第112話 大法廷の錠は開けられた
王国の名はペルレ。
王族の姓はペルレブルク
「真珠」の名を冠する王国と王家では、いかなる宝石にもまして真珠が尊ばれる。
豊饒の海がはぐくんだ至高の真珠を戴く法廷の錠が、今おごそかに開けられようとしていた。
マティアス・アウグスト・ヴァルテンが起こした襲撃事件の直後。
リートベルク辺境伯家はすみやかに訴状を作成し、王立裁判所に提出した。
王立裁判所はペルレ王国内における司法の最高機関である。
王宮の一角、大図書館とも近接した広大な敷地に建つ白亜の庁舎だ。内部には大法廷と呼ばれる円形の空間が広がっている。
大法廷の「大」とは広さや面積のことを意味しない。
むしろ王立裁判所の大法廷よりも、地方の下級裁判所にある法廷の方が広い作りであることが多い。
であるにも関わらず、国内で王立裁判所の有する法廷だけが「大法廷」と呼ばれる理由は、関わる当事者の身分にある。
王立裁判所が審理を行うのは、貴族間に起こった紛争に関してのみ。裁判の当事者となりうるのは、原告被告ともに王族もしくは貴族階級の人間のみなのだ。
リートベルク家が申請した訴状は、王立裁判所によって速やかに精査され、不備のないことを確認した上で、正式に受理された。
この受諾をもって、担当となった判事と事務官とが口頭弁論の開催日を決定する。
法廷の開催が決定すると、申し立てたリートベルク家と、訴えられたヴァルテン家の双方に、王家の紋章入りの通達が送付される。
届くのは訴状の内容の写しと、王立裁判所で行われる口頭弁論への呼び出し状である。
ごく通常の手紙や私信、夜会などへの招待状であれば、執事や使用人が先に受け取り、主人へと渡すのが普通だ。
しかし、この訴状は例外である。
原則としてその家の当主か、あるいはそれに準ずる立場の人間が直接対面で受け取らなくてはならないと定められており、訴状を持参した使者は相手方が間違いなく受領したことを見届ける責務がある。
さらに受け取った側は通達の内容を無視することなく、何らかの対応を誠心誠意行うことを約束する義務もあり、直筆でサインを記すことも求められる。
これは訴え出たリートベルク家の側も同様であり、訴状の最後は家長であるヴィクトル・アレクサンダー・リートベルクのサインで締めくくられていた。
使者から訴状を手渡されたアウグストは、すでに倒れそうなほど蒼白になった顔を頭痛にしかめながら、自らのフルネームであるアウグスト・ゲオルグ・ヴァルテンのサインを震える手で何とか書き記した。
なお当該の事件後、マティアスの身柄は王都まで移送されたのち、政府の役人に引き渡されて司法省預かりとなっていた。
といっても、母のヘルミーネがすぐさま多額の保釈金を支払って自邸に引き取ったから、留置場にいるわけではない。
しかし当然ながら保釈とは身体的な拘束が解かれただけであって、事件から解放されてはいない。
あくまでも逃亡の不可、証拠の隠滅の禁止、裁判へ出廷することの確約などの条件をのんだ上で、一時的に自由を担保されただけという形になる。
そして、通知の到着よりおよそひと月後。
呼び出し状に記載された、口頭弁論の開催日がやって来た。
この裁判のために、リートベルクから王都に登ったのはアレクシアだった。
父の名前で起こした裁判ではあるが、彼女はただの令嬢ではない。後継者で次期当主となる身であるため、父の名代を務めることが認められている。
もちろんルカも同席していた。彼は被告であるヴァルテン家の人間だが、実家の味方などするはずもない。当然のごとく原告側である。
平素、王立裁判所の門は閉ざされている。
今回のようにいずれかの王侯貴族からの告訴があり、かつそれが公に受理されて口頭弁論が開催される時のみ、厳重に閉じられた大法廷の鍵が解錠されることになる。
ゆえに、王立裁判所で審理が行われることをさして「大法廷の錠が開けられた」とも言うのである。
貴族の数は平民に比べて圧倒的に少なく、訴訟そのものの件数もきわめて少ない。
とりわけこの二年あまり、貴族間での裁判は一度も起こっていなかった。
貴族とはそもそも国王のもとで忠誠を誓い、一致団結して国家を支えるべき特別な立場の存在。
貴顕紳士たる上流階級の間で、私的ないざかいが起こること自体が望ましくないのである。
しかしこの日、大法廷の錠は開けられた。
リートベルク家とヴァルテン家。両家の争いがいずれかの勝訴、あるいは円満に和解をもって収着するまで、この法廷の扉が閉ざされることはない。
約二年ぶりに開廷された広間は、木彫りの壁で囲まれていた。
扉は中央から左右対称にひらく、両開きの作りになっている。天井からは四つのシャンデリアが下がっているが、いずれも華美なものではなかった。地味な木の壁と同様、質素質朴を旨としている。
過多な装飾にあふれた宮殿と後宮の中で、この法廷だけが異質なほどに慎ましい。
どこを見ても置物ひとつなく、花の一輪さえも生けられていなかった。
大法廷の内部において、宝飾品と呼べるものはただ一点のみ。
証言台の眼前に置かれた、金のタッセルが付いた美しいベルベットのクッションだけだった。
クッションの中央には、宝石をあしらった小さな四角い盾。宝盾の中心には、一顆の真珠。
王国の名はペルレ。
王族の姓はペルレブルク
「真珠」の名を冠する王国と王家では、いかなる宝石にもまして真珠が尊ばれる。
小粒の宝石をぐるりと一周あしらった優美な宝盾の中枢に、まろやかな光を放つ大粒の真珠が象嵌されている。
台座の中央には神を示す聖なる刻印、右には王家を示す紋章、そして左には正義と公正を掲げるこの大法廷のシンボルが、精緻に刻まれていた。
今回から裁判編になります
魔法なし特殊スキルなしチートなしの設定でお送りしているので、裁判という地mi…現実的な方法で決着をつけます!




