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【受賞・書籍化】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚れする  作者: 朝森さな
【本編】追放された末端令息は辺境の野蛮令嬢に一目惚する

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第100話 戦慄

「……男爵家の馬車か。しかし目立つな……」


 車内は無人のようだ。御者もいたはずだが姿は見当たらず、手綱につながれた馬たちだけが取り残されている。


 もはやマティアスが優雅にこの馬車に乗ることはないだろうが、このまま森に捨ておくわけにもいかない。


「馬はいったん城の厩舎で預かるか。車体もおいおい引き上げさせることにしよう」

「はい」

 

 ひとまず馬の(くびき)だけでも外してやり、(くつわ)を取って帰ろうと、馬車に近づいていった時だった。


 視界に入るか入らないかというほど離れた場所に、そっくりな馬車がもう一台、ぽつんと置き去りにされているのが見えた。

 

「もう一台……?」


 アレクシアが先ほどこの場所を通りかかった時。


 マティアスは馬車を降りて、森の中にたたずんでいた。

 

「二台連れてきていたということか? ……それならばなぜ、男爵令息は馬車を降りていた……?」

 

 このあたりの地形はとりわけ難所続きだ。おそらく馬車の車輪が溝か(わだち)に取られて動かせなくなったのだろう。


 周辺の道路は整備が追いついていない状態で、同様のトラブルが後を絶たなかった。


 しかし馬車のうち一台が立ち往生したとしても、もう一台あるのならばそちらに乗り換えればいい。


 マティアスのような特権階級意識の強い人間は、脱輪した車体を道路に戻す間だけでも、野外で待つなど耐えられないタイプではないのだろうか。


 それなのに、あの男はなぜ《《もう一台の馬車に乗らなかったのか》》。


「まさか……!」


 猛烈な胸騒ぎがした。


 事件の起こる直前に感じたのと同じような、不吉な予感が胸を刺す。


 その直感を裏付けるかのように、茂った藪がガサッと動いたかと思うと、誰かが馬車に近づいていくのがわかった。


 満身創痍といっていい風体をした、二人の男たちだった。


 破れた囚人服の袖からのぞくのは、絡み合う三匹の蛇と燃える炎のタトゥー。


 ルカははっと息を飲んだ。


「“猛煙の蛇蝎”……!」

「それが傭兵団の名か?」

「はい。ユリウスさんたちが教えてくれました。グルナート王国では名の知れた一味だそうです」

「グルナートの……そうか……」


 傭兵たちはあらかた捕縛したはずだったが、わずかに取り逃していたらしい。


 残党らしき二人の男は、大股で馬車に近づくと、豪勢な扉を乱暴にこじ開けた。

 

 車内は遠目にもわかるほど、がらんとしていた。


 本来は向かい合う形で設置されているはずの座席が見当たらない。意図的に取り外されているのだ。

 

 座席のかわりに積んであったのは、四角い金庫のような鉄製の箱。


 箱には棒状の錠が通され、指穴群の付いた板がぶら下げてある。


 男たちはその板と盤とを、勝手知ったる手つきで回して開けると、中から何か筒のようなものを取り出した。


「あれは……!?」

  

 それは一見すると、花火にも似た形だった。


 だが、大きさが全く違う。


 花火の二倍から三倍は大きく見える太い筒が数本、結束用の紐でまとめて束ねてある。


 二人はそろって戦慄した。

 

「見覚えが……ある」

「……僕もです」


 正確には、実物を見るのは初めてだが本で見たことがある。


 この初夏。宮殿のパーティーのために王都に出向いた際のことだ。


 華やかな宴の翌日。アレクシアとルカは国営の大図書館を訪れた。

 そこは「叡智の殿堂」の異名にふさわしく、おびただしい量の蔵書が保管されていた。


 二人にとって興味をそそられるものも多く、上梓されたばかりの最新の目録に目を輝かせながら、時間が経つのを忘れて夢中で読みあさった。


 外国で品種改良された魅力的な作物。

 画期的な改良を施された農耕具や機械類。

 そして、炭鉱内の掘削作業で使われているという最新の──。


『──見ろ、ルカ。これも凄いぞ』


 あの時。生き生きと声をはずませて、アレクシアが指した本に《《それ》》は載っていた。


『グルナートの採掘現場で取り入れられているという新規の弾薬だ。威力が段違いらしい』


 グルナート王国で開発された、新型の爆薬。

 

