第4話 重なる世界
違和感は、もう“感覚”ではなかった。
現象として、そこにある。
音が重なる。
影が遅れる。
世界が揺れる。
それらはすべて、“別の状態”の存在を示している。
ユウは、廊下を歩いていた。
放課後。
人の数は少ない。
昼間よりも、静かだ。
だが、その静けさが逆に、ズレを際立たせていた。
足音が、二つ響く。
自分のものと。
ほんの少し遅れてくる、もう一つ。
「……慣れてきたな」
リクが言う。
隣を歩いている。
「慣れたくねえけどな」
ユウは短く返す。
ミナは少し後ろを歩いていた。
相変わらず、周囲を観察している。
ノートは、もう何ページも埋まっているはずだ。
「……頻度、上がってる」
ミナが言う。
「時間帯関係ない」
一拍。
「場所も固定されてない」
ユウは頷く。
確かに。
最初は交差点だけだった。
だが今は。
学校でも。
廊下でも。
どこでも起きる。
「……広がってるな」
リクが言う。
「止まる気配ねえぞ、これ」
ユウは、立ち止まった。
廊下の先。
曲がり角。
そこに、人影が見えた。
誰かが立っている。
こちらを見ている。
「……誰だ」
小さく呟く。
距離はある。
顔ははっきり見えない。
だが。
“見覚え”がある。
どこかで見たことがある。
そんな感覚。
ユウは一歩、近づいた。
リクが後ろから言う。
「知り合いか?」
「……分からない」
正直に答える。
知っている気がする。
だが、思い出せない。
そのとき。
その人物が、動いた。
一歩。
こちらへ。
ユウも、一歩進む。
距離が、縮まる。
そして。
顔が、見えた。
「……っ」
ユウは息を呑んだ。
それは。
自分だった。
完全に同じではない。
髪型が少し違う。
表情も違う。
だが。
間違いなく、“自分”だ。
「……なんだよ、これ」
リクが言う。
「お前じゃねえか」
ユウは答えない。
ただ、目の前の“自分”を見る。
向こうも、同じようにこちらを見ている。
驚いているように見える。
いや。
少しだけ、違う。
表情に、迷いがない。
決まっている。
そんな印象。
「……お前、誰だ」
ユウは、低く言った。
返事はない。
だが。
次の瞬間。
“それ”が、ズレた。
輪郭が揺れる。
姿が二重になる。
一つではない。
二つ、三つと重なる。
そして。
消えた。
音もなく。
何も残さず。
「……今の」
リクが言う。
「完全に消えたな」
ユウは、しばらく動けなかった。
今のは、何だったのか。
消失とは違う。
削除されたわけでもない。
“重なっていたものが、離れた”。
そんな感じだった。
「……別の現実」
ミナが言う。
「接触してる」
一拍。
「一瞬だけ」
ユウは、ゆっくりと息を吐いた。
理解する。
これはもう、仮説ではない。
確定だ。
別の世界がある。
別の自分がいる。
そして。
それが、今この世界に“触れている”。
「……じゃあ」
リクが言う。
「さっきのやつも」
一拍。
「消えたんじゃなくて、戻ったのか」
ユウは頷いた。
「かもしれないな」
消えたのではない。
元の世界へ。
選ばれた世界へ。
戻っただけ。
「……ってことは」
リクが顔をしかめる。
「俺たちも、どっかにいるのか」
ユウは、答えなかった。
だが。
その可能性は、否定できない。
むしろ。
高い。
無数の現実。
無数の選択。
無数の結果。
そのすべてに、自分がいる。
そして。
今ここにいる自分は。
その中の一つに過ぎない。
「……やばいな」
リクが呟く。
「スケールが」
ユウは、小さく笑った。
「今さらだろ」
一拍。
「でも」
視線を前に戻す。
さっきまで、自分がいた場所。
何もない。
ただの廊下。
「……確かめる必要がある」
「何を」
「どこまで重なってるか」
一拍。
「どこまで存在してるか」
ミナが、静かに言う。
「……観る」
ユウは頷いた。
この世界は、一つではない。
それは分かった。
だが。
どれが本当なのか。
どれが選ばれるのか。
それは、まだ分からない。
そして。
分からないままでは、終われない。
ユウは、もう一度だけ、廊下の先を見た。
さっきの“自分”がいた場所。
何もない。
だが。
確かに、そこにいた。
そして。
今もどこかにいる。
別の世界で。
別の現実で。
ユウは、小さく呟いた。
「……重なってる」
世界は、一つじゃない。
そして。
今、自分たちは。
その“境界”に立っている。




