第6話 選択の拒否
夜だった。
街の灯りが、ぼんやりと揺れている。
ユウは、屋上に立っていた。
学校の屋上。
フェンス越しに、街を見下ろす。
昼間よりも静かだ。
だが。
ズレは、消えていない。
遠くの車の音が、二重に響く。
街灯の影が、わずかに遅れる。
世界は、まだ揺れている。
「……結局、何も分かってねえな」
リクが言った。
少し離れた場所で、フェンスにもたれている。
「分かったことはある」
ユウは、街を見たまま答える。
「世界は一つじゃない」
一拍。
「選ばれてる」
リクは、ため息をついた。
「で、その選ばれ方が分かんねえ」
「そうだな」
ミナが、ゆっくりと歩いてくる。
いつもの無表情。
だが、どこか疲れているようにも見えた。
「……条件、不明」
「基準も不明」
一拍。
「でも、確実にある」
ユウは頷く。
ある。
選択のルールが。
見えない何かが。
この世界を決めている。
「……なあ」
リクが言う。
「もしさ」
一拍。
「選ばれる条件が分かったら、どうする」
ユウは、少しだけ考えた。
選ばれる条件。
それが分かれば。
残る確率を上げられる。
消えないために動ける。
合理的だ。
正しい選択だ。
だが。
「……多分」
ユウは、ゆっくりと言った。
「つまらなくなる」
リクが顔をしかめる。
「は?」
「全部、決まるだろ」
一拍。
「こうすれば残る、って」
リクは黙る。
ミナも、何も言わない。
「……それって」
ユウは続ける。
「選ばれてるのと同じじゃないか」
風が、少しだけ強く吹いた。
フェンスが、かすかに揺れる。
音が、二重に響く。
「……じゃあどうすんだよ」
リクが言う。
「何もしねえのか」
ユウは、首を振った。
「違う」
一拍。
「何もしないんじゃない」
「決めない」
その言葉に、空気が止まったような気がした。
「……決めない?」
リクが聞き返す。
「どういう意味だ」
ユウは、街を見続ける。
光が揺れている。
世界が、揺れている。
「選ばれるなら」
一拍。
「選ばれないままでいる」
静かな声だった。
だが、確かな意思があった。
「……は?」
リクが言う。
「それ、意味分かんねえぞ」
「分かってる」
ユウは小さく笑った。
「でも、それしかない」
ミナが、ゆっくりと口を開く。
「……両方残す?」
ユウは頷いた。
「そうだ」
一拍。
「選ばれた世界も」
「選ばれなかった世界も」
「両方」
リクが頭を抱える。
「いや、無理だろそれ」
「無理かどうかは分からない」
ユウは言った。
「でも」
一拍。
「やってみる価値はある」
その瞬間。
空気が、わずかに揺れた。
今までとは違う揺れ。
外からではない。
内側から。
ユウ自身から、広がる揺れ。
「……何だ、今の」
リクが言う。
ユウも感じていた。
影が、少しだけ遅れる。
音が、微妙にズレる。
だが、それだけではない。
自分の存在が、少しだけ“曖昧”になる。
一つに定まらない。
「……なってるな」
ミナが言う。
「選ばれてない状態」
ユウは、息を吐いた。
これだ。
決めない。
確定しない。
その状態を、維持する。
「……これでいい」
小さく呟く。
リクが顔をしかめる。
「いや、よくねえだろ」
「消えるかもしれねえんだぞ」
「そうだな」
ユウは頷いた。
「でも」
一拍。
「決められるよりはマシだ」
静かな言葉だった。
だが、確かな覚悟があった。
ミナが、少しだけ目を細める。
「……不安定」
「危険」
「でも」
一拍。
「可能性が残る」
ユウは、笑った。
「それでいい」
風が、また吹いた。
街の灯りが、揺れる。
影が、遅れる。
音が、重なる。
世界が、不完全なまま続いていく。
ユウは、空を見上げた。
何もない。
ただの夜空。
だが。
その奥に、何かがあるような気がした。
見えない構造。
選択する何か。
それでも。
もう、気にしない。
「……行くか」
ユウは言った。
リクが頷く。
「どこへ」
「分からない」
一拍。
「でも、このままじゃ終わらない」
ミナも、静かに頷いた。
「……観る」
三人は、屋上を後にした。
夜の中へ。
揺れ続ける世界の中へ。
そして。
その選択が。
次の段階を、呼び込むことになる。




