第113話 開廷と宣誓
最初に入廷するのは判事である。国王により正式に任命されたことを示す、重厚な黒色のローブをまとっている。
判事の後から事務官や書記官が続いた。書記官が小脇に抱えている本は、王国法の全文を記した法典だ。過去にこの大法廷で審理された判例をまとめた記録も用意されている。
判事らの座る壇上よりも数段低い場所に、対角線上に向き合う形で、争う二家のための席が設けられていた。向かって右が原告側の席、左が被告側の席である。
少し離れた場所には柵をへだてて傍聴席もある。事前に許可を得た者であれば、身分や家格に関係なく自由に裁判を傍聴することが認められている。
特に裁判を行うことを吹聴したわけではないのだが、貴族のゴシップはとかく民衆の注目を集めるものだ。
リートベルク辺境伯家がヴァルテン男爵家を訴えたとの噂はまたたく間に広がり、二年ぶりに開けられた王立裁判所の大法廷には、裁判のゆくえを傍聴しようとする人々がわんさかと詰めかけていた。
先に入廷し、原告席についたアレクシアとルカがしばし待機していうるうちに、両開きの戸がふたたび開いた。
重々しい足取りで被告席についたのは、沈んだ面持ちのヴァルテン男爵アウグストと、苦々しい顔つきの男爵夫人ヘルミーネだった。
両親の後に続いてうつむきがちに入室したのは、今回の事件で罪を問われている当のマティアス。
口頭弁論は欠席することも可能だが、場所は権威ある王立裁判所の大法廷である。
呼び出しを無視すれば非難は免れないし、判事の心証が悪くなるのも否めない。だから腹をくくって出席することに決めたのだろう。
あるいは訴状の内容について追及されても、知らぬ存ぜぬでしらを切り通せば、逃げ切れるとでも踏んだのかもしれない。
「……それでは」
両家がそろったことを確認し、裁判官は開廷を告げようとしたが、となりにひかえた事務官がゆっくりと首を振った。
「まだです。まだ立会人がお見えになっておられません」
立会人なしに裁判を開廷することはできない。なぜなら立会人はこの場の誰よりも身分の高い者だからである。
貴族間の紛争において審理が行われる場合、平民間の裁判と大きく異なる点が二つある。
一つは場所だ。舞台となるのがこの王立裁判所の大法廷であること。
そしてもう一つは、王家の人間が立会人となることだ。王族の中から誰かしら一名が選ばれ、立会人として裁判の進行を見守ることが慣例になっている。
成年に達した王族の人間であれば、誰でも立会人となる資格はあるが、最近では法学に造詣の深い王弟か、宰相を務める王の叔父が担うことが多かった。
最近といっても、最後に大法廷の錠が開けられたのは二年以上前のことなのだが、その時は王弟が立会人の役を果たしている。
「まさか第二王子ではないでしょうね?」
ヘルミーネが不愉快そうに言った。
第二王子リュディガーはアレクシアの親族だ。彼が立ち会うことになれば、アレクシアに肩入れすることも考えられる。
──それは困る、とヘルミーネが眉をひそめた時だった。
つかつかと靴音が鳴り、誰かが回廊を渡ってくる気配がした。
「待たせてしまったな」
両開きの扉がみたび開かれ、張りのあるバリトンの声が朗々と響いた。
「遅れてすまない」
華やかなライトブロンドをひるがえして現れたのは、二十代半ばほどの青年だった。
すっと通った高い鼻梁。堂々とした雄々しい体格。精悍な弧を描くはっきりとした眉。ひとすじ乱れて撥ねる髪さえもどことなく気品がある。
きらきらしい光輝を振りまく青年を見て、大法廷に集まった人々は驚きに目を剥いた。
「王太子殿下!?」
法廷に現れたのは、国王の第一王子であるエドガー・フランツ・ペルレブルクだった。
第二王子であるリュディガー・フランツ・ペルレブルクの、四歳ほど年上の兄である。
「この度の裁判、立会人は私が務めることになった。第二王子が担うという案もあったが、弟はリートベルク辺境伯令嬢の親族なのでな」
そう語るエドガーは、国王と王妃の子。
異母弟のリュディガーは、国王と寵妃であるエリーゼ妃の子。
国王の血を引く実子はこの二人だけ。つまり王子たちはたった二人きりの兄弟ということになるが、決して親密な関係ではない。
むしろ王位をめぐって険悪な関係であり、犬猿の仲であるともっぱらの噂だった。
(やったわ!)
ヘルミーネはほくそ笑んだ。
エドガーならばリュディガーの縁者に肩入れすることはないだろう。ヴァルテン家にとっては有利な人選だ。
(第一王子が立会人ならば、我が家の味方をしてくれるはずだわ!)
そのエドガーが立会人の席に座し、いよいよ開廷である。
「──真実を詳らかにせんとここに宣う」
判事は立ち上がり、黒地のローブをひるがえして、朗々と口上を述べた。
「神の恩寵と王の聖名の元、罰すべきを罰し、救うべきを救わん──」
判事はゆっくりと視線を下方に移す。まずは向かって右、原告席である。
「アレクシア・ルイーゼ・リートベルク辺境伯令嬢。前へ」
「はい」
指名されたアレクシアははきはきとした声で答えると、判事の正面へと進み出た。
眼前にはベルベットのクッション。貴石をあしらった宝盾の中央に、大粒の真珠が輝いている。
アレクシアは真珠の前に右手をかざした。
自らのフルネームを名乗り、王家への忠誠と生家の名誉にかけて、必ず真実のみを述べることを宣言する。
「続いて、マティアス・アウグスト・ヴァルテン男爵令息」
「……はい」
呼ばれたマティアスは、固唾を飲んで立ち上がった。
アレクシアと交代で判事の前へと歩み出ると、同様の誓いの言葉を述べる。
この誓約は単なる定型文の暗唱ではない。
この誓いの言葉をもって、もしもこの後の口頭弁論において意図的に虚偽の陳述をしたならば、偽証罪が成立することになるのだ。
堂々とした覇気のあるアレクシアの宣誓と、精彩に欠けるぼそぼそとしたマティアスの宣誓。
両者の誓いが終われば、いよいよ口頭弁論の開始である。




