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【受賞・書籍化】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚れする  作者: 朝森さな
【本編】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚する

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第123話 一羽のつばめが夏をもたらすのではない(2)

 アレクシアは父の執務室を出た足で、執事のエヴァルトを手伝って事務作業をしていたルカを訪ね、計画の概要を二人に打ち明けた。


 人間の血液が四つの種別に分類されるという研究は、さすがに博識なエヴァルトさえも初耳だったらしい。


 アレクシアは率直に自らの目的を伝えた。


 四種類の血の種別に関する研究は、歴史こそまだ浅いが、検査結果は正確で信頼に値すること。


 その上で、自分はアウグストとマティアスの血縁関係を疑っていて、この鑑定を実際に試したいと思っていることを。


 ルカはアレクシアがそんなことを考えていたばかりか、すでに辺境伯の了承まで得ていることに驚きを隠せない様子だった。

 

 しかし、次いでルカが口にした言葉は質問ではなかった。


 否定でもなく、疑問をさし挟むこともなく、彼はうなずいて腕をさし出した。


『僕の血液を採ってください。血種を調べれば、少しは捜査の役に立つでしょう』


 アレクシアは破顔した。


 実際、ルカはリートベルクにおいて行われた血縁鑑定の第一号となったのだ。


 その後の行動は迅速かつ、順調だった。


 ヘルミーネがシェンバッハ伯爵令嬢だった頃の身辺調査は、エヴァルトが担ってくれた。


 エヴァルトはかつてルカがリートベルクに来たばかりの頃にも、彼の素性を短期間で調べあげたことがある。


 国防の要であるリートベルク辺境伯家は、ただ武力に秀でるだけではなく、諜報活動にも長けている。戦争において情報ほど戦局を左右するものはないからだ。


 リートベルク家の抱える間諜はシェンバッハ家の近辺で、丹念な聞き取りと地道な捜査を重ねた。

 

 同時に、ヴァルテン家に新人メイドとしてもぐりこませた間者もまた、王都に名の知られた医師がいるとの話を吹きこんだ。


 その医師にも前もって手を回しておいたおかげで、首尾よくヴァルテン男爵夫妻の血液を同日に採取することができた。


 鑑定も問題なく成功し、男爵と男爵夫人はそれぞれ0種とB種だと判明した。期待以上の速さで成果を挙げられたといっていい。


 しかし、誤算もあった。


 マティアスが男爵邸に不在だったのだ。


 男爵と男爵夫人の血液は入手できたものの、肝心のマティアスの鑑定ができなくては意味がない。

 

 マティアスには第二王子リュディガーが秘密裏の、しかし当面の謹慎を命じたはずだった。


 それなのにまさかマティアスが王族の命令を無視し、両親に行き先も告げることなく、勝手に姿を消すとは想定外だった。

 

 困惑したのはほんのわずかな時間だけだった。


 当のマティアスが、リートベルクに現れたのだ。


 一方、執事のエヴァルトがヘルミーネの過去を洗った調査報告書を持ってきたのは、まさにマティアスがリートベルクに侵入してきた直前のことだった。

 

『──ご依頼の報告書です』


 ありがとう、と礼を言って書類を受け取ったアレクシアの青い目が、たちまちのうちにかげる。

 

 報告書内には、かつてシェンバッハ伯爵令嬢だった頃のヘルミーネが、しばしば見目のいい男を屋敷に雇い入れ、自室にさえも連れ込んでいたという証言が複数綴られていたのだ。

 

 ヴァルテン家との婚約が決まってからも、気に入った男を下男にして寵愛していたこと。


 結婚の直前まで──それこそ結婚式の前夜まで、秘密裏の関係は続いていたと思われること。


 リートベルクの密偵はその下男の現在の勤務先を突き止め、本人と実際に接触をはかることに成功したが、彼の外見にはマティアスとの相似性が認められること。


 待っていた報告だったにも関わらず、想像以上に軽薄で奔放な内容に、アレクシアはしかめた眉間に手をやった。


『……うーん……そうか……』

『疑惑は深まりましたね』


 さしもの冷静沈着なエヴァルトも、一つの貴族の家を壊しかねない不貞の疑惑がいよいよ真実味を帯びてきたのを前にして、いさかか眼鏡を曇らせていた。


『思った以上に泥沼かもしれません。うかつに手を出せば、こちらが逆に付け入れられる恐れもありますが、いかがいたしますか?』


 これだけ無断で他家を捜査したことが露見すれば、こちらもただではすまない。


 執事の立場としてまず考えるのはリートベルク家の保身だが、アレクシアは強い意志をにじませる顔ではっきりと言い切った。

 