 マティアスが雇った傭兵集団「猛煙の蛇蝎」もまた、グルナート王国に属する一味。


「……!!」

 

 アレクシアは生まれて初めて、全身が総毛立つ感触を味わった。

 

 孤島を荒らし、リートベルクの監獄を半壊させたのは──この爆弾だったのだ。



 数十年前に起きた隣国との戦争の渦中において、火薬の開発は飛躍的に進み、爆薬による攻撃は一気に主流に躍り出た。


 その威力たるや、剣や弓の比ではない。


 戦時のならいとはいえ、尊い人命があまりにも多く失われたことに、各国の君主たちは深い遺憾の意を表明し、終戦に際しては厳重な協定が取り結ばれた。


 協定に盛り込まれた条項に基づいて、現在では火工物の対人での使用は固く禁じられている。


 火薬の開発そのものは禁止されていないが、使用が認められているのは大規模な建築物の解体や、炭坑および坑道などの発破作業においてのみ。


 専門の技師のもとで、厳格な認可を得た特別な建設現場や採掘現場だけに限って、爆破の実施が許されているという状況だ。


 武勇に名高いリートベルク辺境伯領ですら、武器弾薬としての火工品は所有していない。たとえ使用しなくても、所持するだけで条約違反にあたるのだ。


 領内にあるのは観賞用としての火工品──つまり花火のみだ。


 花火は美しさを追及し、高く上空に打ちあがることや鮮やかな色彩を放つことに注力して製作されているため、殺傷力は低い。


 昨年の秋の祭りの中で、隣国のテュルキス王国から来た二人の男たちが、村の倉庫に保管されていた花火を無断で持ち出し、見張りの兵士を引き付けるための(おとり)として使おうとした事件があった。

 

 なぜそんな愚行に及んだかと言えば、彼らのような小物のコソ泥程度では、まず本物の爆薬を入手することはできないからだ。だから身近な花火を盗み出して、窃盗に利用しようとした。


 裏を返せば、厳重に管理された本物の爆弾は、とても小悪党ふぜいに手が届くようなしろものではないという証明でもある。


 むろん花火だって取り扱いが危険であることに変わりはない。


 だが、目の前の爆薬は明らかに(けた)が違う。


 それもそのはず。山を掘鑿(くっさく)し、岩石を破砕するために存在する爆弾なのだ。


 観賞用の花火とは比較にならないほど、段違いに強力な火薬を含有していることは間違いない。


 ルカは語気を荒げた。


「マティアス! なんてものに手を出したんだ……!」


 いくら悪名高い傭兵集団でも、最新の爆薬などそう簡単に手に入るわけがない。


 間違いなくマティアスが金の力で違法に横流しさせ、リートベルク監獄を陥落させるために使わせたのだろう。


「……お、おい。本当にやる気か?!」

 

 男の一人が車内の保管庫に残されていた最後の爆薬を手に取ると、もう一人の男が怖気づいたように及び腰になった。


「当たり前だ! もうこれしか方法がないだろうが!」

「し、しかし……」


 躊躇する仲間に向かって、男は焦燥に駆られた声を荒げた。

 

「このままでは全滅だぞ! こんなところで終わるつもりか!?」


 リートベルクの騎士が豪勇の士で集められていることは、他国の人間にも知れ渡っている。


 自分たちも万全の体制ならばいざ知らず、すでに仲間たちは次々と落伍していった。


 これだけ味方が減った今、まもなく追っ手をかけてくるであろう騎士の包囲網から逃げきることは不可能に近いだろう。

 

「このままじゃあの成金のお坊ちゃんごと、俺らまで一網打尽だ! そのくらいなら……!」


 ふもとの街や民が炎に包まれれば、リートベルクの騎士たちは何をおいても対応に向かわざるを得ないだろう。


 それこそ他国の傭兵たちなど逃げようが消えようが、後を追っている場合ではなくなる。


 グルナート王国の民である傭兵たちには縁もゆかりもないこの地にどれほど甚大な被害が出ようが、見知らぬ赤の他人の領民たちにどれほど多く死傷者が出ようが、そんなことはどうでもいい。


 とにかく今、捕縛の手を振り切って逃げ切るにはこの方法しかない。


 男は眼下に広がる山野を一望する。

 

 真下には、領民たちの住む集落が広がっていた。

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