのだから……」


 自嘲するように言って、クレーフェ伯爵はふっと目元を押さえた。

 

 娘しかいないという点では、クレーフェ伯爵もリートベルク辺境伯と同じだった。


 だが辺境伯にはこの青年を息子と呼び、彼から父と呼ばれる資格がある。伯爵には手に入らなかった未来が待っている。


 そのことが、まぶしいほどに羨ましく感じられた。


「婚約おめでとう。ルカ君、君の愛する人と幸せになりなさい。私も、きっとヴァルテン男爵も……君の幸福を願っているよ……」

 

 真心のこもった祝福だった。


 それだけを短く告げると、クレーフェ伯爵はナターリアを連れてきびすを返す。


「クレーフェ伯爵!」


 ルカもまた真摯に頭を下げた。


 舅と婿になるかもしれなかった二人の視線が、小夜風の中に入り混じった。


「僕も伯爵夫妻のご健勝と、ローゼリンデの幸福を願っています。一度でも僕を息子にと思ってくださったこと、感謝します」

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