『必ず好機は来る』


 なおリートベルクの密偵は目的の下男とコンタクトを取ることには成功したものの、さすがに相手も仕えていた家の令嬢との不義について簡単に口を割ろうとはしなかったようだ。


 いくら事情を聴取しようとしても、知らぬ存ぜぬで口をつぐんでいるらしい。


 その下男に罪があるとは、アレクシアとて思ってはいない。むしろ被害者だろう。


 不当に拘束したり、拷問で自白させることはできないし、したくもない。


 根気よく説得していくしかない──と考え、さらに継続して接触を図るようにと命じた。


『引き続き行方を追ってくれ。今はまだ動ける時ではないが、きっと切り札として使える日が来るはずだ』


 ――かしこまりました、とエヴァルトは折り目正しく答えた。


 その後。

 必ず来ると信じた「好機」は、意外な形でやって来た。


 マティアスと彼が率いる外国の傭兵たちが、リートベルクの湖上に浮かぶ収容所をしたたかに荒らした騒動の渦中。

 

 山猫のバルーがルカを守って、マティアスに飛びかかったのだ。


『なんだ、この化け猫は!? はっ、放せっ!』

 

 容赦のないバルーの牙に襲われて、マティアスは負傷。あえなく捕縛され、治療にかこつけて血液を採取された。


 ついに、マティアスの鑑定を実行に移すことができたのである。


 赤い試薬と青い試薬。


 ガラスの器に収められた二種類の検査薬はいずれもぎゅっと中央に押し固まっていて、明らかな凝集反応を確認することができた。

  

「AB種……!」


 0種であるアウグストを父親とするなら、決して生まれるはずのない血種。


 この小さな二種類の試薬は、あたかもアレクシアの勝利を歌う福音であるかのようだった。


「神の思し召しだ……」


 ヘルミーネに鉄槌を下すべく、神がお導きくださったのだ。


 平素は信心深くないアレクシアすらも、思わず手を祈りの形に組み、天に感謝した。

 

 この結果はアウグストとマティアスの父子関係を否定する物証となりえるが、それだけでは終わらなかった。


 さらにその後、思わぬ展開があった。


 マティアスの実父ではないかと疑われていた下男が、マティアスが起こした襲撃事件とリートベルクに出た被害の甚大さを聞いて衝撃を受け、堅く閉ざしていた口をついに開いたのだ。


 恐ろしくも愚かな騒動に驚愕し、王立裁判所の大法廷にて審議が行われるという事実におののいた彼は、これまで黙秘していた過去の悪夢を、思い切って打ち明けることに決めたのだという。


 一連の事件はリートベルクにとっては決して許しがたいが、この下男から正直な証言を引き出すという点においては、吉と出た。


 勇気を出して包み隠さず話してくれた彼の供述をしっかりと文字に起こし、裁判所に提出できるよう正式な調書としてまとめあげる。


 さらに本人の同意を得て、血の種別の鑑定を行った。


 もしも彼の血種がマティアスと矛盾するものであった場合、また別の父親候補を探し出し、身辺を洗わねばならないとも思っていたが、その必要はなかった。


「……A種」

 

 さらなる勝ちの手筋をはっきりと見すえたアレクシアの前に、バルーが甘えた声で鳴きながらすり寄ってきた。


 アレクシアはバルーを抱き上げ、よくやってくれたともう一度褒めながら、モフモフの毛並みに顔をうずめた。

 


 この国には「一羽のつばめが夏をもたらすのではない」ということわざがある。


 一つの証拠だけで何かを断定することはできない。


 仮説を真実だと証明するには多くの証拠が必要だ、という意味だ。

 

 つばめの飛来は初夏の到来を感じさせるが、一羽だけでは根拠に欠ける。


 あちこちの空や樹上や家々ののきに、複数のつばめが舞うのを見られるようになってこそ、真に夏が来たのだと実感することができる。


 法廷における闘争も同じだ。


 外見の印象や性格の差異だけで、アウグストとマティアスは父子ではないと指摘したところで何の意味もない。


 必要なのは物証だ。


 誰の目にも明らかな客観的な証明。

 正確で科学的な鑑定結果。

 暴力や脅迫に頼らない証言の聴取。

 

 何羽ものつばめが集まり、夏はもたらされた。


(これだけの証拠がそろえば、ルカを虐げたあの男爵夫人の嘘を暴き、心胆寒しんたんさむからしめるには充分足りる──)


 ──この裁判はマティアスの失墜と、ヘルミーネの破滅を招くだろう。

  

 決意を胸に、アレクシアは提訴に臨んだ。


 満を持して、大法廷の錠は開かれた。

